3  それは武闘会


 真白月ましろつきと彼女の半分の身長の使役コンピューターは、城の長い廊下を、ゆっくりと進んだ。

 ほこを携えている警護の兵もいたが、真白月ましろつきを見とがめる者はいない。

 兵は皆、白いジバン(じゅばん)の上に左前に合わせた薄墨色の長めの上衣を羽織っている。その袖から出たジバンの袖は、上着の袖の上にまくり上げてあった。その腰はベルトで締め帯刀している。それに革の長沓ブーツだ。

 

 すれちがう者たちは大陸の各地から来ているのか。髪の色や着ている衣も多種多様だ。 

 あまり、しげしげとみつめると不審がられる。真白月ましろつきは目の端でたしかめるに留めた。

 真白月ましろつきの恰好はというと危なげなく、まとまっているはずだ。 

 白いジバン、地味な色目の上衣の左前なところは兵と同じ。それに、くるぶしですぼめた生成りの下履き(ズボン)を履いている。くつは厚底。

 鞍楽くららによると〈ちょっとそこまで小姓風〉らしい。


 真白月ましろつきの髪の長さでは少年に見えるかもしれない。夜の下では黒く見える髪に艶があるのは、鞍楽くららによるブラッシングの賜物たまものだ。

 彼女の顔立ちは、鞍楽くららの評価では『愛らしい』とされている。だが、乳母型コンピューターというのは主人に対する賛美を、真っ先にインストールされるものらしく、その評価はあてにならない。


 満腹になり、ご機嫌になった真白月ましろつきは、自分でも気づかぬうちに聞こえてくる楽の音に合わせて、ちょっとスキップを踏んでいた。 

 楽の音には軽快な太鼓の音も加わってきたから、ちょうどよかった。

 大きな部屋への入り口と思える場所に着いたので、ぴょんと跳ねて中をうかがった。それが、尋常ではない跳躍だったことを誰も見ていなかった。


 人垣の向こうには、舞っている女たちが見えた。


 たたたた、とんか、とんか、とんか。


 太鼓のリズムに合わせて、女が躍っていた。

 顔にベールをつけた3人の舞日女まいひめだ。

 棒の演舞を披露していた。


 右手に身長ほどの棒を持ち、くるくると回しながら自らも回転する。勢いをつけると腰にまいた飾り帯が舞い上がり、たっぷりした下履きをつけているにもかかわらず、観ている男たちから野太い歓声が上がった。


 左右の女などは顔は隠しているのに、へその辺りは出している。

 真白月ましろつきが寝ていて、へそを出そうものなら、鞍楽くららに、すぐさまケット毛布を掛けられるが。


 上座の銀の屏風の前に座っているのは、この城のあるじか。壮年の男が中央にいた。

 

(思っていた舞踏会ぶとぅかいとちがう? ほぼ、しかいなくない?)

 真白月ましろつきは辺りを観察した。


 システムでは、おじさん参考画像はヒゲの濃いタイプをあげてあった。そこにいた男のほとんどが、それに当てはまり真白月ましろつきは、すぐさま、おじさん認定した。

 真白月ましろつきは、まだ、自分のカンちがいに気がついていないのだ。

 統率のとれた舞の一挙手一投足に心とらわれていた。


 女たちは、手の先から足の先まで優美だった。風にそよぐあしのようであるのに、力いっぱい引かれた弓のように、その身体からだは、しなる。

 足先は、ふくらはぎまでの足袋たびを細い革ひもで結んであって。その足の高く上がること。


 真ん中の女が、いっとう背が高い。


 3人は右手の棒を掲げ交差させ、反発したかのように勢いをつけて散ると、その、背の高い女が、ひらりと大きく一回転し、上座の前10米突メートルほどに立った。かと思うと、持っていた棒を力を込めて放った。


 たん!


 放ったと同時に、棒の先端で鋭い刃がむき出しになった。そのほこの先は、銀屏風の前の男だ。

 とっさに側近が自らの体を盾にし、刃先は側近の肩をかすめ、うしろの銀の屏風をつらぬいて倒した。

 そのときには、演武の舞日女まいひめたちは大広間の端まで、一気に撤退していた。


曲者くせものだっ、召し取れっ」

 上座の男が叫んだから、広間がどよめいた。


 まず、兵が女たちに向かった。しかし、歯がたたない。

 背の高い舞日女まいひめは、倒れた兵から長剣をぶんどった。


 棒、すでに刃先が出てほこになった武器を持った女二人が広間の壁にいた客人たちにも切りかかり、突破口を作る。


 その線上に、真白月ましろつきは立ち尽くしていた。

 そして。


 舞日女まいひめの一人が自分を棒ではらおうとしたのが、真白月ましろつきには

 それをかわしたとき、長剣を持った舞日女まいひめのベールから出ている、星灰せいはいの目に一瞬、驚きの色が浮かんだ。


 ――白月はくげつ

 そう言った、ように思えた。



 そのあとがわからないのは、つるつるした大理石の床の部分に、真白月ましろつきの厚底の沓底くつぞこがすべったからだ。


 受け身は取れたと思う。



 床に打ち付けられる、と思った瞬間、誰かに抱きかかえられた。

 そして、織地のソファクッションの上に連れて行かれた。


「大丈夫?」

 少年が、真白月ましろつきをのぞきこんだ。

 あの茶がちな髪の少年だ。瞳も茶水晶のようだった。


「君は誰?」

 少年は、ささやいた。

「城の正門の入場者リストに、君らしき人の記録がない」


 たしかに、真白月ましろつきは正門から入っては来てはいない。


 ……。

 そのとき、真白月ましろつきの耳元で、〈かぼちゃの馬車〉から微振動が伝わった。


 『 夜明けまであと5分 』


 真白月ましろつきは飛び起きた。

「帰る!」


「だめだ!」

 少年が、真白月ましろつきの両腕をつかむ。


「ごめんなすって!」

 真白月ましろつきは少年に両腕をつかまれたまま、自分の体をうしろへ倒れこませた。少年の体は宙に浮いた。そして、ソファクッションの中へ、ぼふん、とはまり込んだ。


 あとは、振り返らず走る。〈かぼちゃの馬車〉が誘導する地点へ。

 真白月ましろつきの耳元のピアスから感覚信号で指令は出ている。廊下のある地点に到達したとき、彼女の身体からだは白い光に包まれ——。


 風景を裏返したように、見覚えがある地下へ続く4つのアーチの門のある丸い部屋へ着いた。


(戻れた!)


 そこから、螺旋らせん階段を全速力で駆け下り、石廊下を一直線に進み地下迷宮の入り口へすべり込む。


「おかえりなサィ~」

 鞍楽クララ真白月ましろつきがすべり込むと同時に、引き戸を、ぴっちり閉めた。


「もしかしたら、ずっと、ここにいたの」

 真白月ましろつきは息を弾ませたまま、鞍楽クララの銀色のアームに両手をのせた。


「ヒトにとっての数時間は、タワシにとっては、数秒ほどでシかありまセ」

「ああ、でも――」

 その真白月ましろつきの声は、〈第一の音曲〉にさえぎられた。


 ♪ あったらし~い あっさがきたぁ


六天舞耶ロクテンマイヤが目を覚ましまシた。夜明けですヨ」


 その歌は古代の夜明けの唄だという。

 起きる気が失せるのは、真白月ましろつきだけだろうか。



 そのまま、食事の間へ向かうことにする。

 朝食はカップにふたをした携帯容器で、中身は蓋に開いた小さな穴から飲める流動食だ。

 真白月は、城のビュッフェ食べたいだけ食べてよしを思い出した。


(絶対、あれ、また行く)

 心に決めた。



 その日、眠ると夢を見た。

 真白月ましろつきは、少年に強く両腕をつかまれる。

 ふりはらったと思ったら、それは星灰せいはいの目の舞日女まいひめだったという、夢。


(――あんなに親切にしてもらったのに、突き飛ばしちゃうなんて)

 最後に見た少年の見開いた目が、ビュッフェ好きなだけ食べてよしの献立の次に忘れられない。真白月ましろつきは胸が痛んだ。


(力加減はしたし、クッションの上に倒れこむように押したから、ケガはしていないはず)


 次の新月の晩を待とう。

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