延々と続く隠し味

「ダンジョンに入りたいです……」


 俺は山形次郎41歳。ってまぁ、自己紹介はもういいよな?ってな訳で、思い込みが激しいのは分かってると思うけど、俺の知られざる日本人だった頃の趣味を教えてやろう。

 それはな……テレビっ子だった事だ!えっ?知ってる?そ、それなら、好きなテレビ番組は、バラエティと時代劇だってのは知らないだろ?えっ?それも知ってる……の?



-・-・-・-・-・-・-



「流石に……ままに、これは渡せないな……」


しょぼん


「取り敢えず、ぱいたん1回戻ろっか?それとも、お弁当食べてから帰る?」


「お弁当!食べたい!!」


 ダンジョンの1階で……うちは、ぱいたんを闘わせてみたんだけど、ままに何て言ったらいいか分かんなくなっちゃったの。


 えっと、取り敢えず説明するとね?ぱいたんは素手でモンスターを攻撃するしかないんだけど、殴っても大したダメージは与えられなくて、一番弱いモンスターでも倒すのに一苦労だったの。


 見るに見兼ねて、うちが手伝おうとしたら、ぱいたんは奥の手があるって言うから試して貰ったんだけど、その奥の手がね……。




「そっか……まぁ、それならしゃーないな。白湯パイタン……そしたら、これからは俺の手伝いをしてくれるか?」


「うん!分かった。わちきはママの手伝いをする!」


「じゃあ、先ずは……」


 この会話だけじゃ分かんねぇよな?まぁ、そうだろうそうだろう。俺だったら訳分かんねぇって言っちゃうからな。


 要するに、白湯パイタンの奥の手って奴が、マジモンの毒だったって事さ。

 おっさんが言ってた「毒を吐く」ってのが、本物の毒だったなんてそんなの普通、想像出来る訳ないだろ?

 俺としては白湯パイタンが実際に毒舌だったのを聞いた事があるから、それだと思ってたんだよな。

 ま、勘違いは誰にでもあるモンさ。



 ただ、その毒でモンスターを倒しちまうと、切り身にも毒が染み込んでそれはもう、触っただけで毒に掛かりそうな毒々しさだって豚骨トンコッツから聞いた時には、ちょっとだけ好奇心が湧いたよな。

 だって、日本にいた時に、毒なんて実際に見た事も触った事も、嗅いだ事も飲んだ事も無ぇモンよ。探偵が出て来る漫画やらアニメやらの世界だけにしか無いと思ってたくらいだし……って、まぁ、実際にそれくらい現代日本じゃお目に掛かるモンじゃねぇしな。


 ところで、俺は毒に興味がある訳でも無ぇから、この話しはこれで置いとくんだけど、結局、白湯パイタンはダンジョンじゃ役に立たない事だけは証明されちまった。

 俺の役に立てると思って意気込んで行った割には役立たずって事になっちまったから、大分落ち込んでたぜ?だからそんな白湯パイタンを元気付ける為の提案を俺が考えた訳だ。




「な、なぁ、パパさん……使用人ってこんな服だったか?」


「えっ?違うよ?」


「そうだよな?じゃあ、なんで白湯パイタンだけ、バレェダンサーみたいなカッコなんだ?」


「ばれたんさって、なんだい?」


「分かった……言い換える。なんで、使用人服じゃ無ぇんだ?」


「それはだね、クレア……。子供用の使用人服なんてないからだよ?」


「な、なぁ、この服って……一般的な子供服なのか?」


 要するにな、俺は白湯パイタンをこの家で、使用人として使おうと考えた訳さ。とは言っても、俺専属だけどな。

 だから、服をおっさんに言って用意してもらったんだが、着せた服は、今にも白鳥が湖で戯れそうな感じの服だったんだ。で、俺は絶賛おっさんに抗議中って訳だ。



「クレア……この服を覚えてないのかい?」


「知らねぇな」


「そんな……」

 がくっ


「この服からママの匂いがするよ?ママの匂いがするから、わちきはこの服でいいよ!」


「おぉ、ぱいたんちゃん!流石分かってる!クレアの事が分かるんだね!いいこいいこしてあげよう」


「おっさん、来ないで。ママの匂いが薄れるから」


がくっ


 要するにクレアが昔、着させられてた服を引っ張り出して来たって事らしい。ってか、白湯パイタン……それはもう毒舌じゃなくて、「ただの暴言だ」って言いたかったが白湯パイタンの一言で項垂れている、おっさんに救いの手を差し伸べる気はなかったので放っておいた。


 それにしても着られなくなった娘の服をいつまでも残しておくモンかね?それ以前に娘に対してそんなコスプレさせる趣味があるのか、このおっさんには……。

 それはそれで、マジモンでキメぇと思っちまったからだ。俺の方が可怪しいかなぁ?



 ま、服の事はさておき、白湯パイタンは使用人……うん、なんか可愛く無ぇから、メイドって呼ぶ事にして見習いメイドとして俺の手伝いをしてもらう事にした訳だ。

 要するに究極のラーメンスープを作る為の助手ってヤツだな。



 今まではダンジョンから帰って来た豚骨トンコッツに、切り身を捌いてもらってた訳だが、その役目を白湯パイタンに任せる事で、豚骨トンコッツの負担を少しでも減らせるのと同時に、お手伝いがしたい白湯パイタンの自己満足度を上げる効果もある一石二鳥作戦ってヤツだ。

 俺って頭いいだろ?



 そんなこんなで分担制で究極のラーメンスープに向けて一歩一歩進んでいた訳さ。



 だがな、ここで一気に話しは変わって来たんだ。




「とんこっつちゃん、ここから先は一人じゃキツいかもよ?」


「そうなの?おねぇちゃん」


「うん、25階を超えると一人じゃかなりキツいんだ。ここが24階だから、次のボスは倒せても、そこから先はかなり苦戦すると思うよ?」


「おねぇちゃんは何階まで行ったの?」


「32階だけど、30階を超えるとパーティーでも辛いね。だから、そろそろこのダンジョンは潮時かなって思ってるところさ」


「そうなんだ……」


 うちは仲良くなったおねぇちゃんが、このダンジョンから離れるって聞いて少しだけショックだった。だけど……うちには、ここのダンジョンしかないから、一人で出来る所までは頑張るつもりだよ。




「なぁ、パパさん……豚骨トンコッツ一人じゃ、そろそろダンジョンに挑むのがキツいらしいんだ……」


「ふぅん、それで?」


「俺も……」


「ダメ」


「まだ、何も言ってないじゃんかッ!」


「どうせクレアの事だから、とんこっつちゃんと一緒にダンジョンに行きたいとか言うんだろ?」


「分かってるなら話しが早い……」


「ダメ」


「だからまだ、何も」


「ダメなものはダメ」


「何やら面白そうな話しをしていますのね?」


「あ、貴女様はッ!」 / 「誰?」


「久し振りね、クレアリス。久し振り過ぎて、叔母の顔も忘れてしまったの?」


「おば?あぁ、おばさん……誰?」


「「なッ!?」」


「えっ?なんか俺……マズった?」


「この馬鹿者ッ!クレアリス、この方はアレアリス・レ・イーリン・コルイス・クリスティーナ・ミルゼハイン女王陛下にあらせられるぞッ」


「良いのよ、久し振りですものね。宮中ならいざ知らずここでの不敬は不問にしますわ。それよりも、クレアリス……。貴女、ダンジョンに行きたいの?」


「女王陛下ッ!?」


「貴方は黙っていて下さる?」


 なんか突然降って湧いたように出て来たこのおばさん……じゃなくて伯母さんがこの国の女王サマだってよ!

 でも、母豚の姉妹にしては、凄く似てないんだよな。脚はドレスで隠れてるから豚足かどうか分からねぇんだけど、顔がまんま豚な母豚とは違って、どっちかって言うとコイツクレア似だしコイツクレアの母親だって言われた方がしっくり来る感じだった。

 ま、俺としてはそんな事はどうでもいいんだが、俺がダンジョンに入る為の近道だって事は考えなくても感じたね。



「ダンジョンに入りたいです……」


 この一言を床で項垂れるように言えたら最高だったかもな。でも、そんな事よりその一言は女王サマの興味を引いた様子だった。

 そりゃそうだろうよ?俺は王位継承権を持っていて、女王の子供で三男の婚約者でもある。生命の危険があるダンジョンに行くよりも、のほほんと平凡にキャッキャウフフな幸せを掴んだ方が、貴族令嬢ッポイだろうからな。——まぁ、知らんけど。

 ま、何よりも言えるのは他のムスコに俺は興味ないって事だけどな。



「クレアリスが何故そこまでダンジョンに拘るのか聞かせてもらえるかしら?」


「ママ、こんがり美味しそうに焼けたよ!」


「ママ?」


「いや、これは女王陛下!こちらの者は、卵から孵った刷り込みでクレアの事を母親と思っているので……」


「ま、まぁ、いいわ。ところで、その方が持っているのは何?何やら香ばしくいい匂いがするのだけれど?」


「女王サマ、これが……俺がダンジョンに入りたい理由です!」


「これは……一体?」


「女王陛下、それはダンジョンに棲息するモンスターの力の結晶に御座います。食欲を掻き立てられてはなりませんぞッ!」


「えっ?これがあの臭いアレですの?でも、あの臭みを感じられない程の香ばしい匂い……妾が今まで味わった事の無い香り……クレアリス!妾が食してみても?」


「女王陛下、なりません!御身にとっては毒かもしれないのですぞ!」


「じゃあ、先に俺が味見をすればいいだろ?どれどれ……」


ぱくッ


「うんッ!初めて焼いたにしては上出来だ!いいこいいこ」


「わーい、ママに褒められちゃった」


「女王サマも、食べます?」


 俺はこの時、勝利を確信したね。だって、おっさんの静止を聞き届ける事なく、未知の焼き魚に向けてよろよろと、ヨダレでも垂らしそうな感じで口を半開きにして近寄って来てるんだから。



ぱくッ


「こ、これはッ?!妾が今まで食した事の無い味わい。噛めば噛む程に旨味が口の中いっぱいに広がるばかりか、身から溢れる脂が更に食欲を掻き立てる……これはッ!いいモノだッ」


 なんか、女王サマのキャラが変わって背景でなんか爆発が起きそうな気がしたけど、そんな事を気にする俺じゃない。だが、これで流れは全て俺に向かっているし、俺に向かって風が吹いてるのを悟ったよ。だから、ここでダメ出しの一発を入れようと考えた訳だ。

 珍しいだろ?考えるな、感じろ以前に考えちまったんだから。



「女王サマ、俺はこの切り身を使って、究極のラーメンを作ろうと思ってる。それが出来れば、この国の食文化を変えられると思ってるんだ」


「究極のラ・メン?隣国の食の女神の名を冠した食事を作ると申したのか?」


「いや、俺が作りたいのは、ラーメンだ。ラ・メンなんて女神じゃなくて、そんな女神をも超える美味い飯だ」


「ふむ。その、ラメーンとやらを作りたいから、ダンジョンに入りたいと言うのだな?」

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