第27話 ゴブリン退治

「さぁ、冒険の始まりですわっ!」

と、出発前は意気揚々としていたアイリスだったが、今は私が膝枕をして、横になっている状態だった。

「……冒険者って過酷ですのね。」

「ウウン、アイリスが貧弱なだけよ。」

「……。」

非情な現実を突きつけられて、アイリスは視線を逸らす。

私もやることがないので天を仰ぎ見る。

陽が高くなってきた。まだまだ今日は始まったばかりなので焦る必要はないけど……。

私は周りを見回す。

何もない平原が周りに広がっている。

ここは街から1時間程度しか離れていないため、危険な魔物や動物たちはいない。精々野兎や野生のラットがいるぐらいだ。


昨日、アイリスが受けてきたゴブリン退治の依頼をすぐにでも出発しようというのを宥めて、とにかくファルコンが戻ってからにしようと説得したまでは良かったけど、結局ファルコンが帰ってきたのは夜中過ぎで、しかも昼の話で、ファルコンがどこに行っていたかも薄々わかっているために、カズミのファルコンに対するあたりは強く、また、出発を翌日に持ち越すことになったアイリスもファルコンに対する好感度を最低まで落としていた。


そんなこんなで、とにかく逸るアイリスは、まだ陽も昇らぬうちから皆を叩き起こして街を出たのだが、巫女としての修行をしている分、まだマシとはいえ、しょせんはお姫様。長時間歩き続けることなど出来るはずもなく、それでも頑張ってここまで来たところでダウン。

こうして休憩を取っているというわけだった。


「ユウヒぃ、姫ちゃんの様子はどう?」

器にスープを入れて持ってきたカズミから声がかかる。

「あ、うん、ご飯ぐらいなら食べれるかな?……どう、起きる?それとも食べさせて欲しい?」

私は器を受け取りながら、膝の上のお姫様に聞いてみる。

「うー、ユウちゃんに借りを作るのは癪なので起きます。」

そう言いながら身を起こすアイリス。

打ち解けたのはいいけど、何でだか、私をライバル視しているように見えるのよねぇ、なんでだろ?

私は、はいはいと言いながら、スープの入った器をアイリスに渡す。


実はアイリスにしてみれば、自分より年下に見える女の子が、幼き頃から身近にあった女神様の寵愛を受けていると知って、更には寵愛を受けながらも自分より胸があることが面白くないのだ。要は嫉妬である。

自分が嫉妬していることを自覚しているが故に、素直になれず、それが態度に出てしまっているのだが、そんな事をユウヒが知る由もなく、結果として「反抗期?」と的外れな感想を抱くのだった。



「そんなに大変なんだぁ。」

「そうなんですよ。特に爵位の高いものほど、重箱の隅をつつくかのように嫌味を言ってくるんですよぉ。死ねばいいのにって思いませんか?」


何度目かの休憩中、話題は王家と貴族のものになり、その中で、アイリスが貴族たちの悪行の暴露と不満をカズミにぶつけている。

要は愚痴なのだが、聞く内容が今まで知らなかったことの為、それなりに楽しく聞いている。


「でも、王様なんでしょ?一番の権力を持ってるんでしょ?だったら、一度ガツンっとやっちゃえばいいじゃない?」

「それが出来るお父様なら、ここまで、アイツらの悪行を野放しにすることもなかったんですけどねぇ。」

はぁ、と深いため息をつくアイリス。

この国の国王は、温厚で思慮深い善良な国王様らしい。

その為国民の人気は高いが、貴族絶対主義の者達にとっては、平民に媚びる軟弱な王と陰口を叩かれ、私腹を肥やしたい腐った貴族たちからは、どうせ何もできないだろ?と侮られているという。

強権を発動すれば、それなりの効果はあるのだが、その結果によっては民に負担を強いることになるので、何とか穏便に済ませようと苦慮しているらしい。


「でもそれだけ舐められているなら、、クーデター……反乱を起こして取って代わろうっていう貴族もいたりするんじゃないか?」

一緒に話を聞いていたファルコンが、ふとした疑問を口に出す。

「はぁ、それならまだいいんですけどねぇ。お父様もよく「文句があるならいつでも代わってやるっ」っていってますし。」

「えっとどういう事?」

カズミがアイリスに訊ねる。

「簡単な事ですよ。今のままでも美味しい想いが出来るのに、誰が好き好んで苦労を受け入れるって言うんですか?」

今の国王の統治のもと、国内はすごく安定しそれなりに反映している。

そして、貴族という特権階級であれば、やりたい放題。民から搾取することも、負担を強いることも当たり前………もちろんやり過ぎれば無用なトラブルに発展するが、その辺りは為政者の腕次第で、民は文句を言いつつも従うレベルに抑えておけば、トラブルに発展のしようがない。


つまり、今の状況で十分好き放題できるのに、国王になってしまえば、他の貴族の圧力や民衆の耳目もあるので、好き放題振舞うことも出来ず、逆に何かあった時の責任も足らなければならない。

更には東に帝国、西に連合国家群という大国に挟まれている為、そちらからの干渉も避けなければならず、背負わなくていい苦労まで背負い込まなくてはならなくなるのだ。

だったら、面倒や責任は今の国王に押し付けて、自分たちは好き放題してたほうがいいと、爵位の高い樹族ほどそう思っているのだそうだ。

なんて言うか……国王様も大変だね。


「そんな状況で、稀人様たちの集団来訪と、トラブルでしょ?お父様の髪の毛が心配でしょうがないですの。」

「あー、まぁ、心配だよなぁ。」

ファルコンが思わず自分の頭に手をやる。

若くても、髪の毛の心配は尽きないものらしい。


「もうすぐ第二陣が来るからなぁ。トラブルの元は増えるだろうし。」

「まだ増えるんですかぁ?」

アイリスが少しうんざりした口調でファルコンの言葉に応じる。

「あ、あぁ。こっちの時間で言えば1か月後に第二次参入者が来ることになっているよ。一応5000人が上限になってるけど。」

「ご、五千ですかっ……どうしましょう、えごまの街にそれ程の規模に人を支える余裕は……。」

「あ、その心配は必要ないんじゃないかな?第二次募集のプレイヤー達から、『始まりの地』を選べるようになったらしいから、5千人全部が今の街に集中することは無いと思うぞ。」

「えっとファルコン、それホントなの?」

「あぁ、公式に書いてあったから間違いない。次のアップグレードから、新規プレイヤーは種族、始まりの地の選択が増えるんだ。」

「種族?」

「そう、つまりエルフやドワーフ、獣人など亜人種を選ぶことも出来るようになったらしい。それによって、始まりの地の選択が増えたんだ。」

「ちなみに増えたってどれくらい?」

2~3か所増えたって、5000人という数からみれば、大した負担軽減にはならない、そう思って訪ねてみたのだけど……。

「あ、うん30か所以上あったと思う。このカロン王国内だけでもエゴマの街をはじめとして10か所ぐらい分散してたかな?後、隣の帝国も10か所ぐらい、連合国家にはそれぞれの小国内に1~2か所ってところ。後、ランダムで、誰も居ない森の中とか、洞窟内とか魔境に飛ばされるって事もあるらしい。流石にハードすぎるから、ランダムを選ぶ奴は少ないだろうけど。」

「ふーん、でも、私達が来てからこっちの世界ではまだ3か月でしょ?それでようやく落ち着き始めたのに、そんな状況でいきなり他国って、混乱起こさないかしら?」

カズミが心配そうに言う。


「フフフ……いいんですよ。みんな苦労すればいいんです。稀人の皆さま大歓迎ですよ、他国でならどんどん迷惑かけてください。むしろ、国を潰す勢いでおねがいします。」

「あー、アイリスちゃんが闇落ちしてるねぇ。」

「ハイハイ、こっちに戻っておいで―。」

カズミが可哀想な子を見る目でアイリスを見つめる。

このままでは話が進まないので、私はアイリスを抱きしめながら頭を撫でてあやす。

「幼女同士が抱き合って……ごっつぁんですっ!」

ファルコンがなぜか手を合わせて拝んでいたのだが、最近ではそういう奇行にも慣れてきたのでスルーする。



「うぅ、取り乱してすみませんでした。」

アイリスが、恥ずかしそうに顔を伏せる。

「大丈夫よ。気持ちは分からなくもないからね。それより、そろそろ急ぎましょ?長く持っても明日には時間が切れるから、早いところ終わらせないと。」


VRギアの接続制限。

仮想現実を究極までに再現した弊害として、仮想現実の中に引きこもる者達が増加することが懸念されていた。

いくら現実と同じ様だと言っても、あくまでも仮想でしかなく、栄養を取る必要があり、排泄などの問題もあるのが現実だ。

その辺りの事を考えずに放置すれば、仮想世界に入り浸ったまま餓死するという事もあり得るため、最新のVR機器には接続時間制限というのが設けられた。

推奨限度4時間という基準が国際規格として定められ、一度ログアウトすると、次のログイン迄、接続していた同じだけのCTを置くというシステムが組み込まれることになった。

さらに言えば、上限を超え6時間を超えると強制切断され、胸腺切断した場合のCTは1日というペナルティまでが義務付けられたのだ。


しかし、他のゲームならいざ知らず、RPG系の冒険を主とするゲームではこの接続時間制限がかなりのネックになる。

何と言っても、「次の街まで馬車で1日」とかいう設定だと、1週間近く、馬車で異動しているだけで終わってしまうのだ。

かといって、移動を無くせば、途端にその世界のリアリティが薄れ、さらにいえあ、ゲーム世界の崩壊にもつながりかねない。


それらの問題を解決したのが、思考加速誘導のシステムだ。

これは、処理速度を加速し、接続したものの思考を処理速度に合わせるというシステムらしい。

これによって、処理速度の倍速分だけ体感時間として長時間ゲーム内に居ることが可能になった。

とは言っても、現在ではUSOのシステムで10倍というのが現界らしいのだが、これも技術革新によってもっと長時間が可能になるだろうと言われている。


この事が原因で、こっちの世界の人から見れば稀人(プレイヤー)たちは平均して2日程滞在した後、しばらく姿を消すという現象は「稀人だから」という事で当たり前のように受け入れられていた。


「あ、あぁ、そうですね。急ぎましょう。」

アイリスはそう言うと、気持ちを切り替えるかのように立ち上がって、先頭を歩きだす。

それを見たファルコンが慌てて駆け寄り、彼女の前に出て先頭を受け持つ。



「情報ではこの先ですよね。」

アイリスが、小高くなっている所で足を止めて地図を広げる。

「あぁ、ここから見下ろせる場所のあたりの筈だが……っつ!」

ファルコンが何気に下方を見て、息をのむ。

「どうしたの……っつ!は、早く助けないとっ!」

カズミも下をのぞき込んだ後そう言うが、気が動転しているのか、アタフタとしている。

私も下をのぞき込む。


そこには10匹ぐらいのゴブリンの集団と、それらに襲われ凌辱されている女の人の姿があった、

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