無茶なお願い つづき
「いや、それは」
「二つ目は――」
止まることなく、願いは続く。
とりあえず最後まで黙って聞くことにしよう。
「亮介も生き返ってください。そして三つ目が――わたしと友達になってください」
ふむ。
なるほど。シンプルに、すごく強引な三段論法といったところだろうか。
登志子が生き返る。登志子の自殺志願理由は昨日屋上で聞いた感じ、人生に上手くいかないのと、友達ができないということ。後者の方が理由としては大きいのだろうか? こうして願いとして出たということは。
友達が欲しい。俺ならば登志子とこうしてあけっぴろげに話すことが出来る。魂からの、根っこの底からの人間性を知っているんだ。気を使う必要もない。
一切ない。
けれど、幽霊には見えない触れない。今のようにはいかない。死に近い人間にしか存在を感じ取ることは出来ない。生き返ってしまえば、それは恐らく叶わないであろう。
そう考えた登志子は俺も生き返ってもらえばいいと考えた。
シンプル。そして強引。
しかしその論法にはたくさんの穴がある。
「このまま幽霊でいれば? 俺は正直君と話していて凄く楽しいけど。友達なんてこっちからお願いしたいくらいにね。俺としても君がこうしてずっと一緒にいてくれればって思うよ? そこのところはどう?」
「えっと」
想定外の言葉だったのが登志子はまごつく。「う」とか「む、む」とか言葉にならない言葉で呻いた後、素直に、
「う、嬉しい」
と、はにかんだ。
顔が真っ赤だ。
かわいいんだよなあ、この子。言動は別にすれば。
「昨日言ってたこと――」
登志子は新校舎に視線を向けながら語り出した。
本来ならば登志子も今いるはずだった場所だ。
「死に近かったっていうのはなんとなく分かる気がします。些細なことでも、日常のふとした弾みで、嫌なこと言われたり、そういう態度取られたり、そういうことで、ふっと頭に『ああ死にたいなー』なんて思っちゃう。あると思うんですよ。
わたし、けっこうそんな感じで。
で。死にたいなー死にたいなー、なんて思ってると、次第に気持ちがすり替わっちゃうんですよね。
俺に視線を移す。
「言霊っていうんですか?」
そしてまた校舎に戻した。
「死に引き寄せられる。魂があるんだったら言霊だってあるはずですよね。本気で死にたくなってくるんですよ。心でも。死って言葉自体がすごく簡単に引き出せるようになっちゃう。
今まで引き出しの一番奥の奥にあった『死』ってワードが一番上に来てるんです。目につく位置にある。それがやがて、徐々に徐々に、テーブルの、いつでも手に取れる位置に来ちゃうんです。
それがわたしで。わたしだったので」
学校の中を見据えているようだ。
もしかしたら、今、あの中に、俺と登志子を認識できる、死に近い人間がいるかものしれない。
「……たぶんここにいる学校の人たちなんかそういうの珍しくないんですよ。でも、みんなには友達がいるじゃないですか。吐き出せる人が。近くに。
……わたしにはいなかったので」
首を激しく振った。
「違いますね。いたんですけど、いなくなっちゃたんで」
町子ちゃんのことかな。
「わたしが自分からやったことだったんですけどね! あったものがなくなっちゃうってけっこう辛いものですよ? 良い方向に転がるって信じていた選択が、ていうのなら尚更ですね。――『死』って言葉が心の中で浮かび上がる度、わたしの魂まで死に染まっていった」
「死に染まる?」
思わず訊いていた。
「ええ。外に吐き出すことなく留まり、にこごった死のイメージは、いつの間にかわたしをこんな場所にまで連れてきてしまった――そんな感じです」
振り返った登志子はとても穏やかに笑っていた。
ポエマーだな。
俺は心を決める。
「方法は、ないこともない」
「ええ!? 嘘!?」
驚いた顔をする。
「なんだよ。登志子が言い出したことだろ?」
「いやだって、さっき否定しかけてたじゃないですか。わたしも実はそんな期待してたわけじゃないのに本当にあるだなんて」
「期待はしないで。ないこともないって言った」
「……はあ」
「そんな機会は訪れないことが一番だし、そうそうないだろう。俺の意見としては倫理的にも道義的にもNG。だし、登志子もこれは否定するだろう方法。第一第二、君の望みと合うかどうか」
「いやにもったいぶるぅ。早く教えてぇ。早くぅ」
先程の様子とは一転。にやにやしていた。
やっぱり教えるのやめようかな。
「はあ。でもすごい方法もあったもんですねえ。物理法則まで無視できちゃうなんて。わたしの体だって今はもう灰になっているんだろうし。灰から体を創出って、まるで吸血鬼みたいで格好い――」
「誰も登志子が生き返るだなんて言ってない」
「へ?」
夢想を遮った。登志子がびくっとなる。
「どういう……」
「死の縁に立つ人間にならば幽霊を感じ取れる。俺らを感じ取ることが出来る」
「はあ。言ってましたね」
「ホラー映画、小説、ゲーム……ホラーに限らないか。SFの方が或いは多いかもしんない。見たことない? 異形に、自分の体を明け渡してしまうシーン」
「見たことありますけど。え、まさか……」
「乗っ取る」
「いやいやいやいやいやいや」
「老衰で亡くなる老齢の人ならともかく……、これから死のうとしている自殺志願者と未だ生きたいと願っている君みたいな幽霊とならば利害は一致している」
「一致しているって。まあ、しているんでしょうけど」
「奪ってしまえばいい。相手の体を。相手側が許可すれば可能だろう。……と、思う」
「思う?」
「昔、俺が死んだ時、俺が幽霊となった後。俺を追いかけようとした人がここに来てさ。俺は説得しようとして――まあ、それは関係ない話だよ。今話したのと似たようなことが起こったって話。扉が施錠されたのはその時かな。試したってわけじゃない。意図せず似たようなことが起こってしまったってだけ。だから思う。やってやれないこともないんじゃないかと。だけど」
「……仮に出来たとしても倫理的にNGな行為でしょう、それ。……乗っ取るって。まんまホラーじゃないですか。わたし見たことありますよ、そういうの。フリーホラーゲームとかで。だいたい」
「だいたい?」
「その方法だとどちらか片方しか生き返れなく……って表現もなんか違う気がしますけど……ないですか? 自殺志願者の自殺現場になんてそうそう立ち会える場面は訪れないでしょう? もし仮にわたしが乗っ取り……自分で言うのも抵抗ありますが……出来たとして、その後何年、下手したら何十年も亮介を待たなくちゃいけないんでしょう?」
「俺は自分の死んだことにもうある程度納得してるし。そんな外道染みた方法で再び生を謳歌したいだなんてこれっぽっちも思ってない」
「ほらー」
「……ほらーじゃなくて。だから言ったでしょ? ないこともないって」
「うーん。それだと意味ないんですよねえ。亮介も一緒がいいのに」
「ああ、でも」
「でも?」
「べつに待たなくてもいいのかな? 死の縁に立つ人間なら幽霊を感じ取れるんだから。違う人間に一度死んだ人間の魂が入ってる。存在自体が死の縁ギリギリに立つ人間だ。普通に体乗っ取った後も俺と会話できるんじゃないのかな? 触れはしないだろうけどさ」
「……あ」
登志子がきゅっと胸に手をやった。
「あ?」
「わたし、悪霊の気持ち分かっちゃった」
綺麗な顔でなんてこと言いやがる。
「そんなもん今すぐ捨てろ」
「方法示したのは亮介じゃないですか」
「俺は。登志子を死なせた義理を。それに普通は受け入れずそれで終わり――」
「……もしそれが可能ならより好都合……上手くいく……ううん、一度やってしまえば後は……当初の目論見より……ぶつぶつぶつぶつ」
「登志子?」
「ん? なんですか?」
不穏な企みが聞こえた気がしたが。
本人はケロッとした笑みを見せているが。却ってわざとらしいな。
ま、そんな都合良くはいかないはずだ。
そう立て続けに自殺者など現れるものじゃない。
登志子が扉を壊してしまったことで、この金網破れる危険な屋上へ多少出入りしやすくなってはしまったが――。
「鬱だ死のう」
「デジャヴ!」
「デジャブ!」
俺と登志子が全く同じタイミングで叫んだ。
聞き覚えのあるこのワード……。狙ったみたいなこのタイミング……。
視線の先にはたった今しがた入ってきたであろう見知らぬ少女がいた。
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