第19話 ユウヒのいない街
「手の空いてる探索者に招集をかけてっ!急いでっ!」
アルファンの街の探索者ギルドは常ならぬ喧騒に包まれていた。
影の支配者と噂される受付嬢のマリーの様子がただ事ではない。
これはヤバイことが起きている、と何も知らない探索者ですら、ギルド内に足を踏み入れた途端そう感じるのだった。
「マリーさん、こいつらはどうする?」
警備隊の隊長が足元に転がっている筋肉質の三人の男を指しながら訊ねる。
ユウヒをダンジョンに連れ出した「土と光」のメンバーだ。
街の入り口でオロオロとしているところを、不審に思った警備隊が任意同行と称して連れてきた。
「これ以上は聞いても無駄のようだから、好きにしていいわよ。そのあと、ギルド憲章2ノ3条に抵触する行為をしたペナルティとして2ヶ月の鉱山労働があるから、そのように手配をしてね。」
「わかった。……オイっ。」
隊長は近くにいた衛兵に声をかける。
隊員達は、心得たとばかりに、手早く男たちを引き起こし、連れ出していく。
「手荒なことするんじゃねぇぞ。」
「わかってますって。大丈夫、ユウヒちゃん特製のポーションがどれほどのものかを、こいつらにも知ってもらうだけですから。」
「ウム。」
「兄貴ぃ、どうするよぉ。」
「狼狽えるなバカ者。俺達のは筋肉がることを忘れたか。」
「筋肉は裏切らない……。」
怯えつつ訳の分からないことを口走る三人を、衛兵たちが連れていく。
この後は手厚い尋問を受けることになるだろうが、ある意味自業自得だ。
何といってもこの街のマスコットに手を出したのだから。
「じゃぁ俺も行くぜ。まだやらねばならんことがある。」
そう言って踵を返す隊長の背にマリーは声をかける。
「逃げた男は必ず捕まえてね、生死は問わないけど……出来れば生かしたままで連れてきて頂戴。」
「無論そのつもりだ。……簡単に死なせる気はねぇ。」
カランカラーン……。
隊長の背を見送り、しばらくぼーっとするマリー。
そのマリーに声をかけるギルドの女性職員。
「あのぉ、マリーさん。」
「なぁに、レム。ポーションの在庫の整理終わったの?」
「えぇ、そちらはすでに。それよりギルド憲章2ノ3条って、なんでしたっけ?」
「……あなたねぇ、ギルドで働いてるんだから、ギルド憲章ぐらい覚えておきなさいよ。」
呆れた声でそう言うマリーだったが、レムのそのボケた、ほんわかした雰囲気で、張り詰めていた空気が緩むのを感じる。
自分でも知らないうちに、気を張り詰め過ぎていたことを知り、マリーは反省しつつ、レムの問いに答える。
「ギルド憲章2は、主にダンジョン内における決まりの事ね。その中の3の項目は『ダンジョン内での他者への攻撃を禁ず』というものね。これは、目の届かないダンジョン内で好き放題させると、犯罪の温床になる恐れから作られたものなのよ。」
「あぁ、そうですねぇ。誰も見ていないダンジョン内に連れ込んでしまえばやりたい放題。最後に殺してしまえば死体はダンジョンが処理してくれる。後は、ダンジョンで魔獣にやられたって報告するだけで済みますもんね。」
「そう、だからギルドカードには、戦闘記録が残されるようになって、そういう犯罪はすぐにわかる様になってるんだけど、抜け道は色々あるからね。」
「代表的なのが『トレイン』ですね。」
「そうね。アレは、故意かどうかの判断がつきにくいから、トレインを引き起こした者はいかなる理由があっても罰則を受けることになってるわ。」
マリーの言葉を聞いて、なるほどーと頷くレム。
「それで、今回の場合はどうなんです?」
レムの再度の問いかけに、マリーは顔をしかめる。
「難しいところね。何と言っても証言が片方のみしかないから。」
「えっと、ユウヒちゃんが忠告を無視して勝手に行動を起こし、罠にかかった……でしたっけ?」
レムが先程の筋肉たちの言い分を思い出しながら言う。
「そうね。アイツらの言い分はそう言う事になるわ。そしてそれが通れば、アイツらは無罪放免……よくて未成年を黙ってダンジョンへ連れ出したことへの叱責のみよ。それも、ユウヒちゃんが正規の探索者として登録してあるからあまり有効ではないしね。」
「正規の探索者なら、基本的に自己責任ですもんね。」
「そう言う事。ただね、あのミリィがついていて、迂闊な事が起きるわけがないのよ。ユリーズのメンバーはパーティランクこそ実績が少ない為にDランクだけど、個々の実力はCランクの上位ぐらいはあるからね。」
「となると、やっぱりあの逃げたカバゴリラが?」
レムは、昨日トラブルを起こしていた男の事を思い出す。
「えぇ。あの三人の話では、入ったばかりの新人だけど、斥候の腕は確かだって言ってたからね。裏の技術を持っていてもおかしくはないわ。」
通常、斥候役として活躍している探索者は、レンジャー協会というギルドにも属していることが多い。
というのも、斥候に必須な能力……例えば誰に知られることもなく情報を集める為の、隠密や隠蔽と言った姿や気配を隠す能力。例えば、複雑な罠を解析・無効化し、どのようなロックも解除する能力。それらを補助するために鍛えられた探知能力や暗視能力、鑑定眼などは密偵や暗殺など、裏稼業を生業にしている者達の必須能力であるともいえる。
だから、そういう後ろめたいことは無いと証明してくれる公的な機関がレンジャー協会であり、ない腹を探られない為にも、斥候能力を持つ者はこの協会に登録しているのである。
とはいうものの、それはあくまでも建前であり、実際には、裏稼業から足を洗って、もしくは兼業で探索者として活躍している者達が多い。
探索者ギルドとしても、腕のいい探索者は歓迎であり、先に述べた理由から斥候能力を持つ者は、神官ほどではないにせよ希少なので、公な犯罪行為がない限りは黙認しているのが現状だった。
もっとも、それだけに犯罪行為が明るみに出れば情け容赦なく断罪をするのだが。
「……ユウヒちゃん、ぢ丈夫ですよね?」
「えぇ、あの娘の前では北のダンジョンに出る程度の魔獣なんか相手にならないわ。何と言っても、あの市の山脈で1年近く暮らしていたのよ。その内、「ただいまー」って暢気な顔を見せてくれるわよ。5階層ボスの首を手土産にしてね。」
実はこの時、ユウヒたちは5階層どころか、もっと奥地の階層ボスと戦っているのだが、そんな事を知る術もないマリーたちは、ユウヒが上の階層に向かっていることを信じて疑っていなかったのだ。。
「そ、そうですよねっ。それにミリィさんもついてますし」、大丈夫ですよね。」
マリーの言葉に、元気を取り戻したように言うレム。
実はユウヒが来るまでは、ユリーズのミリィと言えば、ギルドの受付嬢、特に年若い娘たちの憧れであった。
力では男性に劣ると言われる女性のみで構成されているにもかかわらず、他の男性パーティに比肩する成果をあげ、男性に媚びず女性に優しい。
その実態は、ただの女の子スキーな集団なのだが、それでもなお、このアルファンの街では絶大な人気を持っているのだった。
余談ではあるが、パーティ内では見向きもされないミリィが、ギルドの中では一番人気であることを、ユウヒも、当の本人にミリィでさえも知らない事実だった。
◇
「マリーさん、ポーションの在庫が……。」
レムが恐る恐るマリーに声をかける。
ユウヒがいなくなってから既に10日が過ぎようとしている。
ユウヒ捜索の任に当たっている探索者たちは5階層の壁を突破できずにいて、あがってくる報告は芳しくないものばかり……そのせいで、マリーの姿は日に日に窶れ、それに反比例するかのように、その眼光だけが鋭さを増し、迂闊に声を掛けられない雰囲気を醸し出している。
「え、あ、あぁ……。ポーションはユウヒちゃんに頼りっきりだったもんね。街の錬金術師に協力をお願いしてきて。」
レムが話しかけたことによって、少しだけ場の空気が和らぎ、周りにいた職員たちがほっと息をつく。
「はい分かりました。……その……マリーさんちゃんと寝てますか?」
レムは返事をした後、ためらいを振りきるようにおずおずと声をかける。
再び空気が凍り付く。
周りの職員は、余計なことを!とレムに抗議の視線を向けるが、レムは気づかない。
レムが気にしているのは、厚めの化粧でも隠しきれていない、マリーの疲労の影だった。
「……寝てるわよ。毎晩ぐっすりとね。今日も寝過ごしちゃうところだったわ。」
嘘である。ユウヒがいなくなってからはロクに眠ることが出来ていない。
それでも休まないと体がもたないことは分かっているので、薬で無理やり睡眠をとっているのだ。
「そうですか。ならいいのですけど……。」
色々言いたいこともあったが、マリーの眼を見て何を言っても無駄だろうと思い言葉を飲み込む。
「じゃぁ、私は街へ行ってきますね。」
「えぇ、行ってらっしゃい。」
魔りーは扉を潜り抜けていくレムの背中を見送りながら、ここにはいない一人の女の子の名前を呟く。
「ユウヒ……無事だよね。無事に帰ってらっしゃい。」
カランカラーン。
「マリーさん、大変ですっ!ミリィさんが、ミリィさんがっ!」
出て行ったばかりのレムが慌てて駆け込んできた。
尾の後から、ユリーズのリーダー、サミーに肩を借りながら入ってくる一人の女性……ボロボロになっているが、確かにミリィだった。
「レム、奥の部屋を用意して。サミーさん、悪いけどミリィさんを奥の部屋へ。後、ユウヒの姿を誰か見てないの?」
傷ついたミリィを休ませる指示を出しながらユウヒの安否を確認するマリー。
「今、10人ばかりをミリィさんがいたという森へ向かわせている。」
一緒についてきた衛兵隊の隊長がそう声をかけてくる。
「そう。ありがとね。……ガイ、あなたも奥に来て。話を聞きたいでしょ?」
「いいのか?……お前さんがそう素直だと何か裏があるんじゃないかって疑いたくなるんだが?」
「失礼ね。私はいつも素直でしょ。ここで話をして、後で詰め所で話をするんじゃ二度手間もいいところだわ。疲れているミリィさんにこれ以上負担を掛けたくないだけよ。」
「そうだな、その意見には俺も賛成だ。少し副長に声をかけてくる。」
そう言ってガイ隊長は外で待機している副長に指示を出すために出ていく。
「誰か、ダンジョンに行っている探索者たちに、捜索は一時中止、追って指示を出すから、一度戻る様にって伝言を出して。それから、奥には誰も近づけさせないように。後で、ユリーズのメンバーが一人来るから、その人だけは通していいわ。それから……。」
マリーは次々と滞った作業に対して指示を出し終えると、後はお願い、と言って奥へと姿を消す。
ミリィが姿を現したことにより、ユウヒの生還の展望が見えた為か、ギルド内に活気が戻ってきた。
「ミリィさんの様子は?」
マリーは部屋に入るなり、ミリィの様態を確認する。
「マリ-さん、大丈夫ですよ。心配かけて申し訳ありません。」
そう答えるミリィの姿を見て、マリーは駆け寄り、思いっきり抱きしめる。
「よかった。あなたが無事でよかったわ。……あまり心配かけさせるものじゃないわよ。」
ミリィの体を離すと、少し照れくさそうにそう言う。
「ごめんなさい。……それでユウヒちゃんですが……。」
「ユウヒはどこっ、無事なのっ、無事なんでしょっ!」
「マリーさん落ち着いてっ!」
先程とはうって変わり、鬼のような形相で詰め寄るマリーを、ユリーズのサミーとクーアが引き剥がす。
「その様子だと、この街にはまだ帰ってないのか。」
「どういうこと?」
ミリィの呟きをマリーが拾う。
「まぁまぁ、ここは何があったか順を追って話してもらおうじゃないか。」
再び詰め寄ろうとしたマリーをガイ隊長が押しとどめる。
「……そうね、話してもらえるかしら。」
マリーは大きく深呼吸をして心を鎮め、ミリィの話を聞く態勢をとる。
どの様な状況でも、しっかりと公私を切り替えることが出来るこの姿勢こそが、影の支配者と恐れられつつも、ギルド職員の皆から慕われ信頼されている所だった。
「そうですね、あの筋肉たちのリーダーにユウヒちゃんが声を掛けられたところまでは伝わってますよね?」
ミリィの言葉に一同は頷く。
「どこまでご存じですか?」
「あの筋肉たちから聞き出した内容だけで言うなら、メンバーが迷惑をかけたお詫びに、ユウヒちゃんが行きたがっていたダンジョンへと連れて行ったこと。そのダンジョンの3階層の奥で、ユウヒちゃんが忠告を無視して勝手な行動をとった結果、見知らぬ罠が作動し、ミリィさん共々落ちて行った。彼らではどうしようもなく、報告するために戻ってきた……こんな所ね。」
「やっぱりずいぶん勝手な言い草ですね。事実と多少異なります。」
ミリィは三階層での出来事を話し出す。
帰還について打ち合わせをする為、少しだけユウヒの傍を離れ、その隙をついてカバ男がユウヒちゃんに声をかけ、罠に嵌めた事。
その事実を隠蔽するためミリィさんが襲われかけ、ミリィさんは反撃よりユウヒの後を追う事を選んで、閉じかけた穴に飛び込んだこと。
その先のモンスターハウスでのユウヒ無双。
上への階段が見つからずに、下へ下へと潜っていったこと。
辿り着いた先でのボスマラソン。
その先にあった地龍との戦いとその結末……。
「……そうして、私達は数日振りに地上に戻って、ユウヒちゃんと一緒に岩陰で休息をとったのよ。だけど、朝起きたらユウヒちゃんの姿が見えなくて……。」
最初は少し席を外しているだけだろうと、帰ってくるのを待っていた。
しかしいつまでたっても戻ってくる気配がなく、何か事故に巻き込まれているのでは?と辺りを探し回ること半日。
だけどいくら探し回っても見つからず、途方に暮れている所で突然意識を失って、気付いたら街の近くで倒れていて、衛兵に助けられている所だった。
「ユウヒちゃんとはダンジョンを出るまでは一緒にいたのよね?」
「それは間違いない。ただユウヒちゃんのあの強さから考えれば北の森で不覚を取るとも思えないし……。」
「ったく、ユウヒちゃんは何してるのよ。」
困惑するミリィを見ながらマリーは考える。
ミリィが無事なところから、誘拐の線は考えにくい。
常識外れのユウヒの強さであれば、森の魔獣にやられたという線も薄い。
となると自主的に姿を消したことになるけど……その理由が分からない。
マリーが頭を悩ませていると、突然、部屋の壁面が光りだす。
何事かと一同が壁を注視していると、そこに像が浮かび上がってくる。
『えーと、ユウヒです。聞こえてますかぁ?』
壁にユウヒの姿が映し出され、暢気な声が聞こえてきた。
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