7  2回めの新月

 今宵こよい伍月ごがつとなった新月の晩。


「お待たせしやした。待つの長い!」

 地下迷宮では真白月ましろつきが、万歳三唱していた。

「睡眠シェルターにはいラれたら、ヨロシイかト」

 冷めた面持ちで鞍楽クララは先導していく。メタル製だけに。

「それ、土地人トチビトの感覚だと百年とか眠っちゃうヤツじゃーん」

 さんざん、今まで惰眠だみんむさぼって来た。

 眠りたかない。真白月ましろつきの正直な感想だ。


「時間は、お守りくださいヨ」

 鞍楽クララは、まこともって口うるさい。「りょーかい」と真白月ましろつきは答えておく。すぐに、「日女ヒメさまが、かるめに、お返事なさるときは聞いていないときダ」と、目を三角にした鞍楽クララににらまれた。


「き、聞いてるってぇ」

 図星の指摘に、真白月ましろつきは言い逃れだけはする。


「〈かぼちゃの馬車〉、OKおっけー?」

 言いながら、鞍楽クララ真白月ましろつきの衣の襟元を、もう一度、きちんと合わせた。

OKおぅけぃ

 真白月ましろつきは、いつものように、おおげさに左右の耳のピアスをたしかめてみせた。


 そして、0時。

 地下迷宮のあかりが、乳白色にゅうはうしょくのスリープモードに切り替わった。


あかつきまでにお戻りくだサ――」

 最後の忠告は背中で聞いて、真白月ましろつきは駆け出した。


 また、一足飛びに石廊下を抜け、もう慣れた様子で真白月ましろつき螺旋らせんの自動階段をのぼった。

 ドームの小部屋の〈四匹の力持ち〉をいただいた4つのアーチ状の入り口に着くまでに息をととのえる。


「おー出かけ、でスかー」

 天井から灰慈ハイジの、まのびした声が響いた。

今宵こよいはどチラ、へ?」


「――左へ」

 迷わず真白月ましろつきは、左の竜のレリーフの下をくぐった。


 また、まわりの風景が、ふわりと白い光に包まれる。

 一息のうちに、どこかへ運ばれる。

(この間とはちがう場所だ)


 おそらくアーチ状の入り口は、どこかへ最短距離で行くための装置だ。


 

 空気が変わる。

 白い室内灯の光が、夜の群青の色に、とって変わる。


 目の前に石の壁があった。両手でまさぐって、真白月ましろつきは確かめた。

 人の声も楽の音も聞こえない。

 この間のような突発事例ハプニングは、難易度が高い。


(やはり、土地人トチビトとの接触は慎重にならないと)


 しかし、真白月ましろつきは思いと行動が伴わないことを、すぐに知ることとなる。

 振り向いたら4つの柱に支えられた天蓋てんがい付きの寝台があり、あの少年がいたからだ。


 鋼鉄鍋ボルドゴゥ公シドゥルグの一子、ナラントゥヤである。



 そのトゥヤは。

 先月の新月の晩から、さらに熱心に城や城のまわりを探索していた。

 祈りの間の肖像画に似た、あの少女がまた現れないかと。


 肖像画のホログラム三次元画像が現実の姿をとったのではないかと、夜中、ユス先生と祈りの間を見張ってみたりもした。

 中庭で待機もした。しかし、待ち人は現れなかった。

 一カ月もたったろうか。

 もう、万策尽きたと今夜は早めに自室で休んだのだ。



 そして、ふと夜中に目を覚ましたとき。

 部屋に月明かりがさしていると思った。 

 だが、今夜は新月だったと、すぐに思い出す。ほの白い光を放っているのは、目の前の壁だ。



 そして。

 あの夜の少女が、そこに現れた。



 真白月ましろつきはといえば。

 少年の姿に気づいて息が止まりそうになった。


(どうしたらいい?)

 右手をゆっくりと右耳のピアスに近づける。


「――逃げないで」

 ようやく、トゥヤは声をしぼり出した。そして、寝台の端までつんいで進み、そこで座り直した。寝台は冬の寒さをしのぐために高さがある。足元に3段の階段付きだ。


 真白月ましろつきは右手をあげた位置で固まっていた。

 少年の声で、この前の新月の晩に会った人物だと気がついた。


「――質問してもいい?」

 トゥヤは尋ねた。 

「どうやって、ここに来たの?」


「――ぬけみち?」

 真白月ましろつきには、そうとしか答えようがなかった。


「この間、会ったのを覚えている?」

「――おぼえてる」


 少年の言葉は真白月ましろつきの頭の中で、わかる言語に変換されていくようだった。〈かぼちゃの馬車〉には翻訳機能もあるのだろうか。


「私はトゥヤ。ナラントゥヤ。正式の名はもっと長いよ。父と大陸を巡る巡察使じゅんさつしをしている。この城は前帝からたまわった。君の名前は何ていうの?」

 少年は、ゆっくりと身振りを合わせて話した。

 寝台の脇に置かれたソルトランプのだいだい色のあかりが、寝台の上にいる少年の輪郭を照らしていた。


「たわし、は」

 ああ、これを〈自己紹介〉というのか。真白月は思った。

 学んできた『 とっさのときの土地人トチビトとの会話術 』は、本当に役に立つ。


「わ、たしは真白月ましろつき。オリジナルではない。ここの風土ふぅど寿命じゅみょをちぢめる。だから滅多多めったた、〈外〉に出ない」


「ましろつき、日女ひめ?」

 トゥヤは聞き直した。

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