2  舞踏会へ行きたい

 真白月ましろつきが地下迷宮の装置によって運ばれたのは、城の中庭をのぞむ外廊下らしかった。

 いくつものアーチが続いた石造りの壁。夜の空に月はない。新月の夜だ。


 四方の外廊下の一つは回廊だった。半円の石のアーチから外を見ると、黒い険しい山並みが星明りに浮かんでいた。下を見ると底の見えぬ暗闇で、谷なのかもしれない。どうやら、この城は、けわしい岩山の上に立っている。


 風にのって楽の音が聞こえた。

 むねの方から、ゆったりと聞こえてくるのはフィーデルとリュートの弦の音、バンパイプの笛だろうか。

 真白月ましろつきは息をひそませた。


 内廊下の高い天井からは、白いうす布のカーテンが、たれさがっていて、その向こうからは人の声も聞こえてきた。

 うす布のカーテンの間に真白月ましろつきは、するりと入り込んで様子をうかがう。


 まず、目に入ったのは、山海の珍味(おそらく)や、細工の凝った甘そうな小菓子(おそらく)の膳が並ぶ大理石のテーブルだ。しばらく観察していると、各々おのおのが自分の皿にきょうしている。人々に料理を取り分けているのは、使役型コンピューターだ。


(システムで見たことがある。これ、ビュッフェ欲するまま食べてよしだよね)

 とにかく料理が山盛りになっている状況に、真白月ましろつきの心臓は高鳴った。


 山盛りの御馳走など実物を見たことがない。せいぜいが山盛りの缶詰だ。

 人気がなくなるのを待って、真白月ましろつきは隅のテーブルに近づいた。

 使役型コンピューターが器用に、前菜の乗った皿と箸を真白月ましろつきに手渡してくれた。

 正体はわからぬが、つぶした何かと赤い切り身だ。

 それを真白月ましろつきは受け取り、外廊下の円柱の陰で口に運んだ。


(なんだろう。わかんない)

 けど、おいしい。

(赤い。何? 燃やした木の匂い?)

 くんくんと嗅いでみる。

 経験値として積みあげにくいのが、香りと舌触りなのだ。


 真白月ましろつきは警戒しながらも止めようがない好奇心に、輪切りの黄色い果実をのせた、てろんとした赤身を舌にのせた。とたん、「すっぱ!」と、酸味に口をすぼめた。

 この酸味は、わかる? わかりかける。

 その酸味が、この輪切りの黄色い果実のものだということは、今、知った。

 およそ、新鮮な食材というものを真白月ましろつきは、はじめて食べたのだ。

 彼女の主食は缶詰、あと保存食。

 〈コメ〉は地下迷宮で炊けないことはないのだが、調理の煙を外に排出するのが実に難儀ならしい。できないことはないと思うが、ようするに面倒くさい仕組みになるのだろう。


 あっという間に、その一皿をたいらげた真白月ましろつきは、今度は別のテーブルへ行ってみる。そこには、両耳のついた銀の大ぶりな器が置いてあった。使役型コンピューターが、ちんまりしたデミタスカップに、中身をついでくれた。


 とろりとしている。冷たい。

 流動食なら缶詰で体験済み。

 だが、このなめらかさとコク? は味わったことがない。

(いも?)

 真白月ましろつきは推察した。


 一気に飲み干したので、おかわりをしに行く。使役型コンピューターを無視し、目についた木の鉢を手にし、自分でつごうとした。しかし、興奮のあまりか手がふるえて、うまくつげない。

 そのとき、「手伝おうか」と、真白月ましろつきの、うしろで声がした。


 振り向くと少年が立っていた。

 茶がちな髪の、その少年は真白月ましろつきの手の器をとると、銀のおたまでスゥプをついだ。

「はい」

 なみなみついだスゥプの器を、真白月ましろつきに差し出す。


「あ、ありがと」

 少し緊張して、かすれた声で真白月ましろつきは礼を言った。システムで学習した『 とっさのときの土地人トチビトとの会話術 』が、役に立つ日が、やっと来た。


 それから、さっと身をひるがえして内廊下を抜けていった。

 そして、外廊下の円柱の根元の出っ張りに腰かけた。

 予想外だったのは少年が追いかけてきたことだ。

「遠くから来たの?」

「……ん」

 真白月ましろつきはうなずいた。ここまで来るのに確実に14年だかは、かかったのだから、うそではない。


「ずいぶん、おなかが空いているんだね。何か、まだ食べる?」

 少年は聞いてきた。


「めいん料理は何です、か」

 真白月ましろつきは、習った文法を思い出しながら、土地人トチビトの言語をあやつった。


「鹿のあぶり肉。骨付き羊の塩ゆで。あと、包み揚げとか」

 すっと、少年は東屋あずまやから離れると、どこかへ行って、すぐに使役型コンピューターを1体連れて帰ってきた。使役型コンピューターは、両のアームと頭に銀のお盆を乗せて料理を運んできている。


「飲み物もどうぞ」

 少年が、ぷちぷちと泡の立ったグラスを勧めてきた。


 真白月は金色の液体を、ほうっと見つめ、一息含んで、勢いよく吐いた。

「何! 口の中、攻撃されたっ」


「……ただの生姜蜂蜜しょうがはちみつ炭酸水ヒージュールセンオスだけど」

 俊敏な動きで飛沫から飛びのいた少年が、あきれた目で見てきた。

「もしかして、ヒージュールセンオス、飲んだことなかった?」


「ひー?」

「炭、酸、水」

 少年は言い方を変えた。

「たんさん……」

 真白月ましろつきは、その言葉を口の中で転がした。


「飲んだことないんだ。すごく田舎から出て来たの?」

 嫌味でなく少年はそう言って、めずらしい生き物を見る目で、真白月ましろつきを見た。その判断はある意味、正しく、彼女は〈めずらしいいきもの〉だ。


「いろいろ、ごしんせつ、ありがとざす」

 真白月は『 とっさのときの土地人トチビトとの会話術 』から、言葉を選んだ。


「試合前に、そんなに食べて大丈夫?」

「試合?」

武闘会ぶとうかいだよ」

舞踏会ぶとぅかい


 互いの認識のちがいに、二人は気がついていない。特に、真白月は致命的にまちがえている。

 今宵、城で行われているのは、舞踏会ではなく武闘会だった。



「――さま、――さま」

 誰かの声が聞こえてきた。


「マズい。行かないと」

 少年が、つぶやいた。

 真白月ましろつきが皿から顔を上げたとき、もう少年は、いなかった。

(――どうしよう)

 

「おスみでスか」

 さっき、少年が連れてきた使役型コンピューターが、まだそばにいた。


「ありがと。ごちそさま」

「次は、どういたしまスか」

「あのコは、どこ?」

「ゴ案内いたしまショ」


 使役型コンピューターは、直角に城の中へ向き直った。真白月ましろつきは、そのあとについて行くことにした。






※〈フィーデル〉 弓または棒で弦をこすることによって音を出す弦楽器

 〈リュート〉 幅広の棹が背面が丸く湾曲しているのボディについた弦楽器

 〈パンパイプ〉 一端が閉じられた 長さと太さの異なる数本の管を開端を

         そろえ 長さの順に筏状に束ねて作られた縦笛

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