そっかあ。じゃあやめておこうかな。
俺が説明を終えた後、登志子は付け加えるように縞湖さんに話し掛けていた。
「な、なんとそんな方法が……!」
「そう! あなた霊体化! わたし、あなたの体借りるだけ! つまり痛くない!」
「むむむむむ」
「ソシーテ、今なら嬉しいトクテンツーキ。ワタシアナタノカラダツカッテ新作カク、ココカヨウ、霊体になったアナタに新作ミセル。アナタ新作ヨメル」
「新……作?」
こくこく高速で頷く登志子。
怪しげな中国人みたいな口調になっている。
それを狙っていたのか?
創作に対する未練?
「うぅん。でも体ですかあ」
縞湖さんは体を借すという行為に抵抗があるようだ。分からんでもなかった。憧れの人とはいえ、自分の体の隅々まで知られるとなるとな。相手のこと考えれば、周囲を取り巻く環境への対応なども頭がいってしまうし。
登志子にとっても良いことづくめ、とはならないはずだ。
そのへんどう考えているのか。或いは考えていないのか。
「――分かりました。お願いします。私の体使って下さい」
「やった」
「おい」
「いたっ。何ですか、もう」
見ていられなくなり軽く小突いた。拗ねたような瞳で見返す登志子に言ってやる。
「お前な。いくら相手が死にたがりだからって」
「いいんです」
遮られた。
「言った通り。成りすましスケコマシ先生が唯一の私の生きる希望だったんです。それが失くなった今、こうなるのも遅かれ早かれだったんですよ。むしろ最良の形でこの世への生を絶つことが出来ます」
そのペンネーム、どうにかならないのかな。
「縞湖さん……。だが」
「すっきりです。最後にして最高のプレゼントです。それに最後じゃないっていうじゃないですか。まだこれからがあるんです」
「……」
「……では」
「はい」
「よろしくお願いします」
「死にたいというイメージ。体を明け渡すイメージ。それらを強く保って下さい」
「はい」
登志子が明滅する。
登志子の境界線が曖昧になっていき、やがて縞湖さんの体へ入っていく。
縞湖さんが張り詰めていた気を抜いたように口を開いた。
「本当に……もう学校に行かなくて済むんだと思うと……イジメられなくて済むんだと思うと……それだけで……」
「え」
「はい?」
時が止まった。
「……イジメ?」
「え、ええ。イジメです。私、学校で酷いイジメに合っていて――」
「そっかあ」
「おい」
するすると縞湖さんへ入って行っていた体が抜けていく。
明滅も気がつけば収まっていた。
「あの、成りすま……登志子さん?」
「イジメって、どの程度?」
「掃除押し付けられたり宿題強要されたり体操着隠されたり教科書ノート果ては机も一緒に隠されシカトはまだマシ脚引っ掛けられたり酷いとセクハラ――」
「だめだよ。ちゃんと向き合わなきゃ」
「おい」
「逃げちゃだめ」
「お前が逃げようとしてんじゃねえか」
思わずツッコんでいた。
成りすま登志子さんがぷるぷる震え出す。
今から注射されるとやっと病院内で知り、怯えて震えるチワワみたいだった。
「だって! ガチめのイジメやん! 絶対悪意あるやつやん! せ、せくはらって! 警察呼ぶレベルやん! 学校側何やってんの? 教師は? このご時世SNSで晒されて炎上するレベルやん! ええ?? へえ!? そうすると晒されるのはわたし?? んなアホな!」
テンパってエセ関西人と化していた。
「安心して下さい。そこは女子です。特定の女子。同調圧力で皆が見に回っているというだけです。イジメに加担している人物は少ないです」
「いやあ~! 目に浮かんでくる~! 安心できる要素がひとつもない~!」
登志子は高速で腕を撫で擦る。
「背筋がぞぞぞぞーってします。ムリムリムリムリ。死ぬ。そんなことになったらわたし絶対死ぬ」
「もう死んでるけどな」
「そう、ですよね。あは、あははは。いえ。ありがとうございます。こうして相談に乗ってくれただけ感謝しても感謝しきれませんよ」
苦笑い。くるりと一転。
「じゃ、耐えきれないんで私死にます」
「待って待って待って待って」
慌てて登志子が止める。
「待ちません」
金網も制服の裾も腕も全てからすかっと空振りに終わる。業を煮やした登志子は「ううん」と一瞬唸った後、
「えいやっ!」
と叫んだ。すると、ぴしゅん、と周囲が眩く一瞬光る。目を細めたのも束の間、見渡してみれば登志子がいない。
代わりに、今まで登志子が立っていた(浮いていた?)場所に縞湖さんがいた。
「あ――れ?」
霊体の。
半透明になってふわふわと浮いている。
抜け出したばかりの己の魂=体を信じられないような面持ちで見ている縞湖さんがいた。
と、いうことは……。
「でけた」
そう。
「でけちゃった……」
この実態が登志子だろう。この縞湖さんの中身が登志子なんだろう。
成功したというのに若干表情が優れない、中身は登志子、ガワは縞湖さんがそこにいる。
十秒ほど沈黙しただろうか。やがて。
「うん。うん」
こくりこくりと頷いた。
「いけそう」
独り言を呟く。
「んしょっと」
金網の内側へそそくさと出る。
「じゃ、いてくる!」
手刀を切り、足早に駆けて行った。
「あ? おい!」
「え? あの、え? 成りすま……登志子さん?」
「あー! あなた何年何組!?」
「一年一組ですけれど……」
「わかった」
テンポ良く、ぎっしぎっし階段下りる音がすぐに聞こえてきた。
ぽかんとするしかない俺たち。やがて校庭に新校舎へと駆けて行く、縞湖さんに正しく成りすました登志子の姿が。
くるりと反転、上を見上げた。
「また放課後戻ってくるー!」
叫び手を振ってまた再び駆け出した。
「……なんなんですか?」
「さあ。いや……」
「?」
「たぶん……」
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