椅子道 〜ひょんなことから椅子に転生したけど案外楽しい〜

宮寺 祀

第1話

 ふと目が覚めると俺は椅子になっていた。


 遡ること1週間前。深夜3時を回り眠い目を擦りながら向かうのは近所のコンビニ。こんな時間に何の用があるかと云うと、無論買い物をするわけではなく、深夜シフトの友達のところへダベりにいくためだ。大学生になってからはお互いに多忙を極めており、こうして本来は寝ているはずの時間に会いに行くのだ。バイト先にお邪魔して散々話して何も買わずに帰るなんていうのは本当なら迷惑客も甚だしいところではあるが、何せ深夜3時に来店する客もそういるまいという考えである。実際、朝の5時まで明かすのだが、ここ1週間で見た客を合計しても3人程度、その内1人は共通の友人であるため本当に来ないに等しい。して、その日もそうして近況なり趣味なりの話をしに行こうとしていたのだが-


 ちょうど2つ目の横断歩道に差し掛かった時である。不意に、十字路の右側から激しい走行音が俺の鼓膜を劈いた。田舎の夜というのは馬鹿みたくスピードを飛ばす阿呆が毎夜のように出現する。察するに、おニューのスポーツカーでも買ってイキがっているのだろう。よく目にする光景なので、俺は気に留めなかった。しかし、今から思えば少し様子がおかしかったようにも思える。酔っ払いのする運転のような、何となくふらふらと覚束無い感じだった。油断していた俺は、否、油断するもクソも予測不能だったが、兎も角その酔っ払いイキリ男ご自慢のピカピカスポーツカーに大量の血をぶちまけることとなった。要するに轢かれた。へへっ、きめぇ野郎に一矢報いてやったぜ!ヒャッホゥ!などと言っている場合でもなく、殆ど痛みを感じずに程なくして俺は息を引き取った。



 俺は家族関係も友人関係にも困っていない人間であったため、本来ならこんなところで死ぬわけにはいかなかった。色々な人に迷惑をかけるし、何しろ見られてはいけないものを処分できていないのが俺の中で一番の心残りだった。エロ本、同人誌、何をとち狂ったか中学の時に作ったオリジナルの詩集を初めとする黒歴史有象無象。これらが見つかった時には家族親族友人恋人に何を思われ何を言われるか想像にかたくない。外でも中でも硬派を装っていた俺が実はすけべな軟派なんて知れたら……。しかし今の俺にはどうしようも出来ないし、もう死んでいるのだから向こうから俺の在り方を問うことも出来まい。随分急ではあったがこの死を受け入れ、この後自分の魂に待つ結末を見届けることしか出来ないのだ。そうして俺が心残りを割り切ると、何処のどんな風景を見ていたかも分からない視界が暗転した。…………あ、やっぱ詩集だけはどうしても見られたくないっっ!


 次に俺が目を覚ましたのは、日中の路地だった。向かい側に店が見え、視界の左から右は石畳の道路になっていたため、自分が通路の脇にいるということはすぐ分かった。それまで閉ざされていた聴覚が覚醒し、商人達の呼び込みの声や道行く人々の会話、雑踏が徐々に聞こえ始め、何だか賑やかな雰囲気を感じた。集中して聞いてみると、彼らの喋る言語は日本語のように聞こえるが、節々に知らない単語や言い回しが確認できる。それに服装も気になるところだ。麻布のようなひとつなぎの簡単な服や、いかにも紳士淑女の着るような分厚いコート、更にはどこのかも分からない派手な民族衣装など、とても現代にはそぐわないおかしな格好の者が多かった。その光景はまるで中世・近代のヨーロッパがごっちゃになったうな印象。さながらアニメや漫画の世界のような…………。


 そこでハッとした。俺は死んだんじゃないのか?ハッキリとは覚えていないが、確か暴走スポーツカーに撥ねられて……。だとするとここは天国か地獄、はたまたあの世のどこかという可能性も考えられる。次から次へと色々な考えがぐるぐると回り回ってよく分からない。しかし、心の奥底ではあの世でないことが薄々分かってきた。ここは別の世界で、自分は新たな生を受けたのだということ。それだけで、俺が新たな希望を見出すことは十分だった。何だかワクワクして、さあ立ち上がろうというところで異変に気づいた。腰が上がらない。どうしたんだろうか。それに、腕や足も上がらない。というか、そのような感覚がない。それから、自分には腕とか足とかいう概念がないことを実感する。俺は芋虫か何かにでもなったのか?自分の異常に焦燥を感じていると、突如通行人のおっさんがこちらに向いてやってきた。その男は近くのもう1人と何やら話すと、有り得ないような近さでまじまじと俺を見つめてきた。何だ、何の用だ?そう考えているうちに、次におっさんはこちらに背を向け、ゆっくりと腰を降ろした。やめろ!なんのつもりだ!まるで人に"腰掛けよう"ったなんて!必死に叫んだが、いや、叫んでいたつもりだったが、どうやら俺の訴え虚しく"座られてしまった。


 「ほう、こりゃ中々座り心地のいい"椅子"ですなぁ」


 椅子?今このおっさん、椅子って言ったか?


 俺は奴隷にでもなって奴隷商に売られているのだろうか?なるほど確かに、身体の自由が効かないのも逃げ出さないための小細工か何かだと考えれば納得が行く。嗚呼、奴隷か。第2の人生のスタートは最悪だ。早々に死にたくなってきた。


 「これならきっと勇者様も喜ぶでしょう」


 「うむ。気に入っていただけると良いが。このような上質な魔道具はそうそう手に入りません故。あぁっと……こちらの姿見も頂けますかな?」


 「えぇえぇ勿論ですとも。それにしても大臣殿は大変お目が高い! そちらもそちらで中々貴重な魔道具でして。」


 「商人殿はお世辞がお上手で。気分が良くなりますなぁ」


 おっさん-大臣と商人が何やら重要なワードを話していた気がするが、そんなことを考えられる余裕は無かった。商人が大臣に姿見を手渡すところで、俺の姿が映ったのだ。一体どんな様になっているのやらと確認してみると、そこに映っていたのは---


 椅子だった。


 俺は椅子になっていた。


 そんな馬鹿な話があるか。江戸川乱歩の人間椅子ですら中に人が入っていたんだぞ。




 

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