ラブコメ

「新作はどうするんだ? 一作だけ描いて満足ってわけでもないんだろう? 生きる希望って言ってたくらいだ」


 話を逸らした。

「描きますよ? 縞湖さんと時々体を交換して」

「えらく簡単だな」

「慣れちゃえば楽です」

 器用な奴だな。幽霊化した時もそうだったけど。

「わたしのアカ。今絶賛炎上中なんですよねえ。母のついーと含めて悪質な自作自演扱いされて。…………はあ~」

 魂まで抜けていきそうな長い溜息だった。

 ネットに上げたって言ってたっけ。

 あのコメントの後で、さらに死んだ後に新作上げてりゃあなあ。

「……」

「……」

 お互いの間に沈黙が落ちた。

 一言も発さず視線を交わすことなく、窓向こう、降り始めた小雨を見つめて三十秒。

「幽霊は濡れなくていいですね」

「そうだな」

「濡れてみます?」

「何言っているんだ?」

 目を向ければ登志子が頭を抱えて蹲っていた。ちょっと顔赤い。

「あ~~~。だめだー。好意を素直に認めることへの逃避がぁ~。羞恥と恐怖のせいで性欲が先にくるう」

「本当に何言っているんだ?」

 ……いや。

 気づいているのか。俺自身も。

 それを認めたくないだけか。と、いうより。

 俺の場合は――

「さっきの話か。欲には正直になるっていう」

「ああっ! 言わないで言わないで! 恥ずかしいから!」

 登志子は口元を抑え真っ赤にした顔を隠している。そのままもごもごと喋り続ける。

「……うぅ。亮介最初に言いましたよね。わたしに触れた時……。すごいな触れられるそっか他人の感触ってこんなんだったか何年ぶりになるだろうかここで死んで十数年他人と触れ合うことなど無かった以前女の子に触れたのは小学校の文化祭でやったマイムマイムあれだってもう何年前になるかその女の子の顔だってもう覚えちゃいない女の子の感触…………って」

「一言一句!!」

 やめろ声に出すな全部喋るな恥ずかしい確かにそんなこと……って。

「ちょっと待てよ。俺あん時思っただけで声に出してねーぞ」

「流れ込んできました」

「驚きの新機能」

「え? 知らなかったんですか?」

「お前が器用なだけじゃ……」

 魂だからか? 声。声帯を震わせ音を発するってことは本来ないのか。だったら納得できるか。以心伝心? ある意味、心しかないとも言える俺たちだからこその?

「声として出してたんじゃない。これ事態、魂の叫び」

 俺は自分の喉に触れた。

 他者を通じてはじめて知れる自分のこと。

「はい。わたしの魂が叫んでいます。こんな風に――」

 登志子が俺の手を取った。声掛ける間もなく自身の胸元へ持っていく。

 ふ、と触れた。そこには溢れんばかりの――。

「……なんも聞こえねえな」

 控えめなおっぱいがそこにあるだけだった。

 十分とも言える。

「え。嘘」

「やっぱり登志子が器用なだけじゃ……何やってんだ」

 蹲るの好きな奴だな。さっきより丸まっている。

「わたしは貝になりたい」

「恥ずかしがることないだろう」

「恥ずかしいからこんな方法で告白しようとしたのに。これじゃあわたしがただの変態みたいじゃないですか」

 キッと顔を上げる。

「もういいです。こうなったら口で言ってやりますよ。ええそうですわたしは亮介のことがす――」

「黙りゃあ変態」

「へ」

 ぴしりと固まる登志子。

 わなわなと震えている。実体のない体でそんなことやるもんだから、ぶれて靄みたいになっている。

「せ、先手を塞がれた。な、なぜ。お前みたいな変態は及びでないと。わざわざわたしの言った台詞を踏襲する様にかつてない程の壁を感じます。ああ、わたしはホラ貝になりたい。この感情を余すところなくあなたに伝えられる、そうホラ貝に」

 ごちゃごちゃごちゃごちゃ呟き始めた。出会った頃に逆戻りしている。自らの吐いた台詞をわざわざ拾って被せているところに若干の鬱陶しさが。

「うるせえな」

「うるせえとな!?」

「ああ、違う。えっと」

 兎角幽霊とは成長しないものである。流れのせいで出会った頃の会話を踏襲してしまう。ええっと……。

「ぺったんぺったん。ってほどでもないぞ。えふかっぷー。嘘嘘。B。びびびびー。ちょうどよきよきびびビー」

「何故それを!?」

「違った違った。これじゃなかった。すまん忘れてくれ」

 戻りすぎた。

「無理あるのですが」

 ぷるぷる震えていた。今度は霧のようだ。

 いけない。逃げてばかりじゃ。

 それにこのままいくと登志子が貝どころかだんご虫みたくなってしまう。霧が最終的にはエアーになってしまう。

 きちんと言うんだ。

「俺は君を死なせたんだ」

「はあ」

 ぽかんと顔を上げた。

「え? だから?」

 は?

「だからって。だからだよ。俺は君を死なせた。そんな俺が好きになられる資格なんてない」

 ええ? そんな反応? 対して登志子は、

「ありますよ。最初から全部、亮介はわたしの為に動いてくれたんじゃないですか」

 と、至極当たり前に誇らしく返す。

「それとこれとは」

「今がマイナスだからってプラスになろうとしちゃダメなんて理屈もないでしょう?」

 違うだろ、という間もなく被せてくる。

「それはそうだが……」押され気味な俺。

「それにわたしの場合、現状けっこう幸せだったりしますよ。なんていうか、開放感?」

「でも。申し訳が。登志子のお母さんにもなんて顔をすればいいか……」

「はあ。ネガティブなんですねえ」

「幽霊だからかな」

 なんで死んでからの方がポジティブなの?

「関係ありますか、それ。あ、もしかして幸せになると成仏しちゃうとかあります? それだったら全力で阻止しますが」

「君は。俺に。どうなって欲しいんだ」

「永遠に現世に留まっていて欲しい」

「悪霊みたいだ」

「悪霊ですから」

 開きなおった。

「ともあれです。わたしを死なせた罪は重い。逃れられるとは思わないで下さい。亮介。好きです。返事を聞かせて下さい」

「前置きが脅迫じゃねえか」

 ふっ、と笑ってしまった。

 正直に言うとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る