第3話

 魔王城への道は難しくない。

 北へ向かってずっと行くと大きな活火山があり、そこを越え目の前に広がる森を抜ける頃には太陽の光も届かないような厚い雲が空を覆いつくし、急激に気温が下がる。

 自然の恩恵がなくなるとはこういう事なのだろう。

 辺りは暗く、湿度が高いのか服が肌にまとわりつく。


 そんな中、俺たちはただひたすらに魔王城を目指した。

 視界が悪いからなのか魔王の罠なのか、時々何故か先に進めなくなっていたり何も無いのに沼地のようになっていたりと、魔王城にたどり着くまでにはいくつもの困難があった。


 どれくらい歩いただろうか。

 見掛け倒しの沼地を抜けるとそれは唐突に現れた。

 周りは茂みに囲まれ、陰鬱いんうつとした雰囲気のある建物。これが魔王城だろう。

 周りを警戒するが、入口にも城の周りにも見張りがいなかったので、俺たちはそのまま魔王城へと突入した。



「ねぇ、ずっと疑問だったんだけど」


 エリーがどう言うべきかと逡巡しながら口を開いた。


「ここまでモンスターをあまり見なかったけど、魔王城ってこんな手薄でいいのかしら?」

「確かにあんまり居なかったな」

「でっ、でもおかげで魔力を温存しながらここまで来れましたよ!」


 オゥルの言うことも一理ある。


「なんて言うか……ちょっと不気味よね」

「まぁ、こんなとこ、魔王を倒したらさっさとおさらばしようぜ」


 魔王城だってのに、どことなく緊張感がない俺たちは手探りで魔王のいる最上階を目指す。

 魔王城にも至る所に罠と思われるものが仕掛けられており、ひとつ上の階へあがるにもそれなりの労力を使うこととなった。


 3つほど階を上がった時にエリーがピタッと止まり、俺たちへ向かって「しっ」と指を口にあて静かにするようにとジェスチャーした。

 俺たちは素直に従い、その場で物音を立てないよう立ち止まった。


「……ぇ……か……け……」


 耳を澄ますと、微かだが声が聞こえてきた。


「誰かいるのー!?」


 エリーは迷わず声を上げる。少しでも情報を得ようと長く尖った耳が小さくピクピクと動いている。


 エルフって耳が動くのか……うさぎみてえだな。


 呑気に考えていると、エリーが声の方向と言葉を把握したようで俺たちに「行くわよ!」と声をかける。


 ゴィンッ!


「〜〜……っ!」


 またもや見えない壁に阻まれたエリーが盛大に頭をぶつけ、声にならない声をあげて額を両手で抑えながらその場にうずくまる。


「だ、大丈夫か?」

「くぅ〜〜……っ。だ、大丈夫。行きましょう!」


 エリーは涙目のまま立ち上がり、今度は慎重に周りを確認しながら声のする方へ進んでいった。

 こんなにも見えない壁や上や下に移動できない見かけだけの階段などばかり作っては、侵入者だけでなくここに住んでいるであろうモンスターたちだって不便ではないだろうか。


 エリーについて奥まで進むと、そこには灰色の髪と猫のような耳を持った獣人がいた。

 手と足にはそれぞれかせがついており、首輪には鎖が繋がれ、それは壁際にある半分埋め込まれたリングとくっついていて、獣人の行動を制限しているようだった。


「……ぁ、た、助け……て……下さぃ……」

「あぁ、ちょっと待ってろ」


 俺は獣人を繋いでいた鎖を剣で断ち切り、手足の枷も剣の柄頭つかがしらで叩き壊した。

 枷を壊す際の衝撃が少し強かったようで、獣人は「ぐぅっ」と声を漏らし顔を歪めていた。


「悪いな、加減が難しくて」

「い、いえ。助けてくれただけで十分ありがたいです」


 開放された獣人は俺たちにぺこりとお辞儀をした。

 背丈はエリーの胸辺りまでしかなく、顔もよくみるとまだ幼い。


「子どもがどうしてこんなところにいるんだ。親御さんは?」

「私たちは半端者として、男は奴隷、女はおもちゃとしてペットより酷い扱いを受けてきました。……脱出を試みたりする大人もいましたが、結局はうまく行かず……」


 そこまで言うと獣人は顔をおおって静かに泣き始めた。


「なぁ、俺たちは魔王を倒すためにここまで来たんだ。お前も一緒にくるか?」

 獣人は静かにうなずき、涙に濡れた顔をゴシゴシと拭う。


「行く。私はイーリア。“ばぐ”?っていうのがわかるから魔王のところまですぐ行けるよ!」

「そいつぁ頼もしいな!ところで、“ばぐ”っていうのは何なんだ?」

「アレとか……」


 イーリアは壁の一点を指さした。

 それにつられて壁を見ると、そこには三つ目で角を生やした下級モンスターが体半分を壁にめり込ませたまま、ゆっくりと足掻あがいている。


「“ばぐ”に捕まるともうそこから動くことはできない。他にもあるかもしれないから、気をつけて進んだ方がいいよ!」

「なるほどな。確かにああなってしまってはどうしようもない。イーリア頼んだぞ」

「うん!こっちだよ!」


「待って!その前に」


 今にも走り出しそうなイーリアをエリーが呼び止める。

 エリーは自分の荷物から着替えを出し、ボロボロの服を着ていたイーリアを着替えさせた。


「気をつけなさい。近くに変態がいるから」

「え……またイジメるの……?」

「大丈夫、私が変態から守るから」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 変態と聞いて一瞬身を強張らせたイーリアは、エリーの言葉に安心したのかぎゅっと抱きついた。


 ここは女性同士に任せて、何をされたのかイーリアに深く聞くのはやめておこう。

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