登志子(この人いつまで裸なんだろう……)
「それよりなんで裸だったんですか? 元はと言えばあれが……。流そうとしてますけどそうはいきませんよ」
「登志子ちゃんなかなか消えねえなあ。自然と消滅するもんだと思っていたのに」
「むう」
少女がむくれた。
飛び降りから数時間後。
登志子の死体は思いの外早く発見された。授業をふけ、サボろうとしていた生徒たちによって少女――小相澤登志子は発見されたのだった。
助かることはなかった。
……分かり切っていたことだけれど。
半透明の登志子の霊体は、どうやら登志子の死体に憑いているようだった。その時は。
病院、警察、葬儀……家族の元……。気を失ってから目を覚ますことこそなかったが、死体から付かず離れず登志子の霊体は宙に浮いていたのだから。
薄ぼんやりと、
明滅しながら漂っていた。
……俺はてっきり、出棺焼却が済まされれば消えるもんだと思っていたが……。通夜会場で唐突に目を覚ました登志子は俺とおんなじように浮き、漂い、自由に行動し出した。
出棺された今、自分の意思で死体から離れられるみたいだった。
自分で自分の死体が出棺される様子を見送り、今に至る。
泣き喚く親や親族友人をこれ以上見たくないと言って、場所は舞い戻り、旧校舎屋上。
俺は言い訳がましく言い訳――もとい説明をしていた。
「幽霊だろ? 俺。俺みたいな存在、ここ十数年全く会ったこと無かったんだよ」
「いえ、会ったことなかったらってなんなんですか? 意味分かりません」
「だからさ。映画とかで見たことない? 世界で自分だけしかいない、みたいなやつ。ジャンルは何でもいいけど」
街を見渡す。もう何度見たか分からない風景を。
今は四時。まだまだ明るい。
「あります。ゾンビ物とか少し不思議なやつとか」
「そう。そういうさ。――そういうのに置ける主人公って最終的にどうなる?」
「どうなるって……」
顎に手を当てて考え込んだ。答えが出る前に俺は言う。
「発狂したりすんじゃん? うわあ~! って」
「狂ってるんですか?」
両手を大空に向かって広げてみせた。
少女が怯えたように己の体を掻き抱く。
警戒心は未だ薄らいでないようだ。
「違う違う。そうじゃなくて。……なんつえばいいかな。……誰も自分を認識出来るような存在がいないんだよ? 羞恥心とか、他者から目を向けられる時に自分がどう思うか? そういう感情がさ。一切合切さ。失くなっていくじゃん? って俺は云いたいわけよ」
「感情……」
「そう。感情。あ、これそんな深刻な話じゃなくてね? だんだんどうでもよくなってくるっていうか。着てても着てなくても一緒っていうか」
「え? だから裸だったんですか?」
距離を取る登志子ちゃん。
「うん」
俺が頷くと共に登志子ちゃんは顔を顰めた。
「わたし、下ネタ嫌いなんですよね」
「唐突に。なに」
下ネタ好きな女子なんて……わかんないや。人生経験短すぎて。そういうの、けっこうあるの? 高校では。
「教室で男子たちが大声でやかましく喚き散らしながらチラッチラこっち見てくるあの感じってわたし嫌いですね。顔が赤くなるのを狙っているんでしょうか。ああいうのって何なんですか? 思春期特有自意識? わたし、毎日思ってます。豆腐の角に頭ぶつけて死なねーかな、こいつって。反応している女子たち含めて嫌いになりますね。もーやだーとか言いながら『こんなネタでも反応しちゃうわたしってちょっとお茶目でかわいくってその上おもしれー女~』とか内心思っちゃってるんですよ。絶対。はい。その場でほのかに呪います」
君が死んじゃったね、とは言わない。
代わりに言う。
「豆腐の角って……俺らの世代でもあんまり言わない言い回しだけど……。登志子ちゃん一体何歳?」
他にもいろいろツッコみたいけれど。
本当、この子、口悪いな。
「……はっ!?」
口元を抑えた。そうして慌てたようにぐっと前のめりになる。俺は手で制し、どうどうと距離を取った。
「あのっ! そう、これ! これ! えっと。説明が上手く出来ないんですが、あのこれっ!」
「ああ、これだろ?」
俺は自分の口元を指さした。そうして手を握って開く。グーパー。その動作にこくこく頷く登志子ちゃん。
「もうここまででなんとなく分かると思うけど……。俺らって今どうなってる?」
「え? 幽霊? なんですか?」
きょとんと。
己の姿を見下ろす。
「そう幽霊。人には見えない触れない。通常感じることもできない。最も、君は見れたし、感じることも出来たみたいだけど、そこは今置いといて」
これは後々説明すればいい。
「纏っていた肉体というたがが外れたんだ」
「肉体の、タガ?」
「たが。肉体という鎧が外れ精神だけ……精神も違うか。魂だけの存在となったんだ」
「はあ」
「つまりさ。ブレーキが利かなくなったんだよ」
「ブレーキ?」
「利かないんじゃないな。無くなったんだ。今まで言葉をせき止めていた脳や口が、消えた。消失した」
「え? でも口はありますよ? 頭だってほら」
「意識だけだよ。幽霊なんだから。要は魂だけの存在なんだ、俺たち」
「はあ……は?」
「つまり君の生来の性格や口の悪さがそのまんま出てる」
「人類ってなんて素晴らしいのだろう」
「そういうところだよ」
「ぐっ」
今から挽回しようたってそうはいかない。誰に見せるのかって話だが。
少女は自分の口元をぐにぐに手で弄びつつ、「ちくしょう」とか「馬鹿」とか「なんでわたしが」とか「うにょーん」とか、色々々々納得いかなそうに呟いていた。
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