お昼ごはん。

 さて。

 お昼ごはん。

 縞湖さんいつもどこで食べてるんだろ? 旧校舎――では会ったことないしなあ。おべんとおべんと、はあった! これは取られてないっぽい。

「さてと」

 キョロキョロと教室内を見渡す。

 ちょうどいいのを発見。

 近くの椅子を引き寄せ――。

「よいしょっと」

「は?」

「は?」

 唐突なわたしの行動に、こいつらは元より周囲の人間までギョッとしたようで、教室にシンとした静寂が訪れる。全員を代表するようにミト(で合ってる?)が問いかけてきた。

「何でここで食べようとしてんの?」

「あれ? いつの間にかわたしのスマホに白川くんのラインIDが?」

「一緒に食べよう」

「ミトさあ」

 はあ、と大きく溜息を吐くおかっぱ二号。

「いいけどさ。縞、あんた今日のそれなんなん? ムカつくとか通り越してキモいんだけど」

「ちなみに持枝くんのIDもあるけどあんさんとしては誰が好みなんじゃ? ほれ言うてみ? くれるで? やるで? もちろん最初に投票入れかけていた南くんのもあるで?」

「え、えと。し、白川くん……南くんのも……(照)」

「個人情報! あと無視すんな!」

「……は?」

 わたしは急に冷める。

 冷めてしまう。冷めたエビフライ食いながら冷めてしまう。持枝くん可哀想だなと思いながら冷めてしまう。

「えー。散々人の机や何やらで好き勝手しといてそれ言うー? 個人情報! て。一体どの口が言ってるの?」

「あ? あー」

 流石に正面切って言われるとは思ってなかったのだろう。おかっぱ二号は怯んだ。こしこしと気まずそうに頬をかく。

 ちなみに自分がいいからって他人もいいのだなんて理屈は通らないってこと、わたしでも知ってる。ほらねほら。会話の流れだから(言い訳)。

「調子狂うな。ミト。呆けてないでなんか言ってやれよ」

 そして振った。こっちはなんかせこいな。いちいち。行動が。

「え。あ。あー。ん、ごほんっ」

 おかっぱ一号は正気に戻ったかのように一度咳き込むと、元の――と、言っていいのかどうか――わたしが教室に現れた時の瞳になった。

 据わった目で見つめられる。

 ちょっとドキッとするわたし。

「肩ぶつけられたんだよ」

「肩?」

「肩。んで次が足踏みつけられた」

「はあ。足」

「体育ではバレーボールで顔面アタック決められたっけなぁ。あん時もお前あたし無視してどっか逃げたな。鼻血出たわ。知らねーだろうけど」

「おーう……?」

 雲行きが。怪しく。

 わたしは言う。とりあえず言っとく。

「ミトっつぁん小鼻が愛らしいっすね(笑)。わたしは好き」

「黙れ死ね」

 ですよね。

「んで次。あたしが日直で皆からプリント集めてた。ら、お前が出してこねー出してこねー。春の風強い日。何思ったんだか知らねーけど突然窓開けて空見て黄昏れて。あたしの集めたプリントばっさばさ飛んでった。振り返ったお前気付いて無視して窓閉けっぱで逃げた」

「お、おほほほほ、ほほ」

「プリントは先生に自分で出してたのを後で知ったよ」

「……」

「惨めだったなあ、あの時は。片して。窓閉めて。一人で。夕暮れ時。ちょっと涙出た」

「…………」

「次が掃除の時間、黒板消しクリーナー横にあるのにわざわざ窓開けて黒板消し叩いて。風上にいるあたしにおもっくそ掛かって。ハッと気付いて無視して逃げた。計四回」

「………………」

「反撃しなきゃって思ったね」

「ふっ」

「何笑ってんだコラ。まだまだあんだぞ? あ?」

 ふっ。

 ふふふ。

 イジメとは。

 相手方に理由があると大体において思いがちだが、総じて自分側にも理由があったりする。

 その理由が理不尽であれどうあれ。

 ただ、今回の場合は――。

 ……これ、アレじゃない?

 どっちかと言うとミトが縞湖さんから最初イジメ――とはいかないまでも、酷い嫌がらせ受けてるって思ってたんじゃ?

 うう……! 窓開けて黄昏れだとか、良かれと思ってやった行動が(クリーナーってあんま吸えなくない?)裏目裏目に出ちゃうとかわたしもよく経験ある! あんま強く言えない!

 逃げたのはアレだ。

 びびったんだろう。

 目に浮かぶ。目線合わせてどうしようどうしようとかやってるうちに逃げちゃう縞湖嬢。

 一度やると逃げ慣れるんだよねえ……。

「また逃げるのか? あ?」

 わたしは覚悟を決める。

 うん。

「すいませんでした」

 がっつり頭を下げていた。机に両手を付いて。深々と。

 ミトは。

「……いいよ」

「許しちゃうの?」

 おかっぱ二号がびっくりしたように瞬きする。

 ミトは首を振った。

「いいよ。ただ」

「ただ?」

「……なーんか縞に謝って貰ってる気がしねーけど」

「ぎく」

「?」

 二号が不思議そうにわたしを見た。

「いいや。それより」

「うぇへへ。分かっちょる分かっちょる。これが欲しいんやろ? あ?」

「う、うん」

「だから個人情報……」

「いつからや? いつからなんや?」

「白川くんは……消しゴム拾ってくれて……」

「チョロー!」

「あ?」

「いえ」

「南くんは……挨拶してくれて……」

「クソチョロー!」

「ああ?」

「いえ」

「あんたたちさあ、本当は仲良しじゃないの……」

 さーて。

 これで丸く収まったかな? イジメ関連は。

 まあ、冷静に考えるまでもなく、それでもこいつらが縞湖さんにやった行為の数々は度が過ぎていると思う。謝らせるべきだとも思うけれど、そこを今このタイミングで突っつくと、せっかくの良い雰囲気が台無しになる。だから今は置いておこう。こういうのが続けばたぶんいずれ向こうから謝ってくるんじゃないかな。

「単純そうだしね」

「なんか言ったか? ああ?」

「いいえ。いいえ」

「はああ」

 二号の付いたため息は、この場をとりまとめるかのような、今までのことを全部洗い流すかのような、こいつら(微温みを帯びた目線で)よくやるぜ……みたいな、得も言われぬ気色の悪さを含んでいてわたしは「ケッ!」と思わず毒づきたくなったけれど……、すんでのところでなんとかかんとか抑えた。

 縞湖嬢に悪い。

 枡田家のお弁当は大変美味しゅうございました。

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