いじめじめじめ
縞湖さんの下駄箱はすぐに分かった。
来客者用のスリッパだったからだ。
「ふーん」
なるほど。
廊下をスリッパ引っ掛けぺったんぺったん歩く。
こういう如何にもヤラれてますってのは良くない。惨めな気持ちになるから。蓄積されるから。すぐに改善しないと。
既にチャイムは鳴っているが聞いていた教室とは逆方向へ。
「せんせーい」
「はい?」
やってきたのは保健室。丸椅子に座ったおばちゃん先生がいた。
「どうしたの? どこか具合悪い?」
「上履き新品余ってませんか?」
「ああ、はいはい。ここに。あった。はいこれ。サイズは……」
ええっと。
二十四くらいでいいかな。
「ぴったりですね。これがいいです」
「……どうしたの? 失くしちゃった?」
「いえ。イジメです」
断言!
「……そう。言ってくれてありがとう。こういうことの為に、幾つか上履き以外にも運動着は用意しているから」
「ありがとうございます。ちなみに教科書等はありますか?」
今のわたしに心配など必要ナッシングなのだ。
「流石に教科書は……。ノートくらいなら私の予備が……」
「いえいえ。そこまでしてくれなくていいです。じゃあそっちは自分でどうにかします」
「休んでく?」
「いえ!」
前までだったら絶対休んでいるけどそうはいかない。悪者退治。与えられたら返さないと! 恩義。大事。ふふ。ぐふふふふふふ。
「おくれまったー」
「おう? おお。縞湖? なんだ珍しい遅刻か? まあ話は後だ。早く座れ」
ふむ。下の名前。教科は社会科。この先生名字以外あまり呼ばないし今は七月前半、特別仲良くしていたってことも時期的になさそう。ってことは担任かな?
「先生。わたしの机ってどこですか?」
空き机は二つあった。一つが縞湖さんので、一つがお休みだろう。
「はああ? そこだそこ。寝ぼけてんのか?」
「ある意味」
すたすた教室を横切って窓側の席へ。
ところでわたしは何も考えずに前側の扉から入ってきていた為、めちゃくちゃに目立っている。たぶん(?)いつもと様子が違うわたしを訝しげに見てくる視線、めちゃ感じる。
「くすくす」
「くかー」
「ほけー」
「へぶしっ」
「くすっ」
さーて。教室の真ん前でさっと視線を走らせる。笑う人に寝てる人にくしゃみする人に笑う人に笑う人。
あいつとあいつかな?
イジメているのは。
不思議そうに見返す人。苛立たしげに見返す人。にっこり笑い返してくれる人。恥ずかしそうに目を逸らす人。この子とあの子は味方してくれそう。
「早く座れ。お前が授業する気か」
「一年範囲なら余裕」
「抜かせ。次当てるからな」
「はーい」
がんっ!
座った瞬間、後ろの席から椅子を蹴られた。軽くお尻が浮き上がるわたし。
横を見る。気まずそうに目を逸らす男子。
斜めを見る。届かないだろうが、一応。なさそうだな。
後ろを見る。
「?」
一瞬不思議そうな顔をするも不敵に見返すおかっぱ頭。普段ならこうされても黙って耐えてるんだろう。
「…………」
改めて見るとけっこう意外だ。こういうかわいい感じの清楚系がイジメとは。
てっきりもっとギャルい子かと思ってた。
あ、アレか。若干キャラ被ってるからかな? 自意識? 陰湿そう~。
がしっ。
「な!?」
「うぇ?」
声のした方にちらりと視線をやる。さっき前で目星付けた奴だ。似たような顔した姉妹みたいな子。同族?
「えい」
がんっ!
「っっっっ。つ~~~っ!」
「――であるから――次が――」
とりあえず頭突きしといた。
不思議とわたしの頭はさっぱり痛くない。あと五、六回は続けてヘドバン出来そうだけど、あんまり良くない気がするんでやらない。
悶えるおかっぱにざわっとする大衆。そしてちらと視線をやっただけで何事もなかったかのように授業を進める先生。この先生は期待できないなあ。
ええと、教科書教科書。ノートノート。うげ。
「調子……のんなよ」
苦しそうに、不快そうに、息を吐き、それでも不敵な笑いを浮かべているであろう姿が目に浮かぶ。
教科書はボロボロだった。ハサミ入れられてる。ノートも落書きだらけ。若干濡れてるのはこれ、縞湖さんが席外している間にやったことだろう。次の授業を見越して。
こういうのが日常茶飯事だったならそりゃ死にたくもなる。
ううん。とりあえず。
しゅばっ。
「な、なに」
わたしは振り向く。
そうして。
「もらうね」
「あ、おい! てめえ」
「ささささささー」
用意しといたマジック(油性)と修正機(机の中に三つあったところを見るに常備しているっぽい。泣ける)で、縞湖さんの名前を書いちゃうわたし。
漢字が分からん。全部ひらがなでいいや。
「縞湖ー」
「はいなんでしょう」
「さっきからうるさいぞ」
「へいへい」
「この問題分かるか?」
「世界恐慌です」
正に今わたしを取り巻く世界が恐慌状態です。意味わかんない? 大丈夫。わたしもわかんない。
「これは?」
「ニューディール政策です」
そして正に今巻き直しを図っているところであります。はい。雰囲気で言ってます。
「じゃあ次。ミト。教科書三十三ページから読んでくれ」
「……あの」
「ん?」
「教科書……」
「はあ? さっきまであったじゃないか。まあいい隣に」
「あ。待って待って」
「お前今日はやけに騒がしいな」
「教科書、わたしの机にまぎれて入ってたみたいです(我ながら意味わからん)。はいこれ返すね(ニコニコ)?」
「……縞……てめえ」
濡れてハサミでばっさばさの教科書にでっかくマジックでミトって書いて渡してあげた。
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