あの娘の後を追って

「ありがとうございます。後一歩遅かったら本当にどうなっていたか」

 登志子とおばさんと俺との三人での話し合いを無事終えた後、登志子は盛大に息をつき、机に突っ伏すような格好になった。

 元三年一組。

 旧校舎。かつての俺のクラスである。

「ああ」

 思い出す。

 荒れた家。荒れ始めている家。

 溜まった洗濯物、食器類が積み重なったシンク、流しっぱなしの見もしないテレビ。静寂に耐えられないと訴えてくるかのような最大音量の雑音。

 その中心で。

 テーブルに座り、ウイスキー片手に睡眠薬の錠剤大量に握りしめた登志子のお母さん。

「気付いていたんですか?」

「何を」

「お母さんが自殺するんじゃないかって」

「いや――。まず謝ろう。謝罪しようと思っていただけだ。許してもらえるわけない。それどころか俺の姿は見えもしないだろう。分かっちゃいたけど。移動出来るようになったのに、それをしないのは」

「誠意を欠いている、ですか? 真面目なんですねえ」

 関心したように登志子は言った。

 ズレてるなあ。

 俺は頭を掻く。

「俺が死なせたんだ」

 こうしてきちんと向き合ったことはなかった。

「んー」

 登志子は腕を組み唸る。

「考えてたんですけれど。結局早いか遅いかじゃなかったかなあって。あんな場所に突っ立ってたらそりゃ落ちますよって」

 上を見上げた。その先にはあの屋上が変わらずある。

「風が吹けば。脚がもつれたら。誰かに声掛けられたら。立ちくらみに貧血。それに、あの時わたし少し寝不足気味でした」

 自分に、或いは俺に言い聞かせているように聞こえた。

「学校行くの嫌な子って寝るの嫌になるんですよ」

「明日が来るのが嫌で?」

「明日が来ないでほしくて」

「上手くやれているように見えたけどな」

 俺が見たのは縞湖さんの姿だったが。

「死ぬ前は抱え込む派だったんで。あけっぴろげなわたしはあなたと町子ちゃんとお母さんくらいにしか見せたことありません」

「やっぱり……」

 最初から、分かってはいた。

「ええ」

 何の感慨もなさそうに。

 それが当たり前だったというように。

「わたし、母子家庭なんですよ」

 家に入った時の違和感。

 通夜での違和感。

 発言からの類推。

『おっかさああああああああああああああああああああああああああああ』

『拡大された制服姿の大きな遺影と真っ白な花の壁』

『最前列傍らには、母らしき人の姿。隣に恐らく祖父母。それからあれは父方の祖父母』

『それから――』

 父らしき人の姿は見えない。

「十歳のときに父が病気で亡くなって」

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