8  公子との再会

 トゥヤは寝台の上、真白月は部屋の壁の前、一定の距離を保って会話は続いた。


まことの白い月と書く」

 真白月の説明にトゥヤは、ぴんと来なかったみたいだ。「ツキ?」と、問い返してきた。

「むーん。るあ。ちゃんどら――」

 真白月は〈月〉を表す語句を頭の中に探した。

「――さら」


サラ?」

 トゥヤと名乗った少年がうなずいたから、真白月ましろつきは自分の服を指差した。

 真白月の着ている服は白い。

 それで、白という言葉を説明したかった。

「白い。つぁがーん」

 月=さら、で通じたとすると、白=つぁがーん、でわかるはず。


ツァガーン

 少年はうなずいた。

「大体、わかった。って、ぼくらの言葉ではツァガーン・サラ白い月だね」


OKおぅけぃ

 真白月ましろつきは、ほっとした。 

 〈外〉の言語は幾つかあるということはシステムで習っていた。はじめてにしては、うまくできたか。やり遂げた感いっぱいで壁にもたれ、背を下にずりずりと下がって行って床に座り込んだ。


「――ごめん。そこじゃ身体からだが冷たいよ。こっちに来て」

 トゥヤが指差した窓辺には石壁の厚みを利用して、くつろげる場所がしつらえてあった。壁のくぼみを利用してベンチにしてある。


 飾り枕を手に取るとトゥヤは、そろりと動いた。

 ベンチに、その飾り枕を置いて真白月ましろつきを手招きした。それから、寝台の側の天井から下がっている〈呼び紐〉に手を伸ばした。

 〈呼び紐〉は滑車の仕組みで真下の使用人部屋の鈴に、つながっている。ひもを引くと、使用人の部屋の鈴が鳴る。主が呼んでいるとわかるのだ。そして、使用人の部屋の下は厨房だ。三層構造の部屋は螺旋らせん階段でつながっている。


 ほどなく微かな音とともに、使役型コンピューターが螺旋らせん階段をのぼってきた。

「ゴ用でスか」


「スーテーツァイを。それから小腹を満たすものを。ふたり分」

 トゥヤは慣れた様子だ。


「かしこまりまシ」

 使役型ロボットは螺旋らせん階段を戻っていった。


「――鞍楽クララより小さくて、かわいい」

 真白月ましろつきは瞳を輝かせて、使役型ロボットを見送った。


「くらら?」

「わ、たしの乳母うば


 トーヤは、改めて真白月ましろつきを見た。

 この月のない夜に、そこだけ薄い光をまとっているように見える。

「他には誰といるの?」


六天舞耶ロクテンマイヤ。――前は、おんじぃもいた。〈外〉の人。六天舞耶ロクテンマイヤにスカウトされた」


 もし、ここに鞍楽クララがいたら、絶対、しゃべり過ぎだと注意している。

 一応、真白月ましろつきも、べらべらしゃべる気はない。

「聞いてどうするの?」と、眉をひそめて問い返した。


「いや。招待していない人が夜会に来て食べまくっていたり、寝室に突然現れたら、聞くよ?」と、トゥヤは答えた。

 

 それで、真白月ましろつきの頬が、一気に、ばぁっと赤くなった。

 六天舞耶ロクテンマイヤに、オリジナルとちがってガサツ過ぎると注意されたことがある。そういうところか。


 ……ウィィィ。

 機械音がして、螺旋らせん階段から、再び、使役型コンピューターが現れた。

 竹を編んだフタつきの容器やらを乗せたお盆をたずさえている。


 お盆からは、すでに食欲をそそる匂いがしていた。

 キャスター付きのアンティークな丸テーブルがベンチの前にはあった。使役型コンピューターは銀色のアームを伸ばして、上手にお盆を、そのテーブルにのせた。蒸し物の鉢。小鉢。お茶の急須。湯呑椀。

 お盆の上の食器は、どれも小振りで愛らしい。


 小腹を満たすものを、の一言で、ここまでできるとは、この城の使役型コンピューターは、なかなかの高性能だ。主人のオーダーを記録して、好みを把握するメモリが備わっているのかもしれない。


「新月のお茶会へ、ようこそ」

 トゥヤが〈こども大使〉らしく、ほほえんだ。


 窓からは星明りしかささない。

 窓辺には蓄光の岩塩ソルトランプ。そんなに大きくはないが岩そのままの形で、静かなオレンジ色の光を放っている。

 そういえば、そのランプは地下迷宮にもあると、真白月は思い出した。

 地下迷宮は思うより〈外〉の世界と、ゆるく繋がっているのかもしれない。真白月の装束がトゥヤという少年のそれと、大きく違和感がないことからも。


「どうぞ。あたたまるよ」

 トゥヤは、保温ポットから茶碗へクリーム色の飲み物を注いだ。

 茶碗から立ちのぼる、あたたかな湯気を真白月はいだ。

「これ?」

「スーテーツァイ。ミルク茶って言ったら、わかる?」

「了解」


 正体不明の飲み物にはちがいない。

 この前の〈はー何とか〉の失敗があるから、真白月は茶碗を両手に抱え、そうっと一口、上澄みをすすった。

「ん」

 真白月ましろつきの予想した味と違った。これは。

「……しっぱい。しょ、ぱ」


「……もしかして、しょっぱい? うん。バターと岩塩、入ってるからね」

 トーヤも、お相伴しょうばんをはじめた。

「これは蒸し饅頭ボーズだよ。細かく刻んだ肉と野菜が入ってる。肉は、大丈夫?」

OKおぅけぃ。いただきマ」

 真白月ましろつきは置いてある竹箸を手に、できうる限り上品に蒸し饅頭ボーズをはさんだ。今さら感はあるが遅いということはないはずだ。


「おいしいですか」と、トゥヤに問われて「おいひぃ」と、真白月ましろつきは、うなずく。中の肉汁が熱い。汁が、だらだらたれた。

「料理人は、腕のよい者を雇っているからね。入れ替わりはあるけど、5年ほどは、いっしょに旅をするかなぁ」

「たび」

 真白月ましろつきの瞳が輝いた。



 そのときだ。

 どん。どん。ど。トゥヤの部屋の扉をノックする者がいた。

「トゥヤ! 大事ないか!」

 赤金之斧ゼフフス公ドルジの声だ。

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