第18話 過酷なボス戦!? 後編


「何なのよ一体……。まさか、ティナに文句言ったから、その報復?」

だとすれば、とんでもなく大人気ない、心の狭い女神様だ。


「ユウヒちゃん、大丈夫?」

向こうから慌てた感じのミリィさんがやってくる。

「大丈夫じゃないですよぉ。」

何と言っても、お風呂に入っているところを襲われたのだ。

避難優先したため、着替えている余裕などなかった。

もっとも、あの場で悠長に着替えていたりしたら、今頃はログハウスの爆発に巻き込まれて酷いことになっていたのだから、英断だったと思う。思うんだけど……。


「私は、今大ピンチです。一歩も動くことができません。動けって言われてもお断りします。」

自分の命と秤にかけるぐらいには、乙女の尊厳は重いのです。


「あ、えーと、夜着しかないけど着る?」

「着ます!」

私はミリィさんが差し出した布の塊を奪い取るように受け取り、素早く着替える。

下着類が無かったけど、露出はないのでとりあえず文句は言わない。

これで乙女の尊厳は守られたのだから。


「きゃ~、可愛いっ!お持ち帰りしていい?」

着替えた私の姿を見て、ミリィさんのテンションは天元突破したようで、私を抱締めスリスリしてくる。

「お触りも、お持ち帰りもダメです。そもそもどこに持ち帰るんですか?」

私は、そう言いながらミリィさんの拘束から抜け出す。

逆の立場なら、同じ事をしそうだったので、あまり強くは抗議できない。

私が着ている夜着はそれぐらいの破壊力があった。


……そうだよね、ミリィさんが今持っている夜着って言ったらしかないよね。

私は、足元に転がっていた姿見の破片に映る自身の姿を見てため息をつく。


ことの発端は、ミリィさんがログハウスで寝泊まりする事に慣れた頃に言った「夜着が欲しい」の一言だった。

流石に革鎧を着たままで寝るのは嫌になってきたらしく、だからといって装備を脱ぐと下着のみになるのでなんとか出来ないかって相談を受けたのね。

あの頃は、まだ暇だったし、素材もそれなりにあったから、軽い気持ちで引き受けたんだけど……。


「肌触りは、きめ細かいシルクのように……」

「夜着とはいってもいつ襲撃を受けるかわからないから防御力を……」

「快眠のためには、防寒、耐熱は必要だと思うんだよ……」

などなど……。

私が製作できると知ったあとのミリィさんの注文は多岐にわたった。

というか細かく我が儘な注文が多く、それが延々と続くので……、結果、私はキレた。

肌触りはともかくとして、夜着に防御力を求めるのはどうなのよ?


え?冗談?それで済むと思ってるの?

キレた私を止めれる者は居ない。

私は創造神エイトと芸術神ランジェの恩寵をフルに発揮して最高の夜着を作った……作ってしまった。

たまたまではあったが必要な素材も揃っていたのも悪かった。


ベースとなる布地は、山で集めたスパイダーシルクを使用。

最高位のスパイダーシルクに魔力通せば、最大級の耐刃効果を発揮する。

そこに、やはり山で集めたコカトリスの羽毛を練り込むことで、保温効果をあげる。これは内部の温度を一定に保つ為、防寒だけでなく耐熱効果も期待できる。

更には素材特有の効果として耐麻痺、耐石化の能力がついてしまった。

そして、その布を使用し、時折ミスリル糸を使いつつ要所要所に魔石を埋め込みながら魔力障壁の魔法陣等を編み込んで作り上げた夜着。


軽くて薄くて、それでいて刃を通さず、夏は涼しく冬は温かい。

埋め込まれた各種の魔法陣によって、フルプレート並みの物理防御力と、宮廷魔道士クラスの張る魔法結界並の魔法抵抗力を持ち、いくつかの状態異常を防ぐ、全身を隙間なく覆う夜着……ぶっちゃければ着ぐるみパジャマ(ひよこ)が出来上がった。

ひよこの着ぐるみなのは、ミリィさんにたいする嫌がらせ以外の何物でもない。

この可愛い着ぐるみを着て、羞恥に悶えるが良い。


その出来上がった着ぐるみを見たミリィさんは、その場で土下座をして謝罪してきたけど、私は許さずにそれを押し付けた。


まぁ、使用素材の価格だけでも金貨数十枚はする上に、付与されている効果を見たら、白金貨数枚分の価値がある国宝級の夜着なんてもらっても困るよね?

ウン、わかってて押し付けたの。

ちなみにランジェの恩寵をフル発揮してるから、ひよこの可愛らしさは悶絶物だし、自爆機能も当然付いてるわ。


色々悩んでいたミリィさんだったけど、結局は大切にしまい込み、夜は下着姿で寝ることに決めたようだった。


別に普段使いしていいんだよ?ミリィさんの革鎧より防御力あるし。

えっ、弓が握れない?

チッ、それは盲点だったわ。

今度作るときは、ちゃんと考慮するからね。

え、作らなくていい?……遠慮することないのに。


その夜着をミリィさんが持ち出していてくれたおかげで、私の乙女の尊厳が守られたけど、その分代償は大きかった……ウン、自業自得ってことはわかってる。

でもね、これだけは言わせて。


「私のばかぁ〜~~っ!」



「それよりミリィさんが無事で良かった。何があったのかわかる?」

私は夜着についてはあれて触れずに、ミリィさんに話しかける。

「えぇ、ユウヒちゃんがお風呂に行ったあとね、私も一緒に入ろうとしたのよ。そうしたら……。」

ミリィさんが言うには、外から何か物音がしたらしく、それを確認しようとしたところで、何かを壊すような音が響いたという。

だから慌てて外に出て、その物音の原因を確かめに行ったとの事だった。


「それで、原因は分かったんですか?」

「うん、分かった……っていうか、ユウヒちゃん、そろそろ現実を見つめましょ?」

「うぅ、認めたくなーい!」

そう、原因は目の前にいるアレだ。

あれだけの巨体は嫌でも目に入る。

………地竜。奴もこのままではジリ貧だと悟ったのよ。だから私達が回復する前に仕掛けてきたの。


「うぅ~、アイツのせいで私の全財産がぁ!」

地竜の目の前には、爆散し粉々になったログハウスの残骸。

あの様子では、中にあった魔法のバックも四散しているに違いない。

その証拠に、あっちこっちに食材と思わしき欠片が焼け焦げて、それなりにいい匂いを漂わせていた。


ちなみに爆散したのは、ランジェの恩寵のせいなのだが、頭に血が上ったユウヒにはそんなことは関係がなかった。



「よくも全財産をっ!」

私は地竜に向かって駆け出す。

その気配を感じた地竜が振り向く……が一瞬躊躇うかのように動きを止める。

……小さな黄色い着ぐるみ。それが自分に向かってくる。ある程度知性があれば、地竜でなくとも何事かと思うだろう。


しかし、その一瞬が命取りよ。

私の全財産の恨み、思い知るがいい!


私はそのままジャンプして、下から上に向かって拳を振り上げる。

見事に地竜の顎にヒットする。


「まだまだよっ!コレは儚く散った食材の恨みっ!」

私は、目の前の地竜の腹に拳を叩き込む。

何度も何度も。

その度に地竜は悲鳴を上げ、逃れようと身を捩るが、そう簡単には逃さない。


「コレは使われることのなかった装備の数々の恨みっ!」

体をくの字に折り曲げ、近づいていた地竜の首に拳の連打。

ちなみに、その装備の数々は、たとえ無事だったとしても、今後も使われることが無かったであろうことには目を背けておく。


「そしてコレは、私の命の次に大事な金貨の恨みよっ!」

拳に魔力を集めて、力の限り振り上げる。

拳は地竜の腹にめり込み、その勢いのまま宙へと打ち上げる。


「ついでに、明日の為に用意していた朝ごはんの分っ!」

私は大きく飛び上がり、宙に舞う地竜を飛び越える。そのまま下方の地竜に対し、落下の勢いを加えた一撃を叩き込む。

自然落下の加速に、上空からの一撃の勢いが加わたことによって、地面に叩き付けられた地竜は瀕死状態となる。


「ミリィさん、今ですっ!」

私は、茫然としているミリィさんに声をかける。

「えっ、あ、なに?」

「地竜を打ってください!その弓で、恨み重なる地竜を倒すのです!」

「えっ、あ、うん……。」

ミリィさんは、混乱したまま、私に誘導されるように弓を構え、魔力の矢を放つ。

その矢は見事に地竜の眉間に突き刺さり、そのダメージがトドメとなって、地竜の身体は光の粒子となって掻き消えていった。

跡には、拳よりも大きな魔石と宝箱が転がっているだけだった。


私は呆然としているミリィさんを放置して宝箱を開ける。

途端に爆発するが、国宝級とも言える着ぐるみの防御力と私の結界の前には、なんのダメージも与えない。

しかし、それは私だけだったようで、爆風のあおりを受けて、ミリィさんは後方3mほど吹き飛ばされ、中の宝は一つを除いて消し炭になっていた。


「アタタ……。ユウヒちゃん、いきなり何するの。」

「あ、ミリィさん。凄いですねぇ。地竜を倒すなんて素晴らしい!これでミリィさんもドラゴンスレイヤーですねっ!」

吹き飛ばされたことで我に返ったミリィさんに対し、誤魔化すように矢継ぎ早に声をかけ、有耶無耶のうちに地竜を倒したのはミリィさん、という認識を植え付ける。

「ちょ……地竜はドラゴンじゃないから、ドラゴンスレイヤーの称号はつかないわよ。っていうか倒したのは……」

「そんな細かいこといいじゃないですか。それよりこれが出ましたよ。」

私は、宝箱の中に残っていた指輪をミリィさんに渡す。


「これで目的も達しましたし、早く帰りましょう。ねっ、ねっ。」

私は、ミリィさんを引っ張るようにして、地竜がいた場所に現れた魔法陣へと移動する。

未だ釈然としない表情のミリィさんとともに魔法陣に乗ると、わたしたちの身体が光に包まれる。


光の奔流が収まり、周りを見回すと、そこは森の中だった。

「ここはどこでしょうか?」

残念ながら、私は付近の地形に詳しくはない。

こっちの世界に来てからずっと山奥で暮らし、街に来てからは、殆ど外に出ていないのだからしょうがない。


「ここは北の森ね。」

私と同じように周りを見回していたミリィさんがそう告げる。

私たちが入ったダンジョンのある森らしい。

「じゃぁアルファンの街は近いんですね。」

「まぁね。と言っても歩いたら半日はかかるわよ。」

「そっかぁ、じゃぁ取り敢えず一休みしましょうか。」


周りは真っ暗で夜も更けているのがわかる。

木々の合間から見える月の位置からすると明け方まではまだ3~4時間ほどありそうなので一眠りは出来そうだ。

ダンジョンの中では時間の感覚がわからなかったので、適当に休んでいたのだけど、やはり多少のずれが生じている。


「休むのはいいけど、テントも何もないわよ?」

ミリィさんが手をぶらぶらさせながら言う。

さっきの地竜のお陰で私たちは荷物の殆どを失った。

残っているのは、ミリィさんが普段身に着けている装備と、収納ポーチに入っている水とか非常食の類だけ。

私に至っては、今着ているひよこの着ぐるみ以外何もないというありさまだ。


ちなみに、ミリィさんの持っているポーチは探索者必須の標準装備で一人用テント分ぐらいの収納量がある。

必須装備なので、ギルドで銀貨1〜5枚程度で購入でき、駆出し探索者は、このポーチの購入を第一目標としている。

このポーチを持つことができて、初めて半人前の探索者として認められるらしい。


話がそれたけど、とにかく今の私は何も持っていないのだから、ここで休むと言っても心配されるのはわかる。

でもね、大和撫子を甘く見てもらったら困るわ。

伊達に1年近く山奥で暮らしていたわけじゃないんだからね。


私はすでに目を付けていた洞穴にミリィさんを誘導する。

洞穴と言っても大人が2~3人は入れそうなほどの広さでしかなく、穴というより大きな窪みと言った方がいいかもしれない。

ミリィさんに火を熾してもらっている間に適当な石を見繕う。

そしてミリィさんが持っていたゴブリンの魔石とその石を使って簡単な結界石を作る。

この程度であれば特別な道具がなくても作れるのよ。

とはいってもいいところ5~6時間しか持たないうえに強度も低い使い捨てだけど、寝ている間の防護としては充分よね。


そうして結界を張って落ち着いたところで、ミリィさんがさっきの指輪について尋ねてくる。


「ユウヒちゃん。この指輪は?」

指輪のアイテムレベルが高すぎて、ミリィさんでは鑑定できなかったらしい。

「あ、それはですねぇ、『愛浴の指輪』と言って『愛護の指輪』の上位互換みたいですよ。効果は下位互換の指輪に対する制御ってところです。」

「制御?何それ?」

「簡単に言えば、愛護の指輪など、このシリーズの下位互換にあたる指輪についている、双方通信や感覚共有などの効果を、そのまま使えるんですよ。そしてこの指輪の方が上位なので、下位の指輪に対しての支配権を持つんです。」


「支配権?どういうの?」

物騒な言葉が出てきたと顔をしかめるミリィさん。

「うーん、簡単に言えば、私がこの愛欲の指輪をして、ミリィさんが愛護の指輪をしてるとしますよね?」

「うん。」

「それでですね、その……私が……。」

口に出すのも恥ずかしくなって顔を赤らめて口ごもる。

「えっと、よく聞こえなかった。もう一度言って?」

「だからですね、私が、その……エッチな命令を出すと、ミリィさんは逆らえなくなるんですっ。」

「……エッチな命令だけ?」

「そうですよ。この指輪のシリーズには催淫効果があるから、エッチな気持ちになりやすいんですよ。その気持ちを支配するのがこの愛欲の指輪なんです。その支配力は、相手が達するまで有効です。……こんな恥ずかしいこと何度も言わせないでくださいっ!」

……ったく。この指輪を作った人はサイテーな性格よね。

……指輪を眺めながらニマニマしてるミリィさん……見なかったことにしよう。

私はミリィさんに背を向けて目を瞑る。

疲れていたのかあっという間に深い眠りへと落ちて行った。

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