第24話 ログイン1週間経って……

プレイヤーたちがログインする約3か月前の事、世界を震撼させる神託が全世界に向けて降された。


『今より三月の後、異界の扉が開き、そこから多数の異邦人が訪れる。彼らをどう扱うか?大いに頭を悩ませるがよい。』



某日、某A王国……


「……これ以上、話し合っていても時間の無駄ですな。王よ、如何なされるおつもりですか?」

大臣の一人が、先程からの話し合いに加わらず、一人黙している国王へと声をかける。

「ウム……、様子見……じゃな。」

国王の言葉にその場にいた者たちの騒めきが大きくなる。

「静まれいっ!王の御前であるぞっ!」

国王の横にいた近衛隊長の一喝により、その場に静寂が戻る。

そのタイミングを見計らって、国王は再び言葉を紡ぐ。

「皆の言い分は分かっておる。しかし、圧倒的に情報が足りぬのじゃ。情報不足の今の状態では、そなたらの言うとおり、ここで話していても時間の無駄というもの。幸いにも、稀人達が現れるのは隣国のとある地方だという。であるならば、我が国への影響が出始めるのにいささか時間がかかるであろう。その間に、出来る限りの情報を集めるのじゃ。」

王のその言葉を区切りに、集まっていた人々は、各々の役を果たすべく、その場から立ち去っていく。

残された国王は、誰にともなしに呟く。

「稀人の大量発生……厄介な神託が降りたものよのぅ。」



某日、B帝国……。


「フン、神託だと?いまさら何を騒ぐ?」

玉座に座った皇帝は、目下の人々に侮蔑の目を向ける。

「軍務卿サージェスよ、わが帝国の骨子は?」

「ハッ。『力を見せよ!力無き者は黙って従うべし。それに抗うのであれば、やはり力を見せよ!』でありますな。」

名指しされた体格の良い男が、頭を上げ、自信に満ちた視線を皇帝に向けながら告げる。

「その通りよっ。俺とて力だけですべて解決できるとは考えておらぬ。しかしだ、力無き者が何かを成そうとしてもできぬのも事実。その稀人達とて同じことよ。力を示し、立ち向かうのであれば友として扱おう、我と我の臣下に逆らい、被害をもたらすのであれば敵として認めよう。恭順し、従うのであれば臣下として迎え入れよう。何もせず、ただ通り過ぎるのであれば、放っておくがよい。」

皇帝は、手にした剣先をトンッと床につく。

軽やかな仕草ではあったが、剣先が床を突いた途端に、部屋の中が軽く揺れる。

「ただし、情報収集は怠るな。解散!」

皇帝の一言で、集まった人々は、一斉に挨拶を返し、一糸乱れぬ様で次々と玉座の間から立ち去っていく。


玉座の間から誰もいなくなったところで、背後に控えていた一人の若者が口を開く。

「稀人って強ぇのか?」

「さぁな。強き者もいれば弱き者もいる。お人よしを通り抜けるほどの善き人もいれば、悪鬼より酷い悪しき者もいる。それは稀人に限らぬ。稀人とて我らと変わらぬ人間であることの違いはない……。初代皇帝の残した言葉だ。」

「へぇ。じゃぁ、ジィちゃん、ちょっと行ってくるわ。稀人が集まるというカロン王国へ。」

若者はそういうと目も止まらぬスピードでその場から走り去っていく。

「フン……。場所もわからぬだろうに。アヤツはもう少し考えることを覚えるべきじゃな。」

皇帝は、ニヤリと笑みを浮かべた後、陰に徹する者に、若者の護衛を申し付ける。

とはいっても、命の危険がない限りは好きにやらせろと伝えるのを忘れない。

絶対的な権力を要し、その厳しさ故に人々から恐れられる皇帝ではあるが、やはり孫には甘いおじいちゃんなのだった。



某日、カロン王国、王宮のテラスにて……。


「……といった感じでエゴマの村……いいえ、街は予定通りの改修が進んでおります。」

報告を終えた少女が一息つくように、目の前のティーカップを手に取る。

「フム……。我が王国内に多数の稀人が現れる……いい事なのか悪い事なのか。」

「良きにつれ悪きにつれ、混乱が起きることは間違いがありません。少なくとも、今までのようにはいかないことは確かですわ。」

少女は飲み干したティーカップを戻すと目の前の壮年の男……国王に向かってそう告げる。

「ただ、稀人様たちの持つ力、知識など得るものが大きいのも確かです。稀人様たちが最初に訪れるのが我が国の領地でよかったですわ。他の国に先駆けてそれらを得る機会があるのは喜ばしいものと考えましょう。」

「フム、シルヴィアよ。そなたのそのいつでも前向きな思考を羨ましく思うぞ。」

「いやですわお父様。褒めてもなにも出ませんわよ。私は姫巫女として、出来る事をやっているだけです。それに来訪される稀人の中には我が女神様のお気に入りの方が見えるそうです。そのような方がおられるのであれば、決して悪いようにはならないと思いますわ。私が前向きに見えるというのであれば、ただそのことを知っているからにすぎないのですよ?」

「成程な。女神ティナ様のお気に入りの稀人殿か……。しかしティナ様には感謝してもしきれぬ。全世界に向けた神託より先に、神託を下ろしてもらったおかげで、こうして準備を整えることが出来るのだからな。」


『そう思うなら、受け入れを頑張ってね。』

突然、目の前の少女から、娘のものとは違う声が聞こえる。

「ティナ様ですか?いきなりは心の臓に悪うございます。」

「あーゴメンねー。シルちゃんとは波長が合うからついついねぇ。あ、お茶貰える?」

シルヴィアの身体に降りた幼女神のティナが軽い感じで、お茶のお代りを要求する。

傍に控えていた侍女は、シルヴィアとは幼少の事からの長い付き合いなので、ティナが降りてくるをの度々目撃している。

だから、ティナの傍若無人な態度も要求の慣れたもので、さっとお代わりを入れた上に新しいお茶請けのロールケーキを目の前に差し出す。

『おー、サラちゃん。わかってるねぇ。』

ティナは大喜びで、さっそくロールケーキを頬張る。


「して、ティナ様、今回などのようなご用向きで?」

『ムグムグ……。あーうん、一応謝っておこうと思ってねぇ。』

「ティナ様が謝罪?いったい何を?」

『ムグムグ……ゴクン。えっとね、今回の件の事。ホントはこんなことになる筈じゃなかったんだけどねぇ。他の神々の干渉を抑えきれなくてね。稀人と言っても、実際は我儘なお子様と変わりないから、迷惑かけること間違いなし。うん、絶対迷惑かけるね。女神が保証するわ。』

「嫌な保証ですな。」

国王は大げさにため息をつく。

初めて、娘のシルヴィアに女神が降臨されたときは、驚き、戸惑い、心配もしたものだが、シルヴィアの成長と共に年に十数回という頻度で降りてくるようになり、娘の身体への影響も穂飛んだないと知ると、驚きや怖れより、呆れの方が大きくなり、今ではそれなりにフレンドリーな会話が出来るようになっている……と国王自身は思っているのだが。


『とにかくね。稀人だからって遠慮しない事。勿論ね、相手の無知に付け込んで利用しようなんてのは論外だけど、同じように、相手が犯罪を犯す様なら断固たる態度でしかるべき罰を与える事。要は、他の人と一緒ってことよ、わかる?』

先程からティナが延々と、稀人に対する心得というものを語っている。

国王はそれにただ頷くのみである。

『まぁ、そういう事で宜しくねっ!』

ティナは言いたい事だけ言うと去っていく。


「……うー、また全部食べられてしまいましたわ。」

ティナが去って意識を取り戻したシルヴィアが、空になったお皿を見てうー、う-と唸る。

「まぁ、食べたカロリーは全部お嬢様のものになりますけどね。」

テーブルの上を片付けながら、侍女のサラがぼそりと呟き、その言葉がシルヴィアの胸にグサリと突き刺さる。

「そうなのよぉ~!美味しいもの食べられずに、その反動だけ押し付けられてぇ……ティナ様のバカぁっ!」

「一応ティナ様から託を与ってますよ。『体重が気になるなら加護をあげるよ~ん』ですって。よかったですね。」

「お断りしますっ!ティナ様の加護を受けたらこれ以上成長しないじゃないですかっ!」

「あら、可愛らしくていいのに。」

「サラ、あなたはそんな立派なものをお持ちだからそう言えるんですよっ。くぅっ、これが持つべきものの余裕ってやつですかぁっ!」

唸るシルヴィアを余裕の笑みで躱し、片づけをして去っていく侍女のサラ。

「サラっ!私にもロールケーキをっ!結果だけ押し付けられるのは嫌ですっ!」

侍女が呆れた顔で持ってきた山盛りのロールケーキとクッキーを泣きながら食べるシルヴィアだった。


◇ ◇ ◇


「……あーきーたーぁ。」

ガシャコン……ガシャコン……。

「……。」

「あーきーたぁーのぉっ!」

ガシャコン……ガシャコン……。

カズミの独り言?に機織り機の音だけが応える。

「……。」

「だぁーかぁーらぁー、飽きたのよぉっ!」

ブンブンブンっと私の肩を掴んで揺さぶるカズミ。

カズミがそういうのも無理はない。

カズミは、先日採ってきた麻から糸を紡ぐ作業を、私はその糸を機織り機で布にする作業を、もう3日も同じ事を続けているのだ。


「なら交代する?」

3日も続けたおかげで、カズミの裁縫スキルの熟練度はRGクラスまでは上がっているはずなので、機織り機も十分に使いこなせるはず。そう思って声をかけたのだけれど……。


「違うのぉっ!そういうことじゃなくて!もうこんなチマチマしたこと耐えられないのっ!」

「裁縫スキル上げたいって言ってたのカズミなのに。」

戦っていれば自然と上がっていく戦闘系のスキルとは違い、裁縫に限らず、生産系のスキル上げは、カズミの言う「チマチマ」したことの繰り返しだ。

特にスキルレベルが低い間はできることも限られているから同じことの繰り返しになる。

生産系スキルを好んであげたがる人はマゾと言われる所以だ。


「じゃぁ、別の事やる?」

「うんやるっ!すぐやるっ!今やるっ!」

カズミは早速戦闘用の装備を身に着け、私の手を引く。

「ちょっと待ってよ。」

私は別の生産系スキルあげのつもりで言ったんだけどなぁ。

このUSOの世界では、作成できるものは多いけど、中級以上の物になると、別の生産系のスキルが必要になることが多い。

だから生産系を目指すのであれば、複数のスキルを同時に上げていくのが効率がいいんだけど……。


私は仕方がなく例のひよこ装備を身に着ける。

これしか戦える装備がない……というより、この装備よりいい装備ってそう簡単に手に入らないから、しばらくはこの装備一択なのだ。


「私ねぇ、最近モンスターを倒したがる人の気持ちがわかってきたのよねぇ。」

目の前に迫るイノシシの突進を躱しながら、すれ違いざまに首筋にナイフを突き立てる。

突進の勢いが止まったところで、その眉間にナイフを突き立てると、イノシシはその生命活動を終えて、その場に倒れ込む。


「だったら、解体も覚えようね?」

私はカズミが倒したイノシシの首を掻き斬って手頃な木の枝にロープを引っかけて吊るす。

その足元には、見る見るうちに血だまりが出来ていく。

この勢いなら1時間も吊るしておけば大丈夫だろう。

そう思いながら私は皮を剥ぐ作業に取り掛かる。


「ん-、でも解体はちょっと生々しすぎて……ね?」

「言いたいことは分かるけど、そういう考えが今の状況を招いているんだよ?」

「うん解ってるんだけど……。ってちょっとそのままこっちに迫ってこないで。怖いよ。」

そう言って顔を青ざめさせながら、ジリジリと後退するカズミ。

「怖いって……酷いよ。」

「酷くないよぉ。自分の姿をようく考えてよぉ。」

イノシシの血で全身血まみれになったひよこが、解体包丁を持って迫ってくる……。うん、中々シュールだ。

シュールで怖くはあるけど……これも全部解体を私に押し付けたカズミが悪いと思うの。


「……カズミの晩御飯はお肉抜きね。」

「あー、ゴメンナサイゴメンナサイ。お肉下さい、ユウヒの牡丹鍋サイコーです。」

態度を一変させて、血まみれのひよこの足元に縋りつくカズミ。

そこまで卑屈にならんでも……と思いつつ、晩御飯を餌に解体作業を手伝わせる。

カズミは終始嫌な顔をしていたが、これも狩った者の務め。


カズミのように、現代日本に生きる多くのプレイヤーたちは、解体することを嫌がるものが多かった。

倒したそのままでギルドに持ち込んでいた者達はまだマシな方で、討伐部位のみを切り取って後を放置していくものたちが大半だった。

それほど時間を置かずに、現地の狩人たちが発見した場合は、その人たちがしかるべき処置をしてくれるので大丈夫なのだが、そうでない場合が殆どで、それが原因の問題が起きていた。


放置されている獲物の肉を求めて、本来であればもう少し奥にいる筈の強い魔獣が出てくる。

腐敗した肉や臓物が放つ毒が風に乗って近隣の村を覆い、体調を崩したり病気になったりする者達が多く出る。

肉につられてやってきた魔獣の群れが、それだけでは足りぬと、近隣の村を襲う。

等など、魔獣による二次被害が拡大し、それらの解決のために村人たちはギルドへ依頼する。

ギルドで依頼を受けた冒険者(プレイヤー)たちが、倒した魔獣を放置して二次被害に原因を作る……、といった負のスパイラルが出来つつあり、そのことを知った現地の住人達から、稀人(プレイヤー)へ対する態度は明らかに悪くなっていた。


中には、「知らないのだろうから教えればいい」と言ってくれる住人もいたのだが、悲しいことに、そういう忠告を素直に受け入れることのできるプレイヤーはほんの一握りだった。


結果として、この世界に稀人が現れてから1ヶ月と少し……プレイヤーたちから見れば1週間ほどたった今では、始まりの街であるカロン王国のエゴマの街を始めとしてその周辺の村では稀人に対する排斥運動が起き始めていた。

とはいっても、稀人の保護は王命であるため、表立って傷つけるようなことはなく、ただ、相場で売買できない……売る時は安く値切られ、買う時はぼったくられる……とか、こちらから話しかけても冷たい態度で応じられたり、無視されるとか、といった感じではあるが、居心地悪いことこの上ない。


流石に冒険者ギルドでそういうことは少ないが、それでも対応は事務的で、依頼に必要な情報も、こちらから訊ねない限り教えてもらえることは少ない。


ただ、そのような事も全体に対してであって、ここに現地の人たちと友好的な交友関係を結んでいる者達も少なからずいて、その人たちのお陰で全面的な排斥活動へ至ってない、というのが現状だった。


「カズミ、後2頭は倒してね。これだけだと、村の人たちへの御裾分けが足りないからね。」

「えー。もう疲れたよぉ。」

カズミはうんざりとした顔を向けてくるが「じゃぁ戻って糸紬の続きやる?」ときくと、「イノシシはどこよぉ!」とすごい勢いで森の奥へ駆けて行った。

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