5  異教の遺物

 トゥヤが指さした、うす暗く続く地下通路の向こうは、たしか。地下墓地だ。

 ユスは、この城に来たばかりの時に城の大体を把握していた。

 今、ユスとトゥヤがいる通路の両脇も石の棚になっており、すでに大昔の神官たち(おそらく)がミイラ化して横たわっていた。


「――その奥に」

 トゥヤは、ミイラに敬意を表すように瞬間、黙礼すると、さっさと進んで行った。


「よく、ここへ、ひとりで来ましたね」

 ユスは素直に感心していた。


「安らかに眠っている方たちですよ? 怖いですか?」

 トゥヤのきもの座りようは見かけによらない。

「たまたまだったのです。壁のレリーフ彫刻が興味深くて、どんどん奥へ行ってしまって――」

 大概の者が回れ右をするところを、奥まで行ってしまったわけだ。

「ほら、あかりのシステムも生きてるし」

 トゥヤが進むと自動的に、壁の硝子灯ガラスとうが、ほぅっと次々にともった。


「そうですか?」

 以前、ユスがしらべたときにはあかりなぞ灯らなかったが。


 通路は岩山を掘り進めたものらしく、継ぎ目がなかった。ところどころの岩壁にレリーフが現れる。人や小鳥。素朴な造形だ。向かい合う2頭の獅子(おそらく)。その獅子を従えるように翼を広げたワシ(たぶん)は脚爪で、しっかりと輝く宝玉(想像するに)をつかんでいる。

 波のようなモチーフもあった。舟と思えるモチーフも。ここから海は遠い。この山岳地帯で誰が海を見たのだろう。


「ここです」

 トゥヤが立ち止まった。

 そこで通路は終わり、ただの壁がある。

 そこにも、レリーフが彫られていた。

 規則的な輝きのような宝玉のような、丸いレリーフ。ユスには、星のように思えた。

「それで、ここを押したら」

 トゥヤは丸いレリーフの一つに触れた。

 あっけないくらい、壁の一部が浮き上がって、トゥヤが少し力を込めただけで横に動いた。

 何か仕掛けを施した、まさに隠し扉だった。

 

 予想に反して、扉の向こうは向こうは明るかった。

 部屋に一歩踏み込むと、かすかに金属音がしたように感じたので、ユスは上を見上げた。光が差してきている。


 壁には丸く成型された鏡が細めの枠にはめられ、木の枝のように壁から突き出ていた。丸鏡は微妙に角度を調整して動き、城の頂点から日光か、それに準じるものを呼び込んでいる。


(まったく)

 ユスは言葉を失ったまま、辺りを注意深く観察しはじめた。部屋は思ったより広く天井が高い。

 やはり、この辺境に、よほどの技術者がいたのだ。


 かつて、この大陸には高度な科学が存在していたと、ユスは考えている。その文明は飽和期を迎え滅びたというのが仮説だ。


 生き延びたのは無機物と有機物のような相反するものが融合した生き物や、中途半端な科学力を持った人間。

 誰もそれを不思議とは思わなかった。はじめから、そうだったから。

 ようやく、ぼちぼちとユスのような人間が、この世界の不思議に気づきはじめている。


「あそこに女神の像が」

 トゥヤが壁を指さした。

 くぼみを作った壁に、立ち姿の女の肖像があった。

 両手を下に手のひらをこちらに向けて、なだらかな曲線を描くローブが繊細に彫り込まれている。

 もっと、よく見ようとユスは懐からルーペを取り出した。

「それから」

 トゥヤが得意げな顔になった。

「この女神の左の手のひらに触れると、ホログラフ三次元画像が浮かびあがるのです」

 トゥヤは手のひらを、女神の左の手に乗せるように触れた。

 すると、音もなく幻影のようにホログラフ三次元画像が女神のレリーフの上に浮いた。


 それは若い女だった。

 帯を胸元の高い位置で結んだ異国の衣装。瞳は愁いを秘めて揺れている。口元は、何か言いたげだ。

(ホログラム三次元画像のせいか)


「ねぇ、きれいでしょう」

 トゥヤの声に、ユスは夢心地から引き戻された。


「よく気がつきましたね」

「でしょう」

 トゥヤは得意そうに鼻を鳴らした。


「新月の夜に会った者は、この像に似ていたと」

「そうです」

「お父上には話されたのですか」

「いいえ。見つけたのは、父が出立したあとでしたから」

「叔父上には」

「いいえ。叔父上は、映像の美女より本物の方がお好きですから」


「そうですね」

 トゥヤの観察力に、ユスはうなずいた。


「ユス先生は、こういうのがお好きですよね?」

 トゥヤは、ユスのことを家名のトゥルフールで呼ばない。やはり、長ったらしいからだ。

 トゥヤの問いが、女性の好みとしてなのか、遺跡としてなのか、どちらを問うたのかわからなかったので、ユスは、あいまいにうなずいておいた。


「この城は不思議です。まず、この岩山の上にどうやって建築したのか。積み石の大きさといい精度といい」


「古代には飛ぶ馬車があったというではありませんか? それとも万力まんりきの竜がいたとか」


「おとぎ話ですね。おとぎ話は文字を持たぬ時代の、真実を伝えるひとつの手段かもしれません」


 こういうとき、きらきらと瞳を輝かせるトゥヤは、まず、かわいい。



「――このことは、しばらく、トゥヤ様と私の秘密にしておけますか?」

「叔父上たちには話さない方がいいってこと?」

「兵士に知られると遺物が荒らされないとも限らないので」


 古代の遺物などゴミ同然に考えるやからも困るが、金になると気づかれ持ち出されるのも困るのだ。

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