6  赤金斧公ドルジはぼやく

 さて、弦月ハガスサラの城の副将は、赤金斧ゼスフス公ドルジという男だ。


 基本、アウトドアな陽気なおじさんである彼は、旅から旅の生活がしょうに合っていた。

 しかし、今回は帝から派遣されているユス・トゥルフール先生の遺跡調査の間、公子の後見役も兼ねて、この城に留まることになった。

 机についての執務ばかりで、体がなまる。


 脳筋なドルジが、趣味と実益を兼ねて思いついたのが〈体を動かす行事〉を城で行うことだった。行事に参加したい者共が城を訪れることで、ふもとのむらも潤うだろう。

 しかし、刺客まで御来場は想定外だった。


(刺される覚えは、いくつかある)


 〈新月の武闘会ぶとうかい〉と銘打った夜会のことを、ドルジは思い出していた。

 舞日女まいひめを手配したら、刺客がやってきた。

(異教徒の残党である線が、9割)


 この辺りは険しい山脈に阻まれて、異教の民を廃絶できなかった地区だ。

 現帝は、徹底的に異教を排除しようとした祖父帝と父帝とは違う路線を取った。  すなわち原始宗教を全否定せず、利用することことにした。古代科学に興味を持ち、研究所まで作った。ユスは、その学舎の院出身者だ。


 研究所が大陸の遺物をしらべたところ、大昔の大陸の科学は、現在より発達していたという仮説が立てられた。何回かの地殻変動で、その科学力は失われ今の科学は、そのかけらのようなものが残存しているのだと。


(刺される覚え、あと1割は、金杭アルタンガダス関係の線)


 腹違いの弟である現帝には忠誠を誓っている。しかし、本心は、その地位をねらっていると思われているのかもしれない。

 現帝は煙らしきものが立とうものなら、そこに火があると、異母兄たちを即刻、ほふる機会を狙っているのかもしれない。

 一昔前の王家なぞ、どこも、きょうだいの血で血で洗ってきた歴史があるのだから。


 そのドルジは、先帝の2番めの息子だ。

 母は平民の出だった。

 子供を抱えるシングルマザーで、後宮の召使いだった。異母兄であるシドゥルグを側妃が産んだ頃で、ドルジの母は、その側妃を敬愛していた。

 それはドルジを身籠みごもり、自分が側妃の末席に名を連ねても変わらなかった。

 側妃は、いくら帝の子供を産んだからといっても、高貴の生まれでもなく、うしろ盾のいない者の身分は軽い。

 きさき、つまり正式の妃は、金杭アルタンガダスの貴族の娘か他の国の王家の日女ひめから選ばれる。

 側妃は帝の好みに任された。

 ドルジの父である先帝は、つましい女が好ましかったのか。側妃は市井しせいの女を選んだのだ。


 異母兄、シドゥルグの母も、貴族の娘ではない。後宮の女の中では変わり種だった。

 田舎の学士の娘で都の大学に入学し、宮中女官試験に合格し、貴族の息女の教育係になったところを前帝に見初められた。

 寵愛を受け、シドゥルグを産んでから数年後、胸にのできる病にかかり、身まかった。


 ドルジの母はというと、前帝の崩御で出家した。

 帝が死んだら後宮の女は殉死じゅんしという、前世紀の決まりは随従ずいじゅうされなかったことは、さいわいだった。後宮の妃は一定の期間、帝の喪に服した後、おのおのの実家へ戻れた。

 帰るところがなければ、そのまま出家すればよかった。


 ドルジの母は出家コースを選んだ。

 出家すれば、国が一生の面倒を見てくれるし、道徳観念に反しなければ行動は制限されない。ドルジと父のちがう長男は商いで成功して、ほどよい距離に住んでいる。まずまずの人生ではないか。

 心配は遠くへ行ったままの次男、ドルジのことだけであるらしい。

 『あなたドルジシドゥルグあにさまに迷惑かけていないでしょうね』という、長めの手紙が先月、母親から届いたばかりだ。


異母兄いぼけい鋼鉄鍋ボルドゴゥ公を窮地きゅうちに立たせるようなことあれば、オレが母者ママに殺される)



「当分の間、派手な催しはひかえるか……」

 こういうときだけ、ドルジは都のきらめきが恋しかった。

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