第25話 巫女姫の憂鬱

「はぁ……何たることでしょう。」

私……シルヴィア=イリス=カロンは、この新しく再興されたエゴマの街の状況を見て大きなため息をつきます。

えぇ、そりゃぁもう、ため息を吐く以外に出来る事はないのですよ。


まず、元から住んでいた街の住民……というか、旧エゴマ村の住民達ですね。

代表の元村長の証言……。


「巫女様、なんですかあの稀人とかっていう連中は?村も大きくなったから、税収を増やして私腹を肥やす予定だったのに、被害者への補填で赤字ですよ。儂の悠々自適で堕落した老後はどうなるんですかのぅ?」

……アンタの老後なんて知らないわよ。

というか私腹を肥やすって公言しているあなたの方が問題なのだけどね。


代表の話によれば、稀人達は、当初、街の人の家に勝手に入ってはタンスや物入をあさって金目のものを奪っていったらしい。泥棒以外の何ものでもないが、稀人の感覚では犯罪ではなくごく当たり前のことだという。

稀人の国では犯罪者しかいないのではないかしら?


次に、奴隷商の証言……。

「今ではそんなことはないんですがね、当初稀人達が押し寄せてきましてねぇ。少女たちをこぞって買いに来たんですわ。そう、少女ですよ。ある程度の年齢の方が出来ることも多いからその分お値段の方も高くなりますでっしゃろ?だからだと思うんですがねぇ。だけど、売った直後にその少女たちから次々に訴えが出されましてね……。そうです、主人の稀人に関係を強要されたというんですよ。そして同時に、購入した稀人達からも、『奴隷がいう事を聞かない』ってクレームが相次ぐんですわ。話を聞けば、奴隷たちの訴え通り関係を強要しようとしたんだそうで。販売した奴隷はそういう用途ではないと何度も説明して、必要ならそういう用途も可能な奴隷を用意すると伝えたんですが、値段を告げたら大人しくなる人、怒り出す人様々でしたわ。まぁ、一部聞き分けのない方々もおられましたが、そういう人たちはをしたら納得していただけましてけどね。」

クククと笑いながらそう言う奴隷商。


……これだから男の人って。

稀人達も私達と変わらないって言うのは本当みたいね。

というかそういう事が目的なら娼館に行けばいいのに、バカみたい。


そして、件の娼館の証言。

さぞかし景気のいい話が聞けると思ったんだけど……。

「あら、姫巫女様。ここで働く気になったとか?……うふっ、冗談よ。イイ女はそんなことぐらいで毛を逆立てないものよ。ん?景気がいいかって?それこそ冗談でしょ?全く、全然お客さんが来ないわぁ。……ん?稀人?……そうねぇ、入口で何度か見かけるけど、中まで入ってくるのはほとんどいないわね。あの子たち、こういう場所に慣れてないみたいなのよねぇ。初心くて可愛いわよ?」

……どうやら稀人さんたちは娼館を利用していないみたいね。


他にも、街中からは、稀人達の乱暴狼藉を働く様の話題が多く入ってくる。

中には、礼儀正しく、親切で、同じ稀人からの暴力から庇った人もいるみたいだけど、それは本当に少数で……。

それでも、ある程度慣れてきたのか、最近では稀人達が召喚された直後程被害はないらしいのだが、住人たちの稀人に対する印象は最悪で、街の人々は稀人を見かけたら物陰に身を隠し、女の子は一人では出歩かず、商売人たちは、不売まではしていないが倍額以上吹っ掛けてボッタくるというありさまだった。


果たして、このような有様で、稀人達と友好的な関係を築き、元の住人たちとの関係修復の橋渡しなどという事が出来るのだろうか?

自分に課せられた使命の、そのあまりにも絶望的な現状に、シルヴィアはため息をつくこと以外できることが思いつかなかった。



「……とまぁ、そのように途方に暮れていた時に、こちらの方にお会いしたのですよ。」

と目の前の少女……シルヴィアさんが、その後ろで気まずそうに視線を逸らしているファルコンを指した。

「まぁ、ファルコンはロリコンだからねぇ。困ってる幼女を見過ごせないわよねぇ?」

「えっと、私これでも13ですのよ?幼女呼ばわりはちょっと……。」

カズミの言葉にシルヴィアが困った表情を浮かべる。

そういうシルヴィアの容姿は、背の高さは私と同じぐらい。

金髪のゆるふわウェーブの髪はいかにもお嬢様って感じ。

整った顔立ちをしてるものの、やはり幼さが前面に出てしまい、更には来ているドレスが、いわゆるゴシックロリータ系のドレスなため、可愛い、守ってあげたい、という庇護欲をそそる。

本人は13歳というが、見た目は大体8~10歳ぐらいに見える。

つまり、今の私と同じぐらいか年下に見えるので、十分通報案件として成り立つ。

最も、本当に13歳だとしても、紳士ロリコンのそしりは免れないのだけれど……。


「えっと、ファルコンがロリコンなのは置いといて、何でここに連れてきたの?」

私はファルコンを見る。

私とカズミが拠点にしているカナイの村は、特に目立つ特産物もなく、主街道からも外れている、いわゆる「辺境のド田舎」だ。

周りにはただっぴろい牧場とそれを取り囲む森しかなく、ここにきても何の意味もなさない場所であり、喧騒を嫌った私とカズミは、始まって早々にこの村に避難してきたのだ。

この村に来るまでは、ファルコンも一緒にいたのだけれど、私たちが生産スキルを上げ始めたのを見て、自分も戦闘スキルを上げるべく、設備が整っている街へ戻っていったため、直接顔を合わせるのは久しぶりだった。


「あー、まぁ、何ていうか……成り行き?」

ファルコンが困った表情を崩すこともせずに、これまでの経緯を話し出す。


「お前らから離れて街に戻った時はな、それはもう酷いありさまだったんだよ。」

「まぁ、そうでしょうね。」

このゲームを始めるにあたって、参考にしたゲームや小説、そして隼人から聞いていた話などから、ここが現実ではなく虚構の世界だという認識がある以上、トラブルが起きるのは目に見えていた。

だからこそ逃げてきたわけなのだが、予想通りプレイヤーとここの住人の間のトラブルが酷い事になっているのは、先程のシルヴィアの話からでもよく分かった。


「それでもな、一応色々説得は試みたんだけどなぁ。」

私のいう事を聞いて、この世界が現実と変わりない事をいち早く理解したファルコンは、住人との諍いが起こらないように気を付け、他のプレイヤーが問題を起こしそうになるのを目撃した時は、駆け付けて事の仲裁を買って出たりなど、積極的に行動していたらしい。

そのおかげで、ファルコンに対する住民の評価は高くなり、いわゆる「稀人は信用できないけど、アンタなら、まぁ信用してもいいか。」という感じでそれなりに友好的な関係を結んでいたというのだ。

しかし、今度はそのような状況が、他のプレイヤーたちとの軋轢を踏むことになり、そのあおりを受けて、折角築き上げた関係も敢え無く崩れるという事が起きてるのだとか。


「決定的だったのが、この間の狩りで組んだ野良パーティを行きつけの鍛冶屋に連れて行った時だったんだよ」

野良パーティというのは、ある目的のために集まった人たちと一時的に組むパーティの事だと教えてくれる。

ファルコンは、森の奥に住むゴブリンの集落を殲滅する依頼を受け、同じ依頼を受けた人たちとパーティを組んだのだとか。


「まぁ、そいつらとはそれなりに気が合ってな。悪い奴らでもないし、そこそこ仲良くやれてたんだよ。で、その依頼の最中に俺を庇ったせいで武器を失った奴がいて、そのお詫びと言うか、お礼を兼ねて、行きつけの鍛冶屋に行ったんだよ。」

ファルコンの話では、その鍛冶屋の店主は、口は悪いが気がよく、腕前もなかなかで、同じ価格で持ち手に合わせた調整をしてくれるので、武器の使い勝手が凄くよくなるのだそうだ。

まぁ、そこまでしてくれるようになるまで、それなりの苦労はしたけどな……と、自嘲めいた笑みを浮かべていたので、かなり苦労したことは分かった。


ファルコンとしては、腕のいい鍛冶を、自分を庇ってくれた仲間に紹介しよう、というそれだけのつもりだったのだが、その相手が悪すぎた。

ファルコンが連れてきた相手を見た途端、店の親父は剣を抜き、振り回してファルコン達を追い出したのだ。

そして、ファルコンに「お前さんは見所があると思ってたんだがな。もう二度と顔を見せるんじゃねぇ」と言い捨てて店の扉を目の前で閉められたのだ。


「どういうこと?はや……ファルコンは何もしてないんでしょ?」

カズミが訳わからないという顔で問いかける。

「あぁ、何かしたのは俺じゃなく、連れの方だったんだよ。」

なんでも、ファルコンを庇った大剣使いは、最初の頃にあの鍛冶屋を訪ねて行ったことがあるらしく、そこで店番をしていた娘さんを見てちょっかいをかける……というか執拗に迫っていたらしい。

なんでも、当初は可愛いNPCだなぁぐらいで冗談交じりで口説いてみたのだが、その反応がAIらしからぬほど自然で、可愛かったので、つい本気で口説き始めたところに親父さんが帰って来て、叩きだされたという事があったらしい。

それだけならまだよかったのだが、そのプレイヤーは娘さんを諦め切れずに、店の周りを毎日のように徘徊していたのだとか。


たまたま店の外に出てきた娘さんに話しかけようとし、逃がられそうになったので思わず腕をつかんだところを、たまたま帰ってきた親父さんに目撃され、さらには近くの職人たちも大勢加勢に出てきたためそこで大立ち回りをやらかすことになり、結局、這う這うの体で逃げ出すことになったのだとか。


その話を聞いて、茫然としている所に、シルヴィアが鍛冶師を訪ねてきたのだという。


「その鍛冶師さんは、この街の職人ギルドのまとめ役みたいな立場の人なのですよ。その娘さん……セニアって言うんですが、その子も可愛らしくて、職人さんたちのアイドル的存在だったんですよ。だから、職人さんたちの稀人たちに対する怒りは激しくて。ただ、その鍛冶師さんはその時点でそこのファルコン様と交友があったらしく、「稀人の中にも気のいい奴はいる」と、他の職人さんたちの抑えに回っていてくれていたのです。私もその話を聞いて、何とかきっかけを作れないかと思って訪ねて行ったのですが……間が悪かったですね」

とシルヴィアが、ファルコンの説明に補足情報をくれる。


「そんなわけで、鍛冶屋の店の前で二人して途方に暮れていたんだけどな、シルヴィが、女神のお気に入りという女の子の事を知らないか?って聞いてきたものだから、きっとユウヒの事だと思って、ここに連れてきたってわけだ。」

「ティナ様お気に入りの貴女様なら、きっとこの状況を何とかしてくれるのではないかと……。お願いです、ユウヒ様、お力をお貸しください。」

そう言って深々と頭を下げるシルヴィア。

そのまま土下座するほどの勢いだった。


「えっと、シルヴィアちゃん、頭を上げて。」

私は、頑として頭を挙げず、ただひたすら「お願いします」とだけ繰り返すシルヴィアを何とか宥めて、小さなテーブルでお茶が出来るようになるまでに1時間を要したのだった。



「で、さっきの話なんだけど、私に出来そうなことってないと思うんだけど?」

お茶を飲んで落ち着いたシルヴィアにそう声をかける。

シルヴィアが落ち着くまでの間のお世話は一緒についてきた側使えの人に任せて、その間にファルコンから、現状を色々聞いた結果、何も出来そうにないと判断してそう告げる。


ここが虚構の世界だと思い込んでいた一部のプレイやーの暴挙が原因であり、それも、ここ数日のファルコン達有志の頑張りで、プレイヤーたちの意識改革は進んでいる。

今では相手を意思のないNPCだと思っているプレイヤーはほとんどいないとのことだった。

まぁ、それはそれで別の問題を生んだのだけどね。

相手がNPCじゃない、って事は普通の女の子と同じ、現実ではただのオタクゲーマーでも、ここでなら力を示せる、だったらモテるに違いない!

……そういう謎の意識が蔓延して、気になる女の子に積極的にアピールをしだす男性プレイヤーが増えたのだとか。

女性プレイヤーにではなく、この世界の女の子に、という所がまぁ……、うん、深く考えるのはよそう。


もっともそんなのは一部のプレイヤーだけなのだけど、それだけに悪目立ちし、結果として『稀人全体』の評価として街の人々に認識されてしまう。

結局、一部のプレイヤーは稀人であることを隠して、この街に溶け込み、一部のプレイヤーは、「ああいうのは例外で、自分たちは真っ当だ」とアピールし、その事を示すように行動し、該当する一部のプレイヤーたちは『俺達の行動に何ら恥じることは無い』と開き直って益々行動範囲を広げ、そして、ごく一部の、ここはゲームの世界だと言い張る一団が、様々な犯罪行為に手を染めている……というように、なんだかんだと言ってうまく住みわけが出来始めている。


だから、これ以上は下手に手出しをすると折角安定し始めているバランスが崩れるような気がして、私としてはあまり動きたくないというのが本音だ。


『クエストよ~。「巫女姫の依頼を受けて環境改善に尽くせ」って感じぃ?』

突然シルヴィアの口調が変わって変なことを言い出す。

「えっと、シルヴィアちゃん?」

『ノンノン、今の私はシルヴィアちゃんじゃないわ~』

シルヴィアは笑顔で人差し指を建て、左右に振る。

……なんかイラつく仕草よね。っていうかこの喋り方……。

「ひょっとしてティナ?」

『ピンポーン!大正解~。』

パチパチパチパチ……と手を叩くシルヴィア=ティナ。

やっぱイラつくわ、この駄女神。

『何か言った?』

「何も言ってないわよ。それよりクエストってどういう事よ?」

『クエストはクエストよ?シルちゃんを手伝ってあげて。』

「だから、手伝うも何も、今の状況で何をしろっていうのよ?」

『それを考えるのもクエストよん。それに、ユウヒちゃんはこの依頼断れないよねぇ?』

ニマニマしながら言うティナ=シルヴィアに、私は何も言い返すことが出来ない。

現状では、ティナからの依頼は受けざるを得ないのだから。


『じゃぁ、そう言う事で、あとはよろしくねぇ~。』

ティナはそう言って、現れた時と同じように唐突に、その気配を消す。


「えっと……ユウヒさん、その……、何と言っていいか……。」

「あ、うん、シルヴィアちゃんは何も悪くないわ。」

申し訳なさげに俯きゴニョゴニョと呟く少女に声をかけ、私は元凶へと視線を向ける。

「悪いのは、シルヴィアちゃんをここに連れてきたアイツだからね。」

私の視線を受けて気まずそうに視線を逸らすファルコンだった。


そして、この時点で私の平穏な生産スキル上げの生活は、一時中断をせざるを得ないのだった。


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