第20話 とぅ・びぃー・こんてぃにゅーど?

……優姫、優姫?起きてよ。


う、うーん……もう少しだけ……。


……起きないと悪戯しちゃうぞ?


……和美の悪戯ならおーけー。


……和美ちゃんじゃないけど、悪戯しちゃうわよ。

お嫁に行けなくなっても責任は取らないわよ。


「何する気なのっ!」

私は慌てて跳び起きた。


『うーん、とりあえず、シドー好みの筋肉ムキムキかな?ほら、あっちで準備してるし。』

「……ゴメンナサイ、もう起きたので悪戯はナシで。」

私は速攻白旗を上げる。

筋肉ムキムキになったらそれこそお嫁にいけない。

……まぁ、ママ様みたいに普段から偽装できるようになれば別なのかもしれないけど。


「えっと、所でここは?……ミリィさんは無事なの?」

辺りを見回すと見覚えのある真っ白な空間。

何の特徴もない、というか何もない真っ白な空間に見覚えも何もないのだが、ここは、最初に優姫が神々と会った空間だと思う。


『彼女は大丈夫よ。森の中を彷徨っていたから、街の入り口まで運んでおいたから。』

「ならよかった。……私がここに居るって事はもう終わりって事?」

『そうとも言えるし、そうじゃないともいえるわ。』

「どういうことですか?」

疲れた顔でそう言うテリーヌに聞き返す。


『それは俺から答えてやろう。』

ケイオスが横から口を挟んでくる。

相変わらずのイケヴォだった。

『まずは優姫よ、よくやった……イヤ、やり過ぎた。』

ケイオスが少しだけ呆れた口調で褒めたたえて?くれる。

「えっと、よくわかりませんが、ありがとう?」

そういう私を少し悲しげな顔で見てくるケイオス。

いや、笑ってるのかもしれないけど、カエルの表情なんてわかんないわよ。


『とにかく、だ。優姫がよくやってくれたおかげで遊技は順調に進んでいた。いたのだが……。』

……あ、これイカン奴だ。

苦渋に満ちたような根性をにじませるケイオスの声を聴いて、私の心が警鐘を鳴らす。

「ゲーム終了なら、私はもういらないですね。はいさようならです……ひゃんっ!」

私は踵を返して立ち去ろうとしたところで、ディアドラに捕まる。

『まったく、こんないいもの持ってるくせに、誰一人として落とせないなんて、何やってるのかなぁ。』

「ひゃん……だ、ダメですぅ……揉まないでぇ……。」

『ディアドラぁ、お痛はダメだよぉ。』

ティナが介入してきた隙に、私はディアドラの手から逃れる。


『何言ってるのよ。ティナ、あなたが優姫ちゃんをこんなんにするから、一般的な恋愛感情じゃなく紳士が増えるんじゃないのよ。』

『だからと言って、あの指輪シリーズはないでしょー。無理やりは良くないわよ。』

『無理やりじゃないわよ。アレは後押しするためのものなのよ。』


『あー、話を続けていいか?』

女神二人の言い合いをスルーしてケイオスが私に聞いてくる。

この状況では私は頷くしか道は残されていなかった。


『簡単に言えばだな、お前さんの活躍のおかげで、まわりが盛り上がってしまってな、勝手に参加しようとする者達が増えたんだよ。』

「勝手にって……いいんですかそんなこと?」

『ホントはよくないな。しかし、止める前にエイトやランジェ達が参戦してしまっただろ?アレのせいでな、止めるのが難しくなってしまったんだ。』

「そうなんですねぇ。」

『とはいっても、無制限に混乱を引き起こすだけで美しくない。』

「……それ、混沌神あなたが言ったらダメな奴じゃぁ?」

『……とにかくだな、優姫一人では恩寵も受け止めきれぬし、何より多様性が失われる。』

……今、誤魔化したよね?


『そこでボクの登場ってわけ。』

背後から、声が聞こえる。

振り返ると長い金髪の少年?の姿をした神様の姿があった。


『奴は遊技神のエマグだ。』

ケイオスが彼?の紹介をしてくれる。

「あ、初めまして。優姫です。」

私は深々と頭を下げる。

『………それだけ?』

「えっと、何か気に障ることでも?」

『いや、だってね、新しい神だよ?今まで何の接点もなかったのに、意味深に表れた新キャラだよ?何かあるでしょう?お約束というかそう言うのがっ!』

「あ、あぁ、質問しなきゃいけないんですね。では、あなたは少年ですか少女ですか?」

私が遊戯神の言いたいことを理解して質問をぶつける……が、何故か、彼?は頭を抱えて蹲っていた。


『違うんだぁ、違うんだよぉ。ここは『あなたはなにものなのっ!』とか『味方だと思っていいんだよね?』とか『これから私に何をさせるのっ!』とかいうもんなんだよぉ。それに対してボクが意味深な笑いをしたり謎の言葉を残すのが様式美ってやつでしょう。分かってないよぉ。この子何にも分かってないよぉ。』

膝を抱えてぶつぶつ言う遊戯神。

えっと、なんかゴメンね?


『だから言っただろう。優姫一人では限界があると。お主の求める様式美も、多様性があればこそだ。』

『……うん、よくわかったよ。じゃぁ、ボクは計画通り進めていくね。』

エマグはそう言い残してその場から消え去る。


「えっと何がどうなって……。」

『フム、まぁ時間が残り少なくなってきたから、奴の事は後日だな。それより、これからお主を返すが、何かきいておきたいことはあるか?』

「返すってアルファンの街に?それとも……。」

『元の世界に決まっておろう。』

「ちょ、ちょっと待って、そんないきなり……。」

『変化はある日突然やってくるものだ。何も問題はなかろう?』

「問題あるよっ!せめてマリーさんやミリーさんに一言だけでもっ!」

突然のお別れは仕方がないにしても、せめて一言位は挨拶をしておきたい。

立つ鳥跡を濁さず……それが大和なでしことしての生きざまよっ……たぶん。


家の事情で海外暮らしが長かった優姫は、間違った日本人観を憧れの大和なでしこに求めているのに気付いてなかった。


『まぁ、優姫ちゃんの言いたいことも分かるけどね、今からあの世界に戻すことは難しいのよ。すでに優姫ちゃんを元の世界に戻す様に起動しているからね。』

「でもっ!」

『うん、わかってるって。声と映像だけなら何とかなるから……そこで待ってて。』

ティナはそう言って私の前に何かの装置をおく。


『はい、それがマイクとカメラになってるから、それに向かって話しかければ、相手に声と姿が伝わるわよ。』

「そうなの?……えーっと、ユウヒです。皆さん聞こえてますかぁ?」

私はティナに促されて装置の前で喋る。

だけど何の反応もない為、本当につながっているのかどうかわからない。

「これ本当につながってるの?大丈夫?」

『仕方がないわよ。双方向は無理だったんだから。それより、いまのも全部向こうに聞こえてるわよ。』

「えっ、あっ、そうなの?……ゴホン。改めまして、ユウヒです。こちらからの一方通行で、そちらの声は聞こえないんですけどねぇ、ちゃんとつながってるって信じて喋りますね。そこにはマリーさんはいるのかな?ミリィさんは無事戻れたのかな?色々心配なこともあるけど、もしそこにマリーさんやミリーさんがいないのなら伝えてくださいね。ありがとう。とても楽しかったって。……。」


◇ ◇ ◇


「ユウヒっ」

「ユウヒちゃんっ!」

壁に映し出されたユウヒの姿を見てマリーたちは口々に叫ぶ。

『……一方通行みたいなので勝手にしゃべりますね。』

しかし、こちらの声は届いていないようだった。

それから壁に映ったユウヒはいなかった時の事を話しだす。

それは概ねミリィの語った事と同じだった。

ただ、ミリィが語った内容ではユウヒが無双していたはずなのだが、ユウヒの話では、何故かそのことが割愛され、ミリィが活躍していることになっていた。


『……って感じで、ミリィさんが地龍を倒したんですよぉ。凄いですよねぇ。ドラゴンスレイヤ-ですよぉ。』

「だから地龍はドラゴンじゃないって。」

ミリィが聞こえないと思いつつも映像に向かってツッコミを入れる

『あ、そうそう、ミリィさん、あの指輪は美の女神ディアドラが戯れに作った玩具だそうです。使い方に気を付けてくださいね。』

ユウヒが何気に爆弾を落とす。

女神が作ったもの……つまり神級の指輪ゴッズ・アイテムをミリィが持っているというのだ。

一同がミリィに視線を向ける。


「あ、いや。……そのことは後で。それよりもユウヒちゃんよ。なんか薄くなってない?」

壁に視線を戻すと、確かに光が薄くなっている。


『あ、そろそろ時間?……そうなの?ウン……。』

映像の向こうではユウヒが誰かと話しているらしい。

『ゴメンね、そろそろ時間切れだって。私は女神様の都合で勝手に連れてこられて、やっぱり女神様の都合で帰らされるの。だからね、皆さんとはこれでお別れなのですよ。マリーさん、ミリィさん、レムさん、厨房のマスターに受付のお姉さん、それからアルファンの街であった皆さん、短い間でしたがとても楽しかったです。幸せな時間をありがとう。またいつか会う事が有れば、その時もまた温かく迎えてほしいな。

最後にマリーさん、ありがとう。マリーさんと一緒に暮らした日々はお姉ちゃんが出来たみたいで楽しかったよ。私がいなくなったからって、お酒飲み過ぎないでね。大好きだよ、お姉ちゃ……。


優姫の言葉が終わらないうちに、ぷつっと映像が途切れる。

「ユウヒっ、ユウヒっ……。」

何見映し出さなくなった壁を叩きながら泣き叫ぶマリーさんの声が部屋中に響き渡った。


◇ ◇ ◇


「……大好きだよ、お姉ちゃん。」

優姫の眼に、いつの間にか大粒の涙が浮かんでいた。

『ハイハイ、時間切れ、終了~、撤収~!』

その雰囲気をぶち壊すような能天気なティナの声が聞こえてくる。

しんみりとした雰囲気を好まないユウヒとしては、そのティナの能天気さに救われたと感じた。


『ハイハイ、じゃぁ、私はあっちのフォローしてくるから、優姫は気を付けて帰ってね。』

ティナはそう言い残してその場から姿を消す。

「あ、うん、バイバイ。」

あっさりとした物言いに、優姫はあっけにとられ、ティナの消えた虚空をボーっと眺めていた。


『ボーっとしているところ悪いが、そろそろ送り返すぞ?準備はいいか?』

シドーが声をかけてくるけど……準備って?

『それは、心の準備だろう?お前さんは事故で寝たきりなんだ。今迄みたいに自由に動き回れないんだぞ?』

「えっ。そんな事になってるの?」

『そうだ、その事も含めてお主に伝えておく事が有った。』

ケイオスが声をかけてくる。

このタイミングで声をかけてくるって、どうせろくなことじゃないに違いない。


『いい話と悪い話、どっちから聞きたい?』

「悪い話から。」

どうせ聞かなきゃいけないなら、先に悪い方を聞いておいた方が精神的に楽だわ。

『ウム、ではいい話からしようか。』

「悪い方からって言ったでしょっ!何聞いてんだこのくそガエルっ!」

はッ、思わず……ダメよ、大和なでしこはいついかなる時も冷静沈着で美しい言葉を心がけるのよ。

「私の言ったことが聞こえなかったのかしら?イケヴォカエルさんは声は良くても耳はお悪いのですね。」

『いや聞こえておったぞ。しかしあげて落とすのが様式美というものなんだろ?だからいい話からするべきだ。』

「だったら最初から聞くなっ!」

私の魂の叫びはスルーされ、ケイオスの言葉が続く。


『まず、お主の身体の事だが、全身裂傷による大量失血、圧迫による全身粉砕骨折に、内臓破裂と、生きてるのが奇跡という状態だったのだが、今はもうほぼ完治しておる。あとひと月ほどは寝たきりになると思うが、その後のリハビリ次第で、すぐに元の生活に戻れるだろう。』

「そうなんだ。確かにいい話よね。」

というより、良く生きてたよね私。

聞いてるだけだと死んでてもおかしくない……と言うか普通に死んでると思うけど。


『フム、次の話に繋がるのだが、実はコッソリとこっちの世界のポーションを使った』

私の疑問に答えるケイオス。

確かにこちらの世界では重症者も一瞬で直すことが出来るポーションも存在するけど……素材が希少でかなりお高かったはず。

「まさか……。」

私はポーション事情と、『悪い話』という言葉であることに思い当たる。


『ウム、御主に使ったのはハイエリクサーだ。ティナの奴はワールドエリクサーを使おうとしたのだが、さすがにそれは止めた。』

ワールドエリクサーとは、どんなケガも病気も一瞬で治し、死後一定時間内であれば蘇生も可能という神級のポーションであり、作成するための素材も、聞いたこともないような超レアものばかりで、存在すら疑われる伝説の万能ポーションだ。


「えっと……いやな予感しかしないんですけど?」

『ウム、御主の勘は中々優れておるの。想像している通り無償提供ではない。』

「やっぱりぃっ!……ちなみにおいくらほど?」

『ウム、白金貨30枚というのが相場だが、御主には色々世話になっているからな。原価計算のみで白金貨1枚ってところか。』


「は、白金貨っ!」

白金貨1枚は金貨100枚に相当する。

そして金貨1枚を日本円に換算すると約百万円。

つまり、私の治療に使われたポーションは、原価呑みにまけてくれたとはいえ、1億かかっていることになる。

『本来であれば払えたのだろうが……残念だ。取り立てに関しては後日な。』

「ちょ、ちょっと待っ……。」

私の言葉が不意に途切れ意識が暗転する。


……借金はイヤぁぁぁぁぁぁ~~~!


私の魂に叫びが虚空へと響き渡った……かも知れない。



◇ ◇ ◇


「借金はイヤぁぁぁ!」

自分の叫び声で思わず目を開ける。

目の前にはドアップの和美の顔……。

「えっと、あれ……ここはどこ?……\あれ?身体動かない。」

「優姫?」

「あ、うん、おはよ、和美。」

「優姫、優姫、優姫っ!」

和美が泣きながら抱きついてくる。

困った。抱き返したり頭を撫でてあやしてあげたいけど、指先一つ自由に動かない。

「えっと、泣かないで、和美。」

私はすぐ芝にある和美のほっぺにチュッと口をつける。

それぐらいしかできないのだ。


「優姫ぃ、起きてくれてよかったよぉ~。」

感極まった和美に私の口が塞がれた。

なんで??





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