大口顧客が来る!?

「さっきも言ったけれど、この郷が人族との交流の拠点になるかもしれないって話に関連することなの」

 サピリアは、言葉を確認するように、ゆっくりと語りだした。

「古老たちの発言力が弱まってくるにつれて、郷のありようを変えようってドラゴンが増えてきた……いえ、元からいたけれど、台頭を始めたと言うべきかしら」

「アリアさんみたいに、か」

「あなたもね、グラミア。……このまま行けば、私たちドラゴンは衰退して滅んでしまう。若い世代が一番それを感じているの。できることなら古老たちのことなんて無視したいけれど、向こうは力尽くででも自分たちの土地や権威を守りたがってる。正面から戦えば、それこそドラゴン滅亡でしょう? だからみんな、これまで我慢してきた。けれど、今回のことで風向きが変わったの」

 なんだか難しい話になってきた。正直なところ、そんな政治的な感じのことよか、店の売り上げに関わることを聞きたいんだが、真剣に話してるサピリアにそんなことは言えないし。

「なるほど、情勢が変わったと……そうなると、この郷に人族が訪れることも考えられるね」

「何を隠そう、昨日の集会はその調整のためのものだったのよ」

「マジで何があったんだよ。もったいぶってないで教えてくれって」

 思わず急かすように言ってしまうと、サピリアはふふんと鼻を鳴らして笑った。

「急がないの。商売人は、焦らずドンと構えてなきゃ」

「オレは商人じゃなくて定食屋の店主なんだが」

「同じことよ、店をやるってそういうことでしょ。ていうか、そうであってもらわないと。あなたが他種族カルチャーの広告塔になるんだから」

「……えっ」

 待て、なんでそんな話に!? いや、名が売れるんならそれはありがたいんだが!

「広告塔、ということはグラミアの店が、人族とドラゴン双方に対して商売することを想定していると?」

「集会の議題には上がらなかったけれど、私とアリアで暗に押しておいたわ」

「マジかよありがとう! いやー、持つべきものはやっぱり友――」

「そういうわけで、あなたの店に視察団が行くから」

「――え?」

 え? なんて?

「し、しさつだん……って、ナニ?」

「何ってそれは、視察する団体のことだけど」

 そうだけど、そうじゃなくて!

「視察団が来るって、いつ? どんな奴らが? 何しに来るんだ?」

「一気に質問しないでよ。日程はまだ未定。来るのはドラゴンと人族、双方のそこそこの地位がある人たちね。まずはこの郷が、異文化交流が可能かどうかを見に来るって話よ。まあ……いまのところ、異文化交流のいの字も無いけれど」

「無いってことは無いと思うけれど、アピールできる基準では無いだろうね」

「そう。特に全く別の種族との交流に不可欠な通貨価値の概念が無いから、この郷唯一の店を出してるグラミアの責任は重大よ」

 オレは猛烈な喉の渇きを覚えて、ハーブティーを一気飲みした。爽やかな風味がした気がしたが、ほとんど味が分からない。

「つ、つ、つまりだ……いま、郷には金で物を買うって考えが無い。それを、オレの店使って、広めろって?」

「他にそれができる人材もいないし、そうなるわね」

「お、黄金山の方はどうなんだよ!? 店の一つや二つ、あるんじゃないのか」

「あるにはあるけれど、黄金山に他種族がそう簡単に踏み入れられると思う?」

 言葉に詰まる。そりゃ無理だ。黄金山は、数あるドラゴンの郷の中でも、最も栄えている郷だ。ドラゴンの国は大雑把に言うと二つあるが、黄金山はその一つの国の、首都のようなものだ。他の種族なんか寄せ付けたがらない。自分たちの身を護るために他種族を完全シャットアウトするに決まっている。同じドラゴン族ですら、邪魔になったら叩き出すような連中だ。

「グラミア、落ち着きたまえよ。この件はまたとないチャンスだ。飛躍するための一手だ、これを逃してしまえば、店の売り上げの伸びに数年単位の違いが出る。なんとしてでも、成功させなければならないプロジェクトが舞い込んだんだ」

「そっ……そう、だな。すまん、ちょっとびっくりしちまった……」

「怯むのも分かるけれどね。ただ、あなたに任せっきりにするわけじゃないんだから。冷静になりなさい」

 オレはこくこく頷いてティーカップに口を付けた。セシルに諭されている間に、ペールが茶を注いでくれていた。今度は数口に分けて、味を意識しながら飲む。さっきよりも、味が分かる。どうやらだいぶ落ち着いてきたらしい……。

「……悪い、動揺した」

「まあ、しょうがないわよ。自分のいないところでいきなり決まった話だもの」

「ところでサピリア。協力とはいったい?」

「ああその話ね。協力……とはいっても、大したことはできない、というか具体的にこちらもどういったバックアップを行えるか手探りの段階みたいで。現段階で具体的に決まってるのって、無銭飲食に対する取り締まりぐらいなものかしら」

 それだけでも十分なほどだ、とオレは思ったが、セシルの方はやっぱり色々と考えることがあるらしい。何か思案顔でうつむいていたかと思うと、視線を上げないまま口を開いた。

「大前提として……視察団に誰が選定されるか、メンツは教えてもらえると考えていいんだよね?」

「そこは大丈夫。任せておいて」

「よし。それと、広告に関する協力も頼めるかな? 具体的には、看板や張り紙による宣伝の許可をいただきたい」

「それもできる限りサポートするわ。ただ、私はあくまで集会の出席者の一人でしかないから、古老側のドラゴンに相談する時間も必要になるけれど……」

「こちらもなるべく早く……できることなら今日明日中に広告の打ち方をまとめるよ。グラミア、それでいいね?」

「あ? あ、ああ……」

 落ち着きすぎて今度は気を抜いていた。ぶっちゃけ、こういう交渉事はセシルに任せとけばいいかなーとか考えていたので、話半分にしか二人の会話は聞いていなかった。サピリアは「真面目に聞きなさい」とご立腹だ。

 ……が、やっぱり途中から、オレは別のことを考えてしまう。

 何かと言えば当然店のことだ。昨日のことで、やっぱりドラゴンは肉好きというのを実感した。あと、酒。しかし人族となると……しかも、サピリアの口振りでは人とドラゴンが同席するような感じじゃないか。そうなると、どういう形式で料理を出せばいいのか、さっぱり見当もつかなかった。



 一時間は話し込んだろうか。いや、主に話してたのはセシルとサピリアだったけど。ともかく、オレたちは必要な情報――いや、それ以上の情報を得てサピリアの住処の外に出た。そして郷の中をぐるりと周ってみた。郷では昨日とは違ってドラゴンの姿をよく見かけていた。

「やはり、空を飛ぶ者の方が圧倒的に多いね……」

 セシルが呟いた。地上を歩く者はほとんどいない。看板、とか言ってたし空から見える看板を作ったりするんだろうか? そんなことを考えながら帰路に着く。……と。そこには驚くべき光景があった。

「……おっ。帰ってきたぞ!」

 店の前に、複数体のドラゴニュートがたむろしていた。何だ何だとメンツを見ながら降下すると、店の中にもすでに着席している姿があった。一瞬、勝手に貯蔵庫を漁って食ってないだろうなと思ったが、そんな行儀の悪いヤツはいなかった。ほっとして手近なとこにいたドラゴニュートに声をかける。

「どしたどしたぁ? みんなして」

「いや、昼から開けるって聞いたもんだからよ」

「昨日食った分の支払いってのもいるんだろ? 今日のと合わせてちゃーんと持って来たぜ」

 マジで? と言いそうになった。背中から降ろしてやったセシルが横で苦笑している。口に出なくても顔に驚きが出ていたらしい。店に来て待っていた客からヤジともブーイングともつかないはやし立てる声が上がった。

「おいおーい、んだよそのツラ!」

「もらったもんは返すってことぐらい、カーチャンには教わってるって!」

「なあ、早く店開けてくれよ。もう腹減ってしょうがねぇや」

「つーか代金ってどんだけいるんだ? 適当に持ってきたけどわっかんねーよ」

 あちこちから声がかかるので、オレは取りあえず、真っ先に答えるべき声に応えた。そう、つまり注文の声だ。


 店に来たのは、昨晩の半数ほどだろうか。しかし全員がきっちりお代を持ってきていた。赤字が出ない程度には回収できたか、なんてことは頭から吹っ飛んでいた。肉が焼ける匂いと、それを待つお客の声。それだけで、オレのちっぽけな頭はいっぱいだった。

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