ナリスケ

「後追い自殺です」

「後追い? 誰の?」

 少女に自分たちは幽霊だと告げた。

「そうなんですか。驚きです」

 気のない返事をした後、少女は端的に自殺理由を述べた。

 自暴自棄にもなっているのだろう。

 もうどうでもいいというような。その証拠に、少女は未だ金網の向こう側にいる。

「あ。彼氏さんですか? 美人さんですもんね」

「違います」

 一瞬辛そうな顔をした後、少女は首を振る。

「じゃあ……」

「敬愛する漫画家さんが亡くなったんです」

「ああ……。気持ち、分かりますよ? 辛いですよね。もう続き読めないんだって悟っちゃう瞬間」

「ええ。わたし、本当に辛くて。わたしの、唯一の生きる希望だったので。希望だったのに。光だったのに。それが自ら命を絶たれたなんて、知って。しかも。それが」

「へえ。誰だろう? わたしも知ってる人かな? 有名な人ならわたしも知ってるけど――」

「成りすましスケコマシ先生です」

「…………」

「…………なんて?」

 珍妙な名前が聞こえてきので思わず問い返していた。

 流暢に話を聞いていた登志子が横で沈黙している。

 驚いているのか。知っている人だったのかもしれない。俺は聞いたこともないが。

 少女はもう一度言う。

「成りすましスケコマシ先生です」

「知らないなあ」

 俺の死後有名になった人かな? だったら仕方ないけど。俺の頃だとそこまで珍妙なペンネームって珍しかったからな。今は普通なのかな?

「登志子知ってる?」

「な、何故その名……。いやちが……。そう、どうしてその人が自殺したと……」

 登志子がカタカタと震えていた。

 心なし体もぐらついている。幽霊だからふらふらしているのは当たり前っちゃ当たり前なのだが。

 なんだろう。思いもよらない嫌な可能性が頭を過った瞬間って(それも確信に近いやつ)、人間こういう反応になるよな。

「これです」

 少女が金網の向こう側から示したのは携帯電話の画面だった。

 これは――なんだろう? 掲示板みたいなものだろうか? スレッド形式ではなさそうだけど。

「ついったー。SNSというやつです」

 俺の表情を見て取ったのか少女が教えてくれる。教えられても分からない。が、見た感じ記事に対するコメントみたいな空気だった。これならば理解出来る。

 大元にはこんな文言が並んでいた。


『成りすましスケコマシ@narisuke』

『皆様はじめまして。成りすましスケコマシの母でございます。先日、私の娘である成りすましスケコマシが校舎の屋上から飛び降り亡くなりました』

『娘の友人だという子にこのアカウントを教えられ、こうして娘が綴った日々の記憶を辿っている次第でございます』

『愚痴っぽい子でございました』

『ここにも表れていますね』

『娘である成りすましスケコマシの創作物なども今こうして楽しく拝見しております。少々理解の及ばない箇所は見受けられますが、娘は変わった感性を持っていましたので。こんなことを書くと親ばかっぽいですかね?』

『最近は塞ぎがちでした』

『ここに書いてある愚痴や、漫画のことなどもっと言ってくれたらと悔やんでも悔やみきれません』

『ここを見ていると、なんだか娘と会話しているようです』

『気持ちは未だふわりふわりとしております』

『このアカウントはこのままにしておきます』

『成りすましスケコマシの母でございました』

『引用ついーと R.I.P narisumashisukekomashi』

『りぷらい ナリスケフォーエバー』

『りぷらい お母様。先生の著作、初投稿の時からずっと拝見しておりました。先生が亡くなったと聞いて信じられない気持ちでいっぱいです。お辛いとはお察しします。どうか気を強く持って下さい。成りすましスケコマシ先生の著作は私の生きる希望でした』

『りぷらい 流れてきたので初めて読んだ。今どきこんな巻き毛とロン毛の耽美なBL描く奴がいるとは……』

『りぷらい しかもまだ若いっぽいね』

『りぷらい 昨日のニュース見た感じ、これかな。→NNN NEWS 一六歳少女飛び降り自殺。私立霞ヶ丘学園高等部』

『りぷらい なんだこの毒電波にまみれた会話』

『りぷらい 漫画というより絵付きポエム』

『ついったーまとめサイト 昨日飛び降り亡くなった女子高生の描いた漫画がヤバい!! 癖になる面白さ』

『ついったーまとめサイト 飛び降り自殺女子高生漫画、書籍化の話が持ち上がっているらしい?』


「おおおおおおおおおおおおおほほほほほほほほほほほ」

「大丈夫……じゃ、ないな」

 登志子が携帯見て百面相していた。

 内面までは伺い知れないが様々な感情が渦巻いているのはだけは理解出来る。

「おかああああああああさああああああああああああああん!! もおー!! 町子ちゃんもー!! なーんでアカウントばらしちゃうかなああああああ!! あーもー!」

 真っ赤っ赤だった。

「死んだ後に評価されても嬉しくねーよー! うべべべべべ!」

 壊れていた。

 尚、ぎゃーぎゃー喚く登志子だったが、次の、

「あの、もしや、真逆真逆とは思っていましたが……成りすましスケコマシ先生ですか?」

 と、いう自殺願望少女の一言で我に帰った。

「はい」

「……本当に?」

「へーへー。なりすけですよー。昨日そこから死んだねー」

「あ、あの!」

「あい?」

「わ、わた、私! おすましマシマシです!」

「……え。嘘……!」

「嘘じゃっ」

「あ、あの? あのおすましマシマシさん?」

「はい、あの、えっと、私、えっと」

「おい。分かるように言ってくれ。何だよおすましマシマシって」

 二人の会話に割り込んだ。

 あんまり割り込みたくなかったが。

 フェンス越しに手を取り合って――すり抜けてるが――映画のワンシーンみたいだ。

 そこまでするならもうこっち来て座っとけよ。

 未だ自殺する気持ちに変わりないのだろうか。怖いだろうに。その場所。

「えっと。さっきのりぷらいの中にもいましたが、わたしの著作、初投稿からずっと追いかけてきてコメントもしてくれる親切な人です」

「ファンです!」

「ふぁ、ふぁんだなんて!」

「いいえ! ファンです! 追っかけです! 先生の作品は素晴らしいです! 私の感性にびびっと来たんです! 初投稿のあの作品、今でも忘れません。七番目の申し子。二重螺旋の」

「あー! あー! あー! 止めて! ストップ! 恥ずかしいから!」

 著作音読し始めた少女を慌てて登志子が止めた。

 とりあえず声を掛ける。

「えーと、おすましマシマシさん?」

「枡田縞湖です」

 ツンと澄まして少女は言った。登志子への態度は柔らかくなったが、俺への態度は逆に硬化したように感じる。

「縞湖さんは登志子……ナリスケが亡くなったのを知って自殺しようと思ったの?」

「……はい。始めは半信半疑だったのですが、記事などを見ているうちに情報に間違いないと分かって。私……」

 しゅんとなった。

「でも、それだけで。わたしの作品なんかの為に。おすましマシマシさんみたいな綺麗な人が命を投げるだなんて」

「なんか、だなんて言わないで下さい。私はあなたの描きたい物だけしか描いていない、伸び伸びとしている作風に救われたのですから」

「ごめんなさい……」

「本当に繰り返し繰り返し読んでいました。新作が上がる度楽しみにしていて……」

「……」

「あの、どうして自殺なんて? 答えにくいことかもしれませんが」

 え。どうしよう。

 見れば登志子と目が合った。

 気まずそうな表情を浮かべている。

 素っ裸の男にびっくりして思わず落ちたとは言え――まあ、言えるか。全面的に俺が悪い。

 しかし登志子は首を振った。

「不意に」

「不意に?」

「不意に死にたくなったんですよ。ただ、それだけです。色んなことが上手くいかないなあって。そんな時にふっとここが目に付いた。付いちゃったって感じです」

「そうですか……」

 その言葉で納得したように縞湖さんは黙った。

 やがて口を開く。

「あの」

「はい?」

「私もそちら側へ行ってもいいですか?」

「いいわけ――」

「いいですよ?」

 俺が止めるよりも早く登志子はあっさり言った。

「おい」

「つかぬことお伺いしますが、わたしたちが止めたとしておすましマシマシさんは止まるのですか?」

「いいえ。むしろそちらへ向かう理由が出来ました」

「理由?」

「あなたです。あなたがそこにいる。この場所からそちらへ行った」

 縞湖さんは足元を指さした。

「それに」

「それに?」

「あなたたちに私が止められるんですか? これは純粋な疑問ですが」

 つと小首を傾げる。

「……無理だな」

「よもや特殊な念力でも使えるのかと思いましたが……ないようですね」

 止めようとしたってすり抜けてしまう。先程から触れ合っている(ように見える)縞湖さんの手と登志子の手がその証拠だ。唯一方法があるとすれば――。

「うーん。でもなあ。死ぬのってめちゃくちゃ痛いんですよねえ」

 ……?

 触れ合って(?)いた手を離し、登志子が腕組した。その悩ましげな様子と発した言葉に戸惑ったような表情を浮かべる縞湖さん。

「やっぱりそう、ですよね……。いえ、それも一瞬のことだと理解しています」

「ああ、あの肩の骨がぐぎゃってなる瞬間。首の骨がぽきっとなってのたうち回るしかないあの感じ。忘れられないなあ。死んだ今でもある。なんていうの? 幻肢痛ってやつ?」

 首の骨折ってのたうち回るもないだろう。幻肢痛? ここまで一緒にいてそんな素振り見たこともないが。

「ううぅ~」

 割とびびっていた。

 効果あったようだ。しかし。

「で、でもっ、私はっ、もう死ぬしか道がっ」

 縞湖の叫んだ。そしてくるりと体を半回転。私には関係ない。今から飛び降りると云わんばかりだ。

 そんな縞湖さんの一部始終を見て登志子が目を細めた。こいつ……。

「そこで!」

「……?」

 気になったのだろう。首だけ縞湖さんは振り向く。

「痛みを感じることなく死ねる耳寄りなお得情報が?」

「へ?」

「詳細は彼から!」

「おい」

「わたしじゃいまいち説明に自信がないので。だって、さっき聞いたばかりなんだもん」

「……はあ」

 もんじゃないよ、もんじゃ。

 仕方なく説明をした。

 それまで、暗い輝きに満ちていた縞湖さんの瞳に、うっすらとだが光が差し込んでいるように見えた。

 なんてものに光明見出してるんだ、ヤクの売人ってこんな気分なのかな、などと思いつつ。

 説明をしている合間、登志子はにこにこしていた。

 なんか狙ってんな、この女。

 たぶん、それ以外にも。その先を見据えているように見える。

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