第2話

「た、助けてください!」


 司祭が着ていたローブは土埃がついており、所々破れ中の衣服が顔を出している。

 司祭の後ろには肌が明るい緑色をした一つ目のモンスターが追いかけてきていて、すぐそこまで迫っている。


「え?あ?と、とりあえずアイツをどうにかするか!」

「……ふんっ!」


 俺が状況を把握するとほぼ同時にエリーがモンスターに向かって矢を放つ。

 エリーの放った矢はモンスターの右膝に刺さり、「ぐがっ……」と膝からがくりと崩れた。

 体勢が崩れ頭部の位置が俺の頭より少し高い程度まで下がったので、俺はモンスターに向かって走りながら跳び、勢いをつけて剣を頭上から振り下ろす。


「でぇやっ!」


 モンスターは剣の一撃により倒れ、慌ただしく上下していた胸も、やがて静かになった。

 俺はモンスターの絶命を見届けてから司祭へと振り返り、笑顔で「もう大丈夫だ!」と親指をグッと上に伸ばしたのだが、司祭はこちらを見たまま小さく震えていた。


 よほど怖かったんだろう。


 そう思いながら、走り寄るとエリーに手ぬぐいを渡された。


「そんな返り血浴びて笑顔を向けられても怖いだけよ、ばか」

「あ、あぁそうか……」


 エリーに差し出された手ぬぐいで顔を拭った。

 手ぬぐいにはさきほどのモンスターのものと思われる濁った青っぽい血のようなものがべっとりとついていた。

 確かに返り血を浴びた顔で笑顔を向けたところで、サイコパスのようで安心などできないだろう。


 悪いことをしたな……。


 そう思い、改めて司祭の方をみると、「怖い」とエリーに抱きついて震えてはいるが、横目でエリーを見て顔がニヤけて鼻の下がのびている。


 助けないほうが良かったようだ。


 俺はそう思い直し、もう一度鞘に収めていた剣を静かに抜いた。


「あ、あ!ちょ、何!?え、えっ!?」


 司祭は慌てふためき、とっさにエリーへ助けを求めるように見つめる。

 しかし、エリーはなぜか司祭の方を見ようとはせず、勇者の動きをじっと見つめている。

 司祭は自分がエリーをいやらしい目で見ていたからか、エリーも助けてくれそうにないと感じたからか、エリーから体を離すと両手を頭の上へあげて「降参です!やめてぇ!」と声を裏返しながら泣き叫んで勇者へ許しを請うた。


 それを見て、勇者は剣を鞘に納めて「名は何というんだ」と冷たい声で聞くと、司祭は顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら「ぼ、僕はオゥルといいます。こ、殺さないでください」と情けない声で答えた。


 オゥルはこの先にある大都市「トンプル」の教会で日々神に祈りを捧げながら魔法の鍛錬をしていた。

 ある時、そこに新しく今の時代に合わせた次世代型教会を名乗るものが出現し、最初は一般人に対してもきちんとした教えを説いており、オゥルの所属する教会と共に支え合い、より良い世界になるようにと日々切磋琢磨していた。


 ところが、周りから信用を得て馴染んできたと思ったら奴らは態度を変え、「神の寵愛を受けている自分たちが一番尊いので羨むように」と傲慢な本性を現したのである。

 当然、そのような奴らにオゥルたちは猛反発をした。

 すると、奴らは神に仕えるものとしてあるまじき行為をした。悪魔の召喚と下級モンスターの生成である。

 それに対し、オゥル側は成す術もなく蹂躙され洗練されていた大都市はあっという間に火の海となった。

 抵抗する者には容赦なく死を与え、大人しく従う者は死ぬまで奴隷として獣以下の扱いを受ける。

 オゥルはトンプルを救うべく旅立ったところ、モンスターと出会い必死に逃げてきたのだった。


 俺たちがモンスターをあっさりと倒すところを見て、力を貸してほしいと言われたが魔王退治があるので断った。


「えっ……」

「じゃぁ、俺たち先を急ぐから」

「……っ!待ってアンワ!」


 エリーは俺の腕を掴んで耳元で囁いた。


「なんだよ、エリー……」

「あいつ、司祭なら回復魔法とか使えるんじゃない?私もアンリも魔法はさっぱりだし、上手く言ってついてきてもらおう」

「えぇー……あいつ、エリーのこといやらしい目で見てたぞ?」

「そうね、キモかったわ。でも、ちょうどいいわ、それで脅せばいいわね」

「うわー……」


 エリーは俺からパッと離れると、オゥルに近寄っていった。


「オゥル、私たちにもそれぞれ使命があるのよ。それに協力して」

「あ、じゃ、じゃぁ僕の……」

「さっき、どさくさに紛れて私の胸触ったでしょう!」

「え!?い、いや……」

「司祭とか名乗ってるけど、あんたもイヤらしい奴らの仲間なのね!」

「いえ!神に誓ってそんな……」

「いやぁ!来ないでぇ!犯されるぅ!」

「ちょっ……」

「あぁー!私の純潔がぁー!」


 これ以上この二人を見ていても時間の無駄なので、話をすすめることにした。


「オゥル。聖職者ともあろう人間が……俺は幻滅したよ……」

「えぇ!?ちょ、ちょっと」

「こんなの、お偉いさんには知られたくねえよなぁ……なあ?」

「…………」

「エリーには黙ってるように説得してやるからよぉ……ちょっと協力してくれや」

「あ、あの、僕の願いも協力していただけますか?」

「あー……それはお前の態度次第じゃねぇか?エリーが納得してくれりゃ、俺は惜しみなく協力するぜぇ?」

「……」


 俯いて少しの沈黙のあと、オゥルは顔をあげて「アンワたちに協力します」と頷いてくれた。


 かくして、俺たち三人は各々の目的のため魔王城へと向かった。

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