帰れば?

「まさかわたしが現れた時点で土下座テイク2だったとは」

 そこはどうでもいいと言いたいところだが。

「残念テイク3だ」

「なんか母がすいません」

 丁寧に頭下げられた。

 うむ。後一歩どころか大分遅かったのだ。登志子は。

 俺が向かってなかったら助からなかったかもしれない。

 その場合、ひょっとすると母親も幽霊と化してたかも、なんて――。

 親子二人。ある意味幸せだろうか? 究極の現実逃避だけれど。

「お母さん。話ちゃんと覚えているかなぁ」

 先程のことを思い出しているのか、こめかみに手を当て、登志子が心配そうに呟いた。

 俺と登志子で誠心誠意、起こったこと、現状俺たちがどういう状態にあるかを説明した後、登志子のお母さんは「少し寝るね」と眠ってしまった。

 まあ、外箱見た感じ通常使用より一個多めに飲んでしまったってくらいだから大丈夫だろうが。

 体は怠いだろう。

「自殺に失敗したんだ、とかなんとか考える前に――。下手しなくても睡眠薬いっぱい飲んだらわたしの幻見ちゃった~、なーんてふわふわ思っちゃってそー」

「どんなお母さんだよ」

 むしろそれが正常な反応かと言ってから思う。

「今のわたし以上にふわふわしたお母さんです」

 心配だなあ。

 一度会話しただけでその人の先行きが不安になる。実際いるんだよなあ、そういう人。

 正に登志子のお母さんがそうなのだった。

「あのー」

「うおう」

「おうふ」

 俺が頭上を見上げていると、登志子が机にうつ伏せていると、その間からひょっこりと縞湖さんが現れた。

「マ、マシマシさん……」

「あ、はいマシマシです。あのさっきから聞いていて思ったんですけれど……、普通に登志子さん家に帰ればいいんじゃないですか?」

「ん」

「ああ。そうだな」

 何故思い至らなかったのだろう。

 いや。そんなことより。

「マシマシさんどうしてここに? 登志子に体は返して貰ったはずだろう? というか、何でまだ俺たちが見えてるんだ?」




 登志子から、自宅に向かう前に学校に寄って、そこに漂っていた縞湖さんに体を返してきたと伝えられた。よくそれを縞湖さんが了承したなと俺が訊くと、登志子は、

「イジメはもうある程度緩和されてるから大丈夫じゃないかな」

「今後のあなたの態度次第だけど」

「今のあなたの正直な気持ちを保ち続けていれば。今の状態を忘れずにいれば」

「騙されたと思って学校行ってみて。わたしもそうだったから」

「あと、縞湖さん今スマホ触れないでしょ? 昨日ちゃんと描き上げたよ? ネットにもアップしたよ? 見たかったら一旦体交換しなさい」

 と、急ぎだった為、半分脅し混じりでさっさと体を交換してきたのだという。

「は、はあ」

 体を突然返すと言われ、最初戸惑い気味だった縞湖さんだが、楽しみにしていた新作には抗えなかったのだろう。渋々了承し、怖々学校に向かっていったのだそうだ。

 そうしたら――。




「それがですね。聞いて下さい。流石ですよ。成りすましスケコマシ先生は。一体一日で何をどうやったんですか? 上履きは新しくなってる、ノートは全部新品になってる、わたしをイジメてた子はいきなりぶっきらぼうにお金渡してきて「これ。教科書代」って」

「ああ~……」

 登志子は何とも言えぬ苦笑いを浮かべた。

「真面目だなあ」

 少し、寂しそうな表情を浮かべた。

「? あと感謝されましたね。登志子さんの言っていた通り、どうしてか自然に話せちゃいましたけれど……。いまいち話が噛み合わなくって……。向こうも変な顔してきたので、一応何があったのかちゃんと聞いておこうと思って。お昼断ってここに来ちゃいました」

「にゃるにゃる。伝える伝える。あのね? 奴らには強気で言った方がいいよ」

「ええっ! それはもうっ。お金渡された時、じゃあ今までのこと全部謝って下さいって強気で言ったら少し口喧嘩っぽくなっちゃいましたけれど。お前も謝れって。誠意が足りねーって言うんですよ? 私、はあ? って。まあ、ああいうのも時には楽しいですよね」

「それはちゃんと謝っといた方がいい。まじで」

「?」

「いいよ。後で全部伝えるから」

「それと、……男子たちからいっぱいラインが来るんですが……。これは一体」

 見ればぴこんぴこんスマホが鳴っていた。

「いざって時に役立つよ。たぶん。てきとうに相手しといて」

「はあ……」

「ここに来た経緯は分かったよ。それで? どうしてマシマシさんはまだ俺たちが見えるんだ?」

 空白が生まれたタイミングで口を挟んだ。

 マシマシさんはなびく髪を手で抑え、

「自分でも上手く説明出来るか不安ですが……一度でも幽霊に会うとその後も引きつけられやすくなるとよく言いますよね? 私の場合、体に登志子さんが入っていたので感覚として体が覚えていると言いますか」

 俺たちの方を見て言った。

「ほう」

「まあ、枯れ尾花の見え方が分かるようになった。ですかね」

 枯れ尾花扱いはアレだが、なるほど、今の縞湖さんの感じからすると、未だ死にたがりが継続していて俺たちが見えているってわけでもなさそうだ。

 経過観察は必要だろうが。

「なんの話してたんでしたっけ。ああそうです。だからそれで帰ればいいんじゃないですかっとと――」

 最中予鈴が鳴り始めマシマシさんは新校舎を振り返る。俺たちに申し訳無さそうな顔を一瞬し、つったった、と跳ねるように縞湖さんは出て行く。去り際、

「私、もう行かなくちゃ。それではお二人とも。改めて、本当にありがとうございました。また来ますね!」

 とだけ言い残し、出て行った。


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