4 ナラントゥヤ公子
「昨夜の身元不明の女子について、何かわかりましたか?」
茶がちな髪の少年が、背の高い黒髪の青年に聞いた。
「いいえ。昨夜の武闘会の招待客に、その年齢の女子はおりません」
「そうだよね?」
「どこから紛れ込んできたものか。どのような女子でしたか」
青年は、学者ですねと言わんばかりの黒縁眼鏡をかけている。だが、肌は日に焼けているし着やせするタイプで結構、鍛えている。
「――
少年は、女子のがっつきぶりを思い出していた。
「そのような者が紛れ込むような警備では、問題がありますね。あの
「あれは! 油断したからだ」
自分の不覚を思い出して、少年がむきになった。
「普段だったら、そんなことはないんだ! ユス先生……」
声が小さくなる。
「油断とは、また情けない」
先生と呼ばれた青年は確信犯で、意地悪な言い方をしている。
むきになるトゥヤの仔犬のような反応を楽しんでいるのだ。
ちなみに、公子の名が長たらしいので、しばしば、非公式の場ではトゥヤと略される。
「ああ、そうです。情けなかった。あの女子は似ていたから。祈りの間にある肖像彫刻の
ふてくされ恥ずかしそうに、トゥヤは白状した。
「この城の祈りの間?」
「たぶん、隠し部屋ですよ。この間、見つけたんです」
「それはまた興味深い」
ユスの
「見たいですか? この授業を早々に切り上げてくだされば案内できますよ?」
トゥヤは、なかなかの交渉上手だ。
それは、12年前にさかのぼる。
巡察使団は、とある山国に滞在した。その地の娘が
そのような理由で、トゥヤの12年の人生は旅そのものだった。
半年、同じところにいることがない。父、シドゥルグと叔父に当たる
彼らは、共に先の帝の妾腹の子である。それぞれ、母親はちがう。
先帝は皇后の子である現帝を世継ぎとし、妾腹の兄たちには辺境の地を与えた。さらに、現帝は兄たちに
巡察の職務は暮らしが落ち着くことはないし、家来との信頼関係は希薄になるし、人件費はやたらかかる。
こう聞くと、
が、そうでもなかった。
従属国は帝の覚えのよきことを願って、二人をもてなすことを怠らなかった。一行の滞在費は、たいてい従属国持ちだ。否、持ってくれるように遠回しに、
ユスから見ると、
だからといって、『 エンジョイされていますよ 』と、帝への定期的な報告書にわざわざ書き添えることはしなかった。
そう、彼は帝の密偵の役も担っている。帝の異母兄の動向を逐一、帝に知らせることになっている。
幼い頃より文武に優れていたユス・トゥルフール。
都育ちなら、ほぼ行きたがらない
ユスが
あの頃、6歳だったトゥヤには乳母ではなく、師範が必要な年齢だった。ユスは申し分のない指導者であり兄貴分になった。
ユス本人にとっては、密偵の任務が先か遺跡調査が先かは、タマゴが先かニワトリが先かと同列の質問で答えようがない。
都での地位に引き上げてくれた現帝には恩義がある。6年、共に同じ釜の飯を食ってきた
何より、自分を慕ってくるトゥヤに愛があった。
今日、密偵であることがばれることがあったとしても、悔いのない生き方をしようというのが、ユスの信条だ。
さて、隠し部屋のことを聞いたユス先生は、早々に授業を終えて、早速、生徒に案内を頼んだ。
この山脈のあたりは色濃く古代宗教の跡が残っているから、しらべておきたかった。
「迷路のようでしょう?」
トゥヤは階段を降りて行く。
城は三層の作りで、地下室がある。
「この城は異教徒の住処だったのです。どんな仕掛けがあるかもわからない。
ユスの声が石壁に反響する。
地下室は昔の礼拝堂だ。
古代の礼拝堂であったものを、どこかの時代で今の宗教にすり替えたと思える。
現帝の祖父の時代に大陸は、ほぼ制圧された。
元々、この大陸の信仰は、神は万物に宿るという
その昔の土着の士族たちは
まぁ、警戒は怠らないというのが現帝の方針。
ユスも、それとなく少数民族の動きは見ているところだ。
ちなみに、
「この奥、です」
トゥヤが、薄暗く続く先を指差した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます