第4話 救助

 敵車両の調査で入手したのは通信記録だった。

 こちらを発見した報告はすでにされてしまっていたものの、敵の配置なども記録されていたので収穫は大きい。

 イサナは戦闘を回避しながら移動する。岩山地帯を抜けて街道へと回り込み、敵の配置が少ない河川沿いに走行していた。

『…………ダ…………救……』

「なんだこの音声。通信か?」

『たぶん、近くに味方の車両があるんだよ。周波数はうちの部隊と違うけど、LWの通信システムからの救援要請だし』

 ジャミングが酷いということは、ここが敵の勢力圏内だという証。ノイズだらけとはいえ味方の通信が受信できるということは、かなり近くに味方がいるということ。

 味方がいるならこちらにコンタクトを取って来てもいいはずだが、それらしい姿も見えない。ましてや付近で戦闘をしている気配もない。

「まさか近辺の味方は壊滅してるんじゃ」

『生き残りが救助を求めてるのかも』

 それはありそうだが、どこか引っかかる。とりあえず河川沿いにシャカマを走らせると石切り場のような場所に辿り着いた。

 先程の岩山とは違い、岩場であっても開けた場所がある。なにより目を引くのは周囲に森林があることだろう。河川の近くだけあって動植物にとって都合の良い環境だとわかる。

『何かの反応……LW?』

 反応の近くまで移動すると、周囲を岩壁に囲まれた広い石切り場の奥に一台のLWがあった。シャカマのカメラで拡大して見ると、中破しているために移動もできないのがわかる。この石切り場で戦闘があったのか、地面には爆発による穴や車両の残骸などがあちこちに見えた。

「あのLWに誰かいるのか?」

 近づこうとするイサナをメルラが制する。

『待って。おかしいと思わない? いくら救助を要請するからって、敵の勢力圏内で通信をバラまく? そんなことをしたら運よく戦闘で生き残れてたとしても、すぐに敵に見つかって殺されちゃうよ』

 確かにメルラの言うことは正しい。これは罠であると言われればそうだとしか思えないだろう。

 ただ、現状では味方の情報などもないので生存者がいるのならコンタクトを取りたいのもイサナの本音だ。

「俺がLWの様子を見に行く。シャカマはここの物陰で待機しててくれ」

『危険だよ』

「残骸と岩で陰ができるから身を隠せばLWに接近できる。それに情報がほしい。上手くいけば味方の別動隊と合流できるかもしれないしな」

「……わかった。もしものときは救助に向かうから、シグナル発生機を忘れないでね。それと、私の見えない位置に敵がいるときのために弾道誘導用のレーザーポインターも」

「ああ。頼りにしてるさ」

 イサナはLWに積み込んである抗弾アーマーを着用してシャカマを降りる。罠であれ生存者であれ、そうは時間もかけられない。

 物陰から物陰へと次々に移ってLWに近づく。

 車体を確認すると敵から攻撃された際にコクピットハッチが歪んでしまったために開かないらしい。

 イサナはハッチを数回叩く。すると少し経って叩いたのと同じ回数叩き返された。

「やっぱり生きてる。離れてろ、ハッチを破壊するっ!」

 ポーチから障壁破壊用の小型爆弾を取り出すと、ハッチ近くの歪んだ部分に設置する。この位置なら内部への被害は少ないはずだ。

 イサナは車体から降りて隠れると、ボタンを押してハッチを爆破した。歪んで強度の落ちたハッチは固定していた金具が壊れたのか手でも退けられる。

 内部にはイサナよりも年上らしい男性がいた。

「大丈夫か?」

「大丈夫だ。それより、どうしてここがわかった?」

「そりゃ、通信が……」

 イサナはこれが罠だと理解した。通信を流したのはLWではなく、LWの通信装置を使った敵だったのだろう。

『イサナ、敵だ。早く戻って来て』

 骨伝導通信でメルラが危機を伝える。周囲の様子を見れば、石切り場の上に敵の車両が見えた。刹那、敵機とシャカマは同時に攻撃を開始する。

「とりあえず逃げるぞ。走れるか?」

「無理だ、脚をやられてる。俺に構わず行け」

「何言ってんだ。肩貸すからとりあえず降りろ」

 イサナは男を無理矢理引きずり出すと、そのまま彼の腕を肩に回して歩き始める。

 近くの残骸まで移動したイサナは男を担ぐために一度彼の体勢を変える。

 男を担ごうとしたその瞬間、男の乗っていたLWが爆発した。

 どうやらもう一台敵がいたらしい。

「メルラ、こっちにも敵がいるぞ」

『もう少し待ってこっちの敵を黙らせるから、そう、三十秒くらい』

「そんなに待てるか!」

 敵の車両はLWの残骸へと接近している。生身で対抗できるような相手ではないのだからおちおちしていられない。

『ならこれでどうだっ!』

 メルラはシャカマの車体をアンカーで固定して上層にいる敵に対車両用の滑空弾を撃ち込む。被弾しながらも正確な射撃を行ったことで敵車両は大穴が空いて大破する。

 だが、車体の固定によりイサナの救助は遅れてしまう。

『援護するからポインターで敵の場所を教えて!』

 メルラの声が聞こえるのとほとんど同時にイサナは男を担いで走り出し、ポインターで敵車両をマークする。

 敵も動き出したイサナたちを発見するが、攻撃するよりも先にシャカマの誘導弾が敵に飛来した。

 それも一発ではなく複数弾撃ち込まれる。

 通常の車両なら間違いなく致命傷だろう。しかし、今回の敵は増加装甲を纏っていたようで、ダメージこそ大きいが、行動不能には陥っていない。

「マジか」

 車載されている兵器は人間を挽肉にして余りある威力だ。負傷者を担いでいるイサナに対抗する術はない。

 敵は照準か砲塔の稼働部分に異常が発生したのか、砲撃してくるものの弾は明後日の方向へと飛び散るばかり。それでも徐々に接近されているのでいずれは被弾するだろう。

 ここが正念場。イサナがそう覚悟したとき。

 救いの手が差し伸べられる。

『うおりゃああああ!』

 シャカマが最大速度で接近し、イサナたちの目の前でジャンプしたのだ。ブースターでの極短時間のジャンプはそれまでの速度も相まってそれなりの飛距離がある。

 残骸や岩場を跳び越えて最短ルートでやって来たシャカマはイサナたちの真上を通過すると、機関砲を撃ちつつそのまま敵に向かって行った。

 被弾した敵機は装弾装置のあたりから爆発する。

 シャカマはそのままのしかかるように体当たりをかました。

 巨躯による質量攻撃はひとたまりもない。被弾した上に押しつぶされた車両は原型を留めていなかった。

 敵に止めを刺したメルラはシャカマをイサナたちの方へと動かす。

「お前の相棒はとんだじゃじゃ馬だな」

「なかなかの名馬だろ?」

「確かにな」

 笑い合う男たち。そこに件のメルラが加わる。

『おーい、無事かい? 周囲から敵の反応は無くなったけど、油断せず早めに乗ってね』

「ああ、シャカマとメルラのおかげでな」

『そいつは何よりだね。もっといっぱい感謝していいんだぜ』

「感謝してるさ」

 シャカマの巨躯は煤と傷が目立つものの、どこか誇らしげに見える。

 まだ目的を達したわけでも助かったわけでもないが、イサナは相棒の存在にどこか安堵すると同時に、確固たる信頼を感じていた。

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