「ちなみに中級は?」「浮遊霊ですかね。よかったですね。昇格できて」「……」

「それで? あなたなんなんですか? まだそこんとこよく分からないんですけど」

 幾分気分が落ち着いたのか登志子ちゃんが訊いてきた。

「ここの住人――だった」

 屋上、自分が今立つ場所を指差す。

「だった?」

 きょとんと。登志子の方はというと自分の頬を指差す。

 うーん。

 かわいい。

 性格はアレだけど、こうした何気ない動作ひとつひとつにどぎまぎしてしまう。心臓ないけど。

「俺、地縛霊なんだよね。聞いたことある?」

「知ってます。死んだ場所とかに囚われるってあれですよね。幽霊でも。下級な」

「……下級かどうかは君の読んだ漫画か何かだろ……。そもそも俺は他の幽霊を知らんけど」

「あれ? さっき通夜会場にいたじゃないですか。それにわたしが落ちた時にだって外に」

 登志子ちゃんが破られた金網の方を見やる。

「ここと、それからあの破られた場所から君の落ちた場所周辺。そこまでは一応今までも移動できたんだ。通夜会場――外まで出れるようになったのは君のお陰かな」

「? あっ。あー……」

 気づいたように登志子ちゃんが声を上げる。

「そう、俺は」

「ちょっと待ってください。気付いちゃいました。わたしが正解言い当てても良いですか?」

 なんか知らんが興奮している。

「……どうぞ」

 仕方なしに促した。

「わたしがそこの扉蹴破った……じゃなくてわたしがちょっと触ったら自然に壊れちゃった。から、それであなたは囚われていたこの場所……屋上から出れるようになったんですよね? 正に魂の開放! あなたはここから身を投げた――あそこから身を落とした人! ファイナルアンサー!?」

 誰に対しての言い訳なんだろう。

 なにが、正に、なのかもわからんけど。

 それと、ファイナルアンサーって俺が君に訊くべきだと思うんだけど。

「ちょっと補足。あの扉って元々施錠されてなくてさ。俺が死んでから施錠されるようになったっぽいんだよね。だからあの扉自体が俺に対する封印? みたいに機能していた。なんか向こう側に御札とかなかった?」

 これはずっと気になっていたことだった。

 扉に近づくと弾かれるのだ。バチンと。アニメみたいに。

 登志子ちゃんは顎に手を当てる。

「はあ……。ええ? なかったですけど。あ。あれかな……? 色あせた立ち入り厳禁の紙なら貼ってありましたよ」

「それだね」

「ん。あ、でも待って。わたし今まで幽霊とか見たことなかったんですけど。これは」

「そこはあれ。死に近かったからじゃないかな。君が」

「死に近い?」

「聞いたことない? 黄泉に導かれて――とかさ。あの世でおじいちゃんが呼んでいる、とかでもいいけれど。死の縁に立つような人間は、俺みたいな存在を認知できるみたいだよ」

「今までもあったんですか?」

「あそこ」

 俺は少し移動し、新校舎を顎で示す。

 後ろからゆらゆらと登志子ちゃんは付いてくる。

「三階の右から二番目の窓の、そうあそこ。あの教室のベランダでさ。何年前かなあ。正確な日付は認識しちゃいないけど。ベランダの外側に身を乗り出して遊ぶ男子集団がいたのね」

 いつの時代もああいう向こう見ずな男子どもはいる。

「最初は一人だったんだけど、度胸試しみたいになったんだろうね。次々ベランダの柵超えてさ。四人。俺、危ねえなあって思って見てたのね。何かしたかったけど距離が距離だから何も出来ない。ただそのうち一人が不意にこっちを見て――」

「見て?」

「『おいあれ!』って。聞こえなかったけどさ。指差されて。そう言っているように聞こえたな。俺、手振ってみたりしたんだよ。んで、柵から外に身を乗り出したままじゃ見づらかったんだろうね。体の向き的に。みんな内側に戻ってもう一度こっちに目を凝らしたりしてた。その内チャイムが鳴って教室戻ってそれでお終い」

「なるほど死の縁」

「年老いたおじいちゃんおばあちゃん先生なんかとも時折目が合う感じするんだよね。こっち見てるんじゃないかっていう。それでそう当たりを付けていったんだ」

 最初のうちはああいうのもテンション上がったんだけどな。視認されども声は聞こえない触れもできない驚かれるだけっていうのは虚しいもんだ。

 納得したように登志子ちゃんは何度か頷いている。

 ベランダから目を移し、また俺を見た。

「あなた、名前は?」

「千田亮介」

「普通」

「ほっとけ」

「千田さん」

「亮介でいいよ」

「亮介」

 呼び捨てか……。いいけどね。

 心の内の声が多かった子なんだろうなあ。俺も生前と死後で多少変化はあったが、ここまででは無かった。

「暗くなりましたけど」

「なりましたね」

 八時は回っているだろう。

「いつもどこで寝るんですか?」

「うーん」

 寝るって感覚があんまりないんだけどな。

「気付いたら時間経っているって感覚なんだけどね。でも、俺も最初の頃はそうだったな。そうだなあ……こっち」

「そっか。屋上でずっと一人だったんですもんね。無神経でした。あまり考えないで訊いちゃいましたね。て、今は本当に神経ないんでした。たはは」

 振り返れば小さく「ごめんなさい」と呟き下を向いていた。

 それでも一応付いてくる。

「いいよ」




「ここ。たぶんよく休まると思うよ」

「ええ……? いや……。ええ……?」

 登志子ちゃんは信じられないように首を突っ込んだり引いたりしてみて中を見渡した。納得いかなそうにこちらを見る。懐かしい。サボりの時よくここで先生をやり過ごしたものだ。

「物置じゃん」

「真っ暗な空間って体休まるよ。幽霊には。是非試してみて欲しい。俺も屋上だといつも給水塔と校舎の合間の影にいるし」

 掃除用具入れやトイレの個室でも良かったんだけど。あんまりにあんまりかなと思い。

 案内した場所は一階階段脇にある正しく物置だった。

 物はあらかた運び出されており、中には中身のない大型のダンボールがひとつあるのみ。

「こんなところじゃなくても教室が――」

「そういう広い空間にただ自分がいるのを想像してみて」

「ん。あ、嫌、……かも?」

 まあ、それだけが理由じゃない。

 たぶん君みたいな学生が旧校舎とはいえ、教室みたいな場所で死んでからもずっと過ごすって割と辛いだろうから。

 嫌でも思い出す。生前を。なら、こういう空間の方がマシ。

 最も、登志子ちゃんの場合、浮遊霊っぽいから行こうと思えばどこでも行けるのだろうけれど。家は辛いだろうし、適当な街のホテルなどでもいいけれど、そこはそこで先住の幽霊(会ったことないけれど。一応。念には念を入れて気をつけて)がいたら何かと面倒ありそうだし今日のところはこれで我慢してもらおう。明日のことは明日考えよう。

 ……なに。明日以降も時間はたくさんある。

 実際、俺が久しぶりに人――幽霊だが――と話せて嬉しいのかもしれない。

 ただ、これだけで終わりにしたくないという。

 死なせてしまったのだ。終わりにするつもりもないけれど。

「くかー」

「順応性高いなあ」

 つらつら考えている内に、登志子ちゃんはダンボールの中に身を丸めて寝てしまっていた。寝れるのか。本当に器用な子だ。

 ここまでふてぶてしい子が何故と思う。

 自殺願望なんて。

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