しんみりした話
「大きいな」
「ええ。物心付いた後だったんで。泣きに泣きました」
とはいえ、もう吹っ切れているのだろう。登志子の口調にはそう感じさせるものがあった。
何かに気付いたようにぽかんと口を開ける。
「あー」
「どうした」
「あけっぴろげなわたしを見せたことある中にお父さんが入っていないのは、その頃のわたしは薄汚れてない純真無垢な天使ちゃんだったんで。念のため」
どうでもいい情報だった。
「ネットで薄汚れたんです」
「卑屈っぽいだけだろう。変にネットや他人のせいにせずに自覚を持っていれば、あんただって割りかしまともな女子高生なんじゃないか」
「正論は伸びない」
ネットで薄汚れていた。
ネットに入り浸っていると魂まで汚れてしまう良い例がそこにいた。
「話を戻します」
「自分で勝手に脱線したんだろうに」
「ええっと……」
登志子は頭を抱えた。
そして顔を上げぽんと手を打つ。
「十歳のときに父が病気で亡くなって」
今の流れ自体なかったことにすると決めたらしい。
自覚持とうぜ。
「それから今わたしが死んだんです。正直、縞湖さんがこの場所に現れるまでまるで思い至っていなかったんですけど……何ででしょうね? 言いたいことははっきり言えるようになったけれど、考えたくないことは本気で考えなくなっちゃうと言いますか。不老不死ってそうらしいですね。吸血鬼とか。よく聞きます。無気力になる。めんどくさくなっちゃうのかな。欲には正直になるけど。直情直決?」
言葉合ってますか? と云わんばかりに視線を寄越してくる。
「良し悪しですね。幽霊も。……父に先立たれ、娘にまで先立たれた人が選ぶことって言えば――」
その先は俺が言葉にしよう。
「後追い自殺か」
正確には、縞湖さんの体に入った瞬間、その問題を完全に認識することが出来たんだろう。
「確信はありませんでしたけれど。でも」
「でも?」
「あのついったーを見て」
ついったー。あの掲示板みたいなやつか。
登志子が顎に手を当て考え込む。
「ああいう……、なんていうんでしょうね? ハイカラ? な、ことをやる人じゃないんですよ。うちのお母さん」
グッと空に向かって伸びをする。幽霊の姿で。
「フツーに職場の愚痴をぐちぐち家で喋って、フツーにわたしに対して文句ぶーぶー垂れて、
テレビ見て笑って、ドラマ見てくだらないって呟いて、映画なんて見なくて、本なんて読まない、漫画なんてロクにタイトルさえ知らない、趣味なんてこれといってない」
「……」
「そんな母なんです」
笑い掛けてくる。
「疎いんですよ。ああいうの。本来。自分で言うのもなんですけど。わたしくらいしかいないんですよね。母が興味を寄せるものが。わたし以外に、ネットのこととか、ああいうネット上の文化とか、聞けるような人もいないはずなんです」
町子ちゃんは?
俺が訊くより早く登志子が呟く。
「……なーんか変だなーって」
「変?」
「町子ちゃんから聞いたにしても。……まるで」
「まるで?」
「遺書、いえ、整理みたいだなって」
整理。身の回りの整理。
気持ちの整理。身辺の整理。
「……それで?」
「それであなたから聞かされた話です。復活出来る方法」
「ああ」
「一旦会って確かめよう。それで言うんだ。わたしは元気ですって」
「元気ね」
「ええ。だからと言って縞湖さんの体で会いに行こうとしたわけじゃないですよ? 信じて貰えるわけないですから。縞湖さんの件はきちんと解決して、それから会いに行く予定でした」
「よく決心付いたな」
縞湖さんに取り憑くことを。あの時はただ生き返りたい一心だと思っていたが。不安点だって多かったろうに。
登志子はきゅっと胸の前で手を握りしめた。
「亮介は言いましたよね。以前似たようなことがあったことを」
「ああ」
死は連鎖する。不幸は続く。
あの時も大変だった。どうにかは一応なったが。
「亮介の魂は今こうしてここにいる。だったら一度憑いても離れられはするのかな? って。言われてみれば、降霊の儀式だとかって一時的なものです。一時的に人が違ったようになって。その後魂が抜けたように、あれはなんだったんだろう? ってよく聞きますよね。これでも創作している身。色々見知ってはいるんで。……どうせこのままいっちゃえば縞湖さんは死んじゃいそうでしたしね」
母親より縞湖さんを優先した理由はそれか。
先の不安より、目の前の優先事項。
登志子はそれを最優先で、且つ最速で解決した後、母親に当たろうとした。
遅かったが。
本当。相談しろよ。抱え込まず。そういうところじゃないのか。
「幽霊化して、なんか変なテンションで何もかもどうでもよくなっちゃってるわたしがむちゃくちゃやって、それで解決するんだったらそれでいいかなって……違いますね。解決できそうな無敵感がありました。なんせ一度死んでますから」
「死んでる。だから」
「イジメ問題解決してから縞湖さんに体を返して、後は本人に任せて、幽霊のわたしが母に会い行って、それで母がわたしを感じ取ることが出来たなら――」
幽霊を感じ取ることが出来てしまったなら。
「危ういってことか」
こくりと登志子が頷いた。
「的中でした。お酒なんて全然飲まない人なのに。心臓止まりましたよ。止まるどころかわたしの心臓はもう無いんですけど……本当に。笑えます」
少しも笑っちゃいなかった。
あの時――。
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