自殺スポット

「はあ。どうして」

 少女は物憂げな溜息を吐き、長い黒髪で表情を覆い隠しながら歩く。

 風が一陣そよいでそんな少女の髪を一瞬かき分けた。

 綺麗な顔立ちをしている。美人だ。登志子が愛嬌ある顔立ちなのに対し、この子の場合他者を寄せ付けないオーラみたいなのが感じられる。それは今少女が醸し出している自殺志願者特有の空気からではない。

佇まいだ。溜息を吐いていても、ゆっくりと歩いていても、行動ひとつひとつに気品がある。

 まあ、端的に言い表せばお嬢様っぽい。

 制服は登志子と同じ。

 リボンからして一年生であろう。

「汚れてる。ふふ。汚い私にお似合い……」

「うっ!」

「どうした?」

「魂にダメージがっ」

 登志子が胸を抱えて蹲っていた。

 自殺志願者の気持ちに当てられたのかもしれない。登志子にとってはついこの間のことだ。自分ごとのように理解出来るのだろう。

「抜けるような空。まるで神様が祝福してくれているみたい。なんて」

「おうふ」

「大丈夫か?」

「一筆」

 そう言って少女は胸元からペンを取り出した。見れば筆ペンだ。便箋も同時に取り出し、言った通り何やら手書きする様子。用意の良い。

 衝動的だった登志子と比べて、周到さが感じられる。性格かもしれないが。

「お父様。お母様。あとミケランジェロ。先立つ不幸をお許しください。今日、娘は旅立ちます。この場で恨み辛みを述べることは簡単です。ですが、それを抱えたまま私は逝きたいと思います。死を選ぶのは弱い私なのですから。その責を誰に求めることができましょう――」

 さらさらと筆を進めていった少女の手が止まる。

「ふう」

 すっきりした面立ちだった。

 未来を感じさせるような、そんな。

 そんな少女に、俺は――。

「早まっちゃだめえっ!」

「へ?」

 登志子が叫んでいた。俺じゃなく。

 金網の向こう側で少女が振り返る。その瞳に映るのは虚無。

 だけど、そこには俺たちがいる。

「だ、れ……? へ……? だって、誰もいなかったはず……」

「だめったらだめえへっ!」

「あ、れ? あなた……何で……服が……透けて……」

「あ、安心して。ちゃんと着てるから」

 スカートを手で持ってひらひらさせた。

 ……なんでだろう。

「はあ……。は……?」

 少女の瞳が焦点を取り戻していく。

 戸惑いながらも改めて口を開いた。

「いえ。そうではなく。あなたたちどこから来たんですか? それに、どうして体が透けているんですか?」

 ふむ。最もだ。

 俺と登志子は少女に事情を説明し始めた。

 自然、首だけじゃなく体もこちら側へと向く。

 一旦、自殺を思い留まらせるのには成功したようだ。

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