第26話 新しいクエスト
「うー、これってクエスト失敗ってこと?」
ギルドに併設された酒場の片隅で、私はテーブルに突っ伏しつつ愚痴を言う。
「ま、まぁ、そうなるのかな?」
「先に言ってくれれば、あんな恥ずい目に遭わなくても済んだのにぃ。」
私は、目の前の果実酒を一気に飲み干してお代りを要求する。
「まぁ、アレはないわーとは思ったけどね。」
そう言いながらユウヒの頭を撫でるカズミ。
ユウヒはこの街に着くと、取り敢えずはプレイヤーたちが数多くいるだろうから、と冒険者ギルドに飛び込んだのだ。
そして、扉を開けるや否や、「あんたたちいい加減にしなさーい!」と叫んだのだった。
これにはギルド内にいた人々も驚く。
突然現れて叫ぶ巨大なひよこ……もとい、ひよこ姿の幼女を見て、驚くなという方が無理というものだ。
そして、叫んだ当の本人も、様子がおかしいことにすぐ気づく。
ユウヒとしては、プレイヤーと地元民の仲は修復不可能寸前までいっており、プレイヤーが数多くいるこのギルド内では、一触即発、もしくはすでに何らかの揉め事が起きていると思っていたのだ。
それが、ふたを開けてみれば、プレイヤーと地元民関係なく、和やかなムードで談笑している酒場の客、笑顔でプレイヤーたちに対応しているギルドの職員……問題なんか何もない通常の冒険者ギルドの様子がそこにはある。
そこにいきなり乱入してきて叫ぶひよこ……。
……うん、どう見ても私の方が場違いだね。
「あ……失礼しましたぁ……。」
そう言ってすごすごと後退り、今空けたばかりの扉からそっと出て行く。
そのあと、徐にひよこ装備を脱いで普段着に着替え、カズミとシルヴィアの陰に隠れるように、コソコソと、ギルド内に再度入ると、酒場の目立たない片隅に陣取って、こうして果実酒を飲んでいるわけだった。
「おまたせしましたーって、あれ? まだ落ち込んでるのユウちゃん。」
「ユウちゃんいうなぁ。私の方が年上なんだぞ。」
「でも、誰がどう見てもそうは見えませんよね?」
笑いながら頭を撫でてくるシルヴィア。
彼女は、当初こそ一歩引いた態度を取っていたが、地の性格と、ユウヒの見た目が自分より幼い事、そしてなにより、ユウヒとカズミがすごく気さくで親しみやすい事を、この街までの道程で知るにつれ、今ではこのように打ち解けた間柄になっている。
「そんな事より、ほらほら見てくださいよぉ。ギルド証ですよ?これで私も一人前の冒険者ですぅ。」
「いや、それ一人前ちゃうから。」
嬉しそうにギルド証を見せてくるシルヴィアだが、そのギルド証の色は黒。
つまり最低ランクのGクラスであることを証明している。
冒険者には大きく分けて「見習い」「初級」「中級」「上級」と4段階に分けられていて、細かくはA~Fランクで区切られている。
A,Bランクは上級、C,Dランクは中級、Eランクは初級冒険者であり、Fランクは見習い扱いで、一般的な冒険者と名乗れるのはEランク以上からというのが一般的な認識である。
そして、シルヴィアの持っているギルド証は見習いより下のGランク証であり、いわば冒険者の仮免のようなものだ。
登録直後は、誰でも黒色のGランクから始まり、いくつかの依頼を受けてギルドポイントを貯めると白のカード、Fランクへと昇格する。
更に依頼をこなしていけば、緑のカードEランク、青のカードDランクへと次々と昇格していけるという仕組みだ。
ちなみに、Cランクは紫、Bランクは赤、Aランクは銀色のカードになる。さらにその上には金色のカード、Sランク、SSランクなどというのもあるが、それを持っているのは一握りの英雄のみと言われている。いわゆる伝説上の存在だ。
「いいんです。それより、依頼も受けてきましたから、早く行きましょうよぉ。」
「ちょ、ちょっと、待って。とりあえず、現状をファルコンが調べに言ってるんだし、それを待ってからでもいいんじゃ?」
「無駄だと思いますけどねぇ。一応、ここで何があったかは聞いてきましたよ。あ、後、私の事はアイリスって呼んでくださいね。その名前で登録してあるので。」
そうにっこり笑いながら言うと、受付嬢から聞き込んだことを話始める。
◇
その日の冒険者ギルドの中は、早朝からギスギスとした雰囲気の悪い空気が漂っていた。
正確に言えば、その日の、ではなくその日も、なのだが。
約1月ほど前、神託にあった稀人の大量来訪があってから今日まで、冒険者ギルドの中で平穏な空気が流れていたことは数日しかない。
原因は分かっている。稀人と、街の住民の確執だ。そしてトラブルの殆どは稀人達が原因で引き起こされている。
一言で言えば、稀人達は無知なのだ。この世界の事を知らなさすぎる。
知らないことは仕方がない、教えて覚えてもらえばそれでいいのだから。
そう思って街の人々も、当初は忍耐強く強力的だったのだが、稀人達のあまりにもな傍若無人な振る舞いには、我慢の限界というものもあり、一時期は稀人排斥運動なども起きて、内乱寸前までに行ったこともあった。
そんな折、稀人の中でも比較的こちらの事情を理解している人たちの決死の説得と努力によって、事件は沈静化しかけたのだが、今度は別の問題が立ち上る。
すなわち、男性の稀人達による、女性への付き纏いだ。
特に、冒険者ギルドの職員は、ギルドマスターの意向もあり、一般水準より高めの容姿を持つものが揃っているため、その歓心を買おうと、稀人達が列をなし付き纏い、お陰でギルド業務が滞りがちだ。
当然、そんな状況を黙ってみている冒険者たちではないので、必然とトラブルになる。
彼らは、昼間からたむろしているとこらから分かるように、それほど腕が立つわけでもないが、それでもDクラス、Eクラスの実績はあるので、ギルドに登録したての者達では、いくら稀人とはいえ敵うわけがなかった。
それで終わればよかったのだが、……事実、冒険者たちも、ギルドの職員たちも、これで終わったと思い込んでいた。
しかし、稀人達の成長速度は早く、半月もすれば、Dクラス冒険者と互角、もしくはそれ以上の強さを身に着け、また、その強さが自信となったのか、女の子たちへのアピールは露骨に、しかもかなり強引な者へと変わっていった。
「でね、私が聞いたその人……ネリアさんって言うんだけど、かなり綺麗な人で、そのせいで多くの稀人冒険者たちに囲まれて、結構難儀してたんだって。」
「ふぅん。でも、ギルドマスター?って人いるんでしょ?なんかの手は打ってないの?」
「一応手は打っていたの。それが、一定水準以上の容姿を持つギルド職員ってわけ。」
「それって……。」
「そう、つまり、ギルドに注目を集めさせて、街の人たちの被害を軽減するのが目的なんですって。」
「はぁ……まるで野獣ですね。」
呆れたように言うと、ふとこちらを見ている女性プレイヤーと目が合う。
その女性プレイヤーさんは、私と目が合ったのを知ると、近くの人に断りを入れてから私たちの方へ寄ってくる。
「あの、なにか?」
私は近寄ってきたプレイヤーさんに、そう訊ねる。
「あ、ゴメンナサイね。私はアイカ。二人ともプレイヤーよね?」
アイカさんは、私とカズミを見てそう聞いてくるので頷いておく。
「ごめんね、NPCって、こういい方は失礼だったわね。現地の人とパーティ組んでるのが珍しくてね。」
そう言ってアイカさんはアイリスに目を向ける。
「あ、この人ですよ、問題を解決してくれたのは。」
アイリスが、アイカを見てそういう。
「問題?」
何のことか分からず首を傾げるアイカさんに、カズミがさっき話していたことを説明する。
「で、よかったらどう解決したか教えてもらっても?」
カズミがアイカさんにそう訊ねると、アイカさんは笑って、「大したことじゃないわよ」という。
「つまりね、このゲームに参加している殆どは童貞ちゃんなのよ。」
「ど、童……。」
カズミが顔を真っ赤にする。
「あらら、あなたも初心いわね。要は、現実では女に相手にされないから、ゲーム内でって考えてるゲーム脳満載の厨二患者が多いってわけ。ここはゲームないじゃなくって異世界だって受け入れても、どこか現実味がないみたいなのよ。だから、NPC……ごめんね、あえて今はそう呼ばせてもらうわね。…NPCの女の子なら自分に惚れないわけがないって思いこんでるのよ。そんなことあるはずないのにね?」
「つまり、私達を欲望の捌け口としてしか見ていないと?」
アイカさんの言葉を聞いて、アイリスが少し怒りを込めた声を絞り出す。
「そういう人もいるかもしれないけど、まぁ、大半は恋人が欲しい、おれTHUEEからハーレムできるだろ?って思っている勘違い坊やは殆どだから大目に見てあげてね。」
アイリスが怒っているのが分かったのか、アイカさんは、宥めるようにそう言う。
「でも……欲望を吐き出すだけなら……そのために娼館もあるわけですし……。」
「あ、うん、そうね。でも、あの坊やたちはそういうのに慣れてないのよ。興味はあるけど、行ったことがないから怖いってところかしらね。だから、現地の冒険者たちにそのことを伝えただけ。それで、騒ぎはおしまい。今頃は娼館が大繁盛している筈よ。」
「はぁ……だからファルコンも帰ってこないんだね。」
カズミが、すべてわかったという様に言う。
その笑顔が何故か怖かった。
「とにかく、あなたのお陰でトラブルは解決できた、という事ですね。この世界の住人を代表してお礼を申し上げます。」
アイリスが、アイカに対して見事なカーテシーで頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、そんな大げさな……ってアレ?」
不意に表情を変えるアイカさんに、何があったのか尋ねる。
「あ、んっと、なんか称号が……『エゴマの救世主』??なにこれ?」
「あ、称号がついたんですね。その称号をセットすると、何か特殊効果が付くらしいですよ?」
「そうなの?」
アイカさんは何やらシステムを弄っているらしい。
傍から見れば、何もない宙で指先を動かしているだけにしか見えないので、怪しい動きをしている様にも見えるのだが……。
「あ、うん……なんか微妙。」
やがて、操作を終えたアイカさんが複雑な表情で顔を上げ、そして「何かあれば頼ってね」と言い残して、自分のいた場所へと戻っていった。
「なんか難しい顔してたけど、何かあったのかな?」
「んー。称号の効果が微妙だったからじゃない?」
不審に思うカズミにそう答えておく。
さっきアイカさんが称号をセットした時に出た鑑定結果。……鑑定しようとしたわけじゃなく、勝手に鑑定が作動したんだからね。
その結果によれば『エゴマの救世主』よる効果は、ステータスのVITに+1、エゴマの街の防衛時にはさらにVIT+4と防御力10%アップ。そして、エゴマの街の中での売買でのみ3%の効果……つまり、3%引きで物が買え、買取金額は3%上乗せされる。端数は切り上げ。後、エゴマの住民の好感度が少しだけアップする、といった内容だった。
「はぁ、それは確かに微妙よね。」
内容を聞いたカズミは、同情の目をアイカさんの去った方向へ向ける。
「そんな事より、依頼ですわ。これを受けてきましたの。早速行きましょ。」
「行きましょって……これゴブリン退治じゃない。Gランクの受ける依頼じゃないわよ。」
「そうなんですか?でも、パーティにEランクがいるって言ったら、問題なく受理してもらえましたわ。」
「Eランクって誰が……って私か。」
自分のギルド証を見て、そう呟く。忘れていたけど、確かアルファンの村での私のハンターランクはEだったっけ?それが引き継ぎされてるのかな?
「待って、待って待って。……あなた王女様なんでしょ?それなのに危険な場所に連れて行くなんて出来るわけないでしょうが。」
あまり周りに知られたくない音なので、小声で囁くように言う。
「大丈夫ですっ。幼い頃から冒険者に憧れていたんですよぉ。こんなチャンス逃すわけにはいきませんっ!それに加護を受けている皆様をお守りするのも巫女の役目ですっ!というより巫女業なんてやめて冒険したいのですよっ。」
……本音ぶちまけましたよ、この子。
それはさておき、一応最後の説得を試みることにする。
「守るって言ったって、どう見てもあなたの方が護られる立ち位置でしょ?立場的にも、実力的にも。」
「ちっちっちっ。」
アイリスは人差し指を立てて左右に振る仕草をする。
………なんかイラつく仕草ね。
「守るって言っても直接的な暴力だけじゃないんですよ。大体、ユウちゃん、この世界の常識知らないでしょ?」
「うっ……。それは……、でも、気を付けていれば大したことには……。」
「だから世間知らずって言うんですよ!いいですか、例えばそのアイテム袋、どれだけの容量が入るんですか?あー、言わなくていいです。誰かに聞かれたら不味いですからね。」
ちなみに、とアイリスは自分の持っているポシェットを見せる。
「このアイテムバックは、国宝とまでは行きませんが、王家の宝物庫に転がっていたモノです。つまり、普通じゃぁめったに手に入らない逸品ですが、それでも容量は荷馬車2台分です。国宝級に近い存在でも荷馬車5台分なんですよ?言っている意味わかります?」
アイリスの言葉に自分の、そしてカズミやファルコンに渡したアイテムバックの性能を思い出してみる。
今のスキルに制限を掛けられている私では、アイテムバックなんて作れないから、ペナルティ覚悟でリミットブレイクを使って、一時的に制限を解除したんだっけ?
でも、現状手に入る魔核は、近くに生息する一角ウサギのものしかなくて……言っては何だけど、いわゆるクズ魔石ってやつだから、そのままじゃ当然バックの魔核になんてできないから、ちょっと色々あれやこれをしたんだよねぇ。
だけど、しょせんは最下級魔核だからちょっと広めの広間分しか入らないはず。
まぁ、自分のは、魔力を余分に使う事でもう少し容量増やせるけど、それでも、荷馬車1台が限界だから、そんなに問題はないはずだけど……。
ちなみに荷馬車1台分の積載量は、大体20畳ぐらいの部屋の詰め込めるだけの量と思ってもらえればいい。
「えっと、カズミたちに渡したのは、荷馬車半分にも満たない小野田市、私のだって1台分がいいところよ?何か問題ある?」
「あり過ぎです!」
だから世間知らずって言うのよ、とため息を吐くアイリス。
「いいですか?この辺りの冒険者の中で、ベテランに入る人たちが手にしてるものが大体荷馬車1台分のものです。」
「じゃぁ、問題ないんじゃ?」
「だ・か・ら・問題だって言ってるでしょっ!この辺りの魔獣から採れる素材でアイテムバックなんて作れないのっ。だから街にもギルドにも売ってないでしょうがっ!
それなのに、ベテランが持つようなアイテムバックを持つ新人冒険者って、誰がどう見てもおかしいでしょうがっ!」
ゼェゼェと息を切らしながら捲し立てるアイリス。
「だから、そういう非常識な面をチェックして、他との軋轢を生まない緩衝材として、この常識人の私がこのパーティに必要なんです!わかりましたか?」
アイリスの迫力に押されて、私たちはただコクコクと頷くことしかできなかった。
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