第21話 優姫、キャラメイクをす……る?

「はい、優姫、あーん。」

「あーん。」

口を開けると、和美が程よく覚ましたスープを運んでくれる。

別にイチャイチャしてるわけじゃない。

ただお世話をして貰ってるだけだ。

なんせ、今の私は首から下がピクリとも動かないんだから。


カフェテラスに突っ込んできたトラックから、和美を庇ったのはいいものの、まともに衝突した私は、それはもう、口に出すのも憚れるような状態だったらしい。

それでも辛うじて生きていたのが奇跡だと言われ、回復を絶望視されながらも治療を受けていた。

だが、奇跡はそこで終わらず、私の身体はみるみるうちに回復していく……私の意識が戻らないままに。


それでも、和美の献身的な介護がさらなる奇跡を呼んで、私はこうして目覚めた……という事になっているらしい。

まぁ、親父殿とママ様は『筋肉を鍛えていたおかげよ!』と言って山ほどのプロテインを差し入れてきたのだが。


「じゃぁ、マッサージするね。」

食事を終えた後、食器などを片付けた和美は私の上体を起こし、腕や手の先などを丹念に揉み解していく。

寝たきりで弱った筋肉に刺激を与えることで活性化させるのと、マッサージをすることで神経に刺激を与え、脳細胞との間にパスをつなげ、身体を動かせるようにするため……の筈なんだけど。


「ねぇ和美。」

「なぁに?」

「何でお胸ばかり揉むのかなぁ?」

「だって、一番感じるところでしょ?」

「……私お嫁にいけない身体にされてる?」

「大丈夫よ。私がお嫁にもらってあげるから。」

和美はそう言って私の頭を撫でてくる。

実際、和美にはお世話になりっぱなしの上、私のすべてを見られ、触られているため、今更胸を揉まれることぐらい大したことではないのだが、それでも大和撫子としての慎みは持ちたいのよ。


「あのなぁ、目の前で百合百合されると、眼福ものではあるが居場所がないんだが?」

それまで、石のように黙っていたもう一人の見舞客が、我慢しきれなくなったかのように口を開く。

「あれ、隼人、いつの間に?」

「最初からいたよっ!」

「ごめーん、モブ過ぎて気づかなかったわ。」

「おのれっ、気にしていることをっ!」


相変わらず仲がいいなぁ。

私は、他愛もないやり取りを続ける和美と隼人を、いつものように優しく見守る。

すると、帰ってきたんだなぁ、という実感がわく。

今となっては夢でも見ていたんじゃないかと思えるけど、隼人が持っているを見ると、夢じゃなかったんだと思い知らされる。


隼人が今日ここにいるのは、の説明をするため……らしい。


『アルティメットスキル・オンライン』


パッケージにはそう書かれており、そのデザインを占める中央に描かれている女神は……デフォルメされているが、間違いなくティナだ。

その周りに、シドーやディアドラと言った、見知った神々の姿も描かれていて、ソレが『神々の遊戯』に関するものだというのは間違いない。

これって、絶対、あの遊戯神が関わっているんだよね。

あの時、ケイオスが言ってたことはこのことだったんだと納得をする。


「と、取り敢えず、話を進めてもいいか?」

隼人はゼェゼェと息を切らしながら言う。

相変わらず、舌戦では和美に分があるようで、敗色濃厚な隼人は話題転換を試みる。


「まぁ、今日はそのために来たんだもんね。」

和美も、一通り言い合って満足したのか、その話に乗る。


「もう終わりなの、夫婦漫才。」

「「夫婦ちゃうわっ!」」

二人の声が重なって、室内に響き渡った。

……ほら、相性ピッタリじゃないの。



「……でだ、この『アルティメットスキルオンライン』……略してUSOだけど、オープンは三日後に控えている。プレイできるようになって、まごつかないように、事前レクチャーするために今日は集まってもらったわけだが……。」

「集まってもらったって……隼人が無理やりついて来ただけじゃ?」

「いいのっ!集まってもらったのっ。って言うか、俺だって見舞いぐらいは来たいんだよっ。」

「素直にそう言えばいいのに。「ねぇ~。」」

私と和美は顔を見合わせて笑う。


「とにかくだ、二人ともVRMMORPGの基本ぐらいわかっているよな?」

「「わかりませーん。」」

私と和美の声が綺麗にハモる。

「そもそも、そのぶいあーるなんたらって、何するもの?」

「はぁ……、そこからかよ。」

隼人は大げさなくらい大きなため息をつく。

「簡単に言えば、仮想現実御世界で冒険したりするんだよ。」

「あのゲームみたいに?」

和美は国民的RPGのタイトルをあげる。

国民的というだけあって、ゲームに疎い私や私でも、タイトル名や、なんとなくどうするものかなどは知っている。


「そうそう、それを自分たちで体験するんだよ。……ってか、これを見てもらった方が早いか。」

隼人は小型のプロジェクターを取り出し、追ってきていたノートにつなぐ。

そして、上体を起こしてはいるものの、まったく動けない私に見やすい位置に画面を映し出す。

和美は私の横に座る。

私の位置が一番見やすいので、横に来るのは当然と言えば当然なんだけど……。


「何で抱き着くかなぁ?」

「抱き着きたいから。」

……いいけどね。

和美ってこんなに甘えただったっけ?

「全部優姫の所為だからね。」

私の呟きに、むくれた様に言い返す和美。

全部私が悪いらしい……理不尽な。


そんなことを言い合っているうちに準備が出来たようで、画面に映像が浮かび上がる。


『私はゲームマスターのエマ。皆さんに新しい世界をお届けします。』


そんな言葉で始まったUSOの紹介ムービー。

それはいいんだけど、あの人って遊戯神のエマグだよね?

画面の中のエマグは、滔々と、新しい世界の魅力を、時折動画を混ぜながら語っていく。

その映像は、控えめに見ても秀逸で、和美はすでに夢中になって画面に見入っていた。


『とまぁ、このような感じで、新しき世界に皆様を誘うことが出来る事を喜んでいます。』

『お聞かせいただきたいのですが、このゲームの最終目標とかは決まっているのでしょうか?』

画面はいつの間にか質疑応答の場面に代わっていて、記者らしき人がエマグに質問を投げかけていた。

『その質問に答える前に一つこちらからも質問させていただきましょうか。あなたの人生の最終目標はありますか?』

エマグの問いかけに、その記者は何を聞かれているのかわからないといった風情で呆然としている。


『答えることが出来ませんか。……まぁ、誰しもが明確な人生設計を組んで歩んでいるわけではないですからね。つまり、先ほどの問いの答えがこれです。これはゲームであってゲームではないのですよ。いわば第二の人生を送る場所とでも言いましょうか。この世界はゲームの世界ではなく、新しき世界です。そこに住む人々は、あなた方と同じように命を育み、物を消費し、日々を生きているのです。プレイヤーの皆さまは、いわば、その地に訪れた異邦人。現地の人にない能力を少しだけ持っていますがね。プレイヤーの皆さまは、その世界で起きる問題を解決して名を上げるもよし、農作業や鍛冶、大工などに勤しんで、生産の喜びに目覚めるのもいいでしょう。勿論、何をするでもなく、のんびりと日がな一日を過ごしても構いません。その世界で何をし、何を成すかは、すべてプレイヤーさん次第です。

あっと、犯罪行為はお勧めできませんね。かなり重いペナルティがありますから。……。


画面の中のエマグはUSOの世界は新しい世界だという事を何度も強調していた。

リアルの世界と同じように、何をするにも自由……もちろん自己責任において。

そして、リアル世界で犯罪を犯せば罰せられるように、USOの世界でも犯罪者は法に照らし合わせた刑を受けるが、中には奴隷落ちや死罪などもある。


「死刑になったプレイヤーはアカウント削除ってマジかよ。しかも、再登録不可ってペナルティ、キツイよなぁ。」

「バカねぇ、犯罪をしなきゃいいだけでしょ。大体死刑になるほどの犯罪をゲームの中と言ってもやる方が間違ってるわよ。」

「和美のいう事はもっともだけどさぁ、ほら、こういうののお約束で、貴族とか王族と関わって、その上で不敬罪、とかで首切られることだってあるんだぜ?」

「そっか、中世ヨーロッパレベルの文化がベースだと、そういう事もあるのか。……だったら目立たないように生きて行けばいいんだよ。」

「バカかぁ?そんなんで面白いのかよ?俺は冒険者として名を上げて見せるぜ。英雄王に俺はなるっ!」

「ひでおの王様?なんか弱そう。」

「バッカっ!ひでおじゃなくてえいゆうだよ、え・い・ゆ・うっ!世の中のひでおさんに謝れっ!」


隼人と和美が、いつものように楽しそうな会話を繰り広げている。

それはいいんだけど……。

「えっとね、和美。さすがに耳元で大きな声出されるのはつらいんだけど。」

「あっゴメン。優姫を仲間外れにしてたわけじゃないのよぉ。」

そう言いながらギュっと抱き着いてくる和美。


「あ、そうだな。ところで、優姫ちゃんはVRギア大丈夫なのか?」

ばつが悪そうに表情を赤らめながら、隼人が話題を変えてくる。

病院内で、そういう機器の使用の許可が下りるかどうかが不安だったけど、聞いてみたらあっさりと許可が下りた。

「ウン、なんかね、私の治療費って名目で、世界各国から膨大なお金がこの病院に振り込まれてくるんだって。なんか怖いから、他人に迷惑を掛けない限りは私の我儘は全て通すことにしたって、看護師さんが教えてくれたの。

「なにそれ、こわっ。」

「世界中って……。」

和美と隼人の顔が引きつる。

……うん、そうだよね、そういう反応になるよね。

私は、親友二人が、ごく真っ当な反応を示したことに心から安堵した。


「じゃぁ、今日の本題だ。キャラメイクやっちまおうぜ。」

隼人が、VRギアを取り出しながら言う。

さっきの話は聞かなかったことにするらしい。

「そうね。」

和美が頷いて、バックの中から私の分と自分の分のVRギアを取り出し、片方を私の頭に装着する。

装着と言ってもヘアバンドみたいなものなので、まったく違和感はない。

後は音声入力でログインすれば、このギアが、外界情報を遮断してUSOの世界へと誘ってくれるらしい。


「キャラメイクにあたって、今現在わかっていることと注意点を伝えておくな。」

隼人が自分のギアを装着しながら言う。

何でも、気の早いプレイヤーが、キャラメイクが出来るようになった2日前から様々な検証をしていて、その結果を隼人は昨日一晩かけてまとめたらしい。


「まず、キャラクターを構成する要素に、ステータス、スキル、ジョブ、称号がある。そのうち称号については、最初はだれもついていないから細かいことは分かっていない。ジョブについても、そういうのがある、というのがわかっているだけで、現段階では何もわからないから、この二つについては無視していい。だから重要なのはステータスとスキルなんだが、USOはレベル制ではなくスキル制だから、スキルの方が重要だと俺は見ている。」

「「レベル制?スキル制?」」

私と和美の声が揃う。ウン、考えてることは同じだね。

「そこからかよ……なんて説明すればいいんだ……。」



隼人の話では、初めてUSOにログインすると、USOの世界を旅するためのアバターの製作が求められるらしい。

とはいっても、基本ベースはリアルが反映されるらしく、外観で弄れるのは、髪形や髪色、瞳の色、肌の色ぐらいらしい。

顔の輪郭や各部のサイズも多少は変更できるが、慎重で±5㎝、そのほかは±1㎝がリミット。何でも、リアルと大幅にかけ離れると操作に不具合が出るんだって。


それからステータスについて。

ステータスは、「力」「体力」「知恵」「精神力」「器用さ」「素早さ」「運」の7つの基本パラメータと、「HP(ヒットポイント)」「MP(マナポイント)」「攻撃力」「防御力」「魔力」「魔法抵抗力」「命中率」「回避率」の8つの二次パラメーターの15の数値から構成されている。

そのうちキャラメイクで触れるのは基本パラメーターの7つ。

触ると言っても、リアルから割り出された基本値がすでに決まっていて、そこに定められたボーナスポイントを割り振る、ってだけなんだけどね。


この『リアルから割り出された』って言うのが曲者で、頭のいい人は知恵が高く、運動が出来る人は力が体力が高いなどと、個人差がかなりある。

どうやって調べたのかって、みんなは大騒ぎしているらしいけど……まぁ、神様のやることだから、そういうものでしょ。


そしてその基本パラメーターをもとに2次パラメーターが生成される。

力や体力は、HPや攻撃力、防御力に影響を与え、知恵や精神力は、MP山力、魔法抵抗力に影響を与える。器用さや素早さは、命中率や回避率に影響し、運はランダムに各パラメータへ影響を与えるんだって。

ここで生成されたパラメータに、装備やスキルなどの補正が加わったのが最終的なステータスとなるんだって。


レベル制の場合、経験値が溜まるとレベルが上がって、それに伴って基本パラメーターが上がっていく……つまり、装備やスキルがなくてもレベルが上がれば上がるほど強くなっていくけど、スキル制だとレベルがないから基本パラメータはそれほど変化がない。

その代わり、得たスキルによる補正が大幅に関係してくる。だから、効率的なスキルの習得と熟練、そして組み合わせが大事なんだって。


私たちは、隼人の話を聞きながら、結局、やれば分かる、という隼人の言葉で、説明を打ち切り、さっそくログインすることにした。

隼人は、『考えるな、感じろ』などと言っていたけど、説明が面倒になっただけだと思う。


そして今、私の目の前には、見慣れたアバターが映し出されている。

そう、私の感覚ではつい数日前まで1年半ほど過ごしていた身体……。

「はぁ……予想はしてたけど……マジですかぁ。」

私は現実から目を背けるように、そのアバターから目を逸らし、パネルに映し出された数値を見る。

……うん、見なかったことにしよう。

私はすぐさま、スキルの画面にパネルを切り替える。

そこには、すでに習得済のスキルと習得できるスキル一覧が表示されるのだが、まだ始めてもいないのだから、そこに表示されるのは『習得可能なスキル一覧のみ』の筈。

だけど、何故かいくつかのスキルが習得済の中に存在している。

全部グレー表示にはなっているけど、『採集』や『調合』など身に覚えのあるものばかりだった。


結論、私に出来る事は今の段階では何もない。

私はがっくりと肩を落としてログアウトしたの。

こういうのって「チート」って言うんだっけ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る