第16話 幕間 次章へのプロローグ?

チュッ……。

私は眠り姫にキスをする……だけど目覚める気配はない。

「まだなのかなぁ。……ウン、焦っても駄目だよね。」


お見舞いの度に優姫にキスをする……最近の日課だ。

だって、眠り姫を起こすのは愛する者の口づけ、と相場が決まってるでしょ?

そう言ったのは、優姫についてくれている看護婦さん。……って今は看護師って言うんだっけ。


優姫の回復力は凄まじく、もうほぼ健康体と言って差し支えないらしい。

勿論折れた骨などが完全にくっつくまでにはもうしばらくかかららしいけど、それ以外では何故意識が戻らないのか不思議というレベルとの事だった。

なので、医師も「あとは目覚めるのを待つしかない」と半ばさじを投げだし、その時に看護師さんがそう言ったのだ。


それを聞いたおじ様が、優姫にキスをしようとして、おば様に殴られていたのは記憶に新しい。

でも、それを見て私は心に決めたの。

例え実の父であろうと、優姫の唇を男に奪われるのは耐えられない。だったらいっそのこと自分がっ!ってね。


もちろん、最初は凄く躊躇ったけど、これで優姫が目覚めるなら、と思い頑張った。

だけど、優姫は目覚めなかったの。

でもね、私は諦めない。こうして、毎回お見舞いに来るたびにキスを繰り返す。

最初のためらいを乗り越えたら、後は、今まで何を躊躇っていたのかと思うほど自然にキスが出来る。

だから私はありったけの想いを込めて、眠る優姫に口づけをする……早く起きて、私に笑いかけて、と……。


「じゃぁまた夕方来るからね。行ってきます、優姫。」

私はそう言って病室の扉を閉める。



キーンコーンカーンコーン……。


本日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

挨拶をして教師が出てくと、途端に教室内が騒がしくなる。

話題の殆どは、近づいてきた夏休みをどう過ごすか?という事に集約されている。

定期テストも終わって、夏休み目前の今の時期、どうしても浮ついた雰囲気になるのは仕方がない。私も去年までは、優姫と夏休みをどう過ごすかとよく話をしていたものだ。

斜め前の空席……優姫の席に目をやってから私は立ち上がる。

こんなところでぐずぐずしている暇があるのなら、少しでも早く優姫の下に帰らないと。


「和美、今帰りか?」

不意に声が掛けられる。

声のした方に身体を向けると、そこには幼馴染の深山隼人ミヤマハヤトが立っていた。

「隼人?どうしたの、珍しいわね。」

隼人は隣のクラスだ。中学の頃までは、同じクラスでもあり、苗字が『み』から始まることもあって、私と優姫と隼人は同じ班になることも多かったため、よく一緒にいることが多かった。

ただ、美人で人気の優姫の傍に、こういっては何だが、平凡で冴えない容姿のハヤトがいることは、思春期に入った男子生徒たちからは、それなりのやっかみを受けていたらしい。

そのせいかどうかは分からないが、高校に入ってからは、クラスが違う事もあり、隼人は学内では私たちにあまり近づかなくなった。

そのことを少しは寂しいと思うぐらいには、私も優姫も彼にそれなりの好意を持っている。

持っているが、それはあくまでも仲のいい幼馴染、という一線を越えることはない。

それなのに優姫は、私と隼人は好き同士だと思い込んでいるところがちょっとだけ腹立たしくもある。


「いや、この後優姫ちゃんの見舞いに行くんだろ?俺も行っていいか?」

「ホントどうしたのよ?隼人からそんな事を言い出すなんて、珍しいを通り越して、雪でも振るんじゃない?」

「あ、あぁ、取り敢えず移動しないか?話は歩きながらでも出来るだろ?」

さっきから、ちらちらと私たちの方を見る視線に耐えかねた隼人がそう切り出す。

私も、これ以上クラスメイトに話題のネタを提供する気もないので、その提案に乗り、そそくさと学園を後にする。


「優姫の身体を拭くから、少しだけ待っててね。」

私は病室に入ると、隼人にそう伝えてベッドの周りのカーテンを閉める。

これで外から覗かれる心配もないし、隼人もこの状況で覗こうとする奴ではないのだが、それでも、いつもよりは手早く優姫の身体を綺麗にしていく。

「優姫、ごめんね。次はもっと時間をかけてあげるからね。」

私は優姫の衣類を整えてベットに寝かし、布団をかけてから、カーテンを開ける。


「ホント、ただねてるようにしか見えないね。」

隼人は優姫の顔を見てそういう。

「そうね。すぐにも起きてきそうなのに……まぁ、優姫はいつも寝坊助さんだからね。」

「そ、そう言えば、おじさんやおばさんは?」

少し暗くなった雰囲気を変えるかのように、隼人が突然話題を変える。

「あ、うん、ちょっと重大な用事が出来たから、少し日本を離れるって言って、私にあとを任せて出て行ったきりよ。」

「そうか。まぁ、お前はおじさん達に信頼されているからな。……でも海外かぁ。」

「何かあるの?」

少し沈んだ声色に気づき、私は訊ねてみる。

「いや、関係ないとは思うんだけどね。」

隼人はそう言って、スマホのニュースサイトを見せる。


『シチリアで大規模な爆発!!大手マフィアの抗争か?』

『イタリアの各地で、大小さまざまな組織が摘発!?』

『香港で謎の爆発!大規模な組織同士の争い?』


等など、見出しだけでも物騒な文字が並んでいる。

軽く目を通すと、どの事件も、暴力団のアジトと思われる建物を中心に辺り一帯で爆発事故が起きている。

多くの怪我人と共に、麻薬や違法銃器などが見つかっているため、各地の警察機構の過激な一斉捜査だとか、組織同士の争いで相討ちになっているだとか騒がれている。


「そう言えば、少し前にも国内の目立った暴力団の拠点が、何者かに襲われたってニュースやってたよね?」

私はスマホを隼人に返しながらそう呟く。

「あぁ。……まさか、だよな?」

事件はここ数週間以内に立て続けに起きている。

さらに言えば、海外での騒ぎが初めて報道されたのはおじ様たちが日本を出てからだ。

私はすごーく嫌な想像をしてしまう。

隣を見ると隼人の顔を青ざめている……きっと私と同じことを考えたのだろう。

隼人もおじ様やおば様にはよく可愛がっておらっていたから、あの二人の事は、私程ではないけど、それなりに知っているから。


「……深く考えたらいけないね。」

「そうだな……忘れよう。」

「そんな事より、隼人はなんでいきなり優姫に会いに来たの?」

私は話題を変えるために、そんな話を振ってみる。

「あ、うん……。これなんだけどな……。」

隼人は手にしていたカバンから書類の束を取り出す。

私はそれを手に取り内容を読む。

そして……。


「アンタバカなの?今の状況わかってる?」

「わかってるよ……そういう反応をされるってことも含めて。」

項垂れる隼人を見て、私はさすがに言い過ぎたと反省する。

手元にある書類は、何かのゲームの説明書とそれの参加申込書だった。

隼人の分だけでなく、ご丁寧に私と優姫の分まで用意してある。

優姫が寝たきりで意識すら戻っていないのに、ゲームに参加なんて馬鹿げている、と思った反射的に怒鳴ってしまったのだが、冷静に考えれば、隼人は周りの空気を読み、状況をわきまえるタイプだ。

むしろ、やや既存の常識に当てはまらない優姫の行動に巻き込まれることの方が多い。

そんな隼人が敢えて持ってきたというからには何か意味があるのだろう。


「ごめん、ちょっと言い過ぎた。」

「いや、言いたいことは分かるから。俺だって逆の立場なら同じように怒鳴ってたと思うし。」

「ん。ありがと。……で、これには何の意味が?」

私は気にしてない、という隼人に再度頭を下げた後、話を聞くことにする。

「あ、あぁ。これは近日公開予定の、次世代VRMMOの参加登録書なんだ。」

「ぶいあーるえむえむおー?」

聞きなれない単語だ。なんかの暗号なのかな?

「んーと、仮想現実ってわかるか?簡単に言えば、その仮想現実の世界で冒険をするって言うゲームだよ。」

「ふーん、それで?」

正直、そのゲームと、優姫や私に何の関係があるのかがわからない。

いや、参加登録証があるってことは、それに参加しようってお誘いなんだろうけど、優姫がこの状態で参加など出来るわけがない。

だとしたら隼人の真意は一体……。


「このゲームな、最近ネット上で噂されているタイトルなんだけど、まだ募集もされてないのにすごい人気で、第一次プレイヤー募集の人数が5千人と推測されているんだけど、すでに3万人以上に希望者が殺到しているらしいんだ。えっ?まだ募集もされていないのに何でそんな事がわかるのかって?それはだな……。」


隼人の話では、そのゲームをするのにぶいあーる何とかの装置が必要だそうで、今メーカーが大急ぎでその装置を生産しているらしい。

そしてそのゲームが始まるのが今月末で、それまでに出荷される装置の見込みが5千台。だから、募集人数はそれくらいだろうって。


「それでな、俺も興味はあったんだが、優姫ちゃんがこんな状態だろ?それなのに俺だけがゲームで遊んでていいのか?って考えたらな、ちょっと自粛しようかなって。」

「うん。」

「だから、募集がスタートしても応募しないことに決めてたんだ。なのに昨日突然郵便が来てさ。」

隼人が持っていたリュックから何やら取り出す。

「はい、お前と……優姫ちゃんの分。」

「これは?」

私は手渡されたと隼人を交互に見比べる。

「VRギア。さっき言ったゲームに参加するために必要な装置だよ。」

「これが?でもなんで……?」

「俺にもわからねぇよ。なぜか突然送られてきたんだよ、その登録証と一緒にな。」

「大丈夫なの?最近流行ってる新手の詐欺とか?」

誰がどう見たって怪しいことこの上ない。

「俺もそう思ったよ。だけどな、夢を見たんだよ……信じてくれないとは思うが……。」

隼人はそう前置きをして、一昨日の晩見たという夢の話をしてくれる。


夢の中で、女神と名乗る女の子が話しかけてくる。

今話題の新しいVRMMO『アルティメットスキル・オンライン』に参加せよ、と。

ただし、隼人一人ではなく、必ず優姫と和美を誘って、3人で参加する事。

必要な道具は準備するので、必ず参加するようにと念を押して消えていく。

隼人は女神が消える前に、優姫の意識が戻ってないから3人の参加は無理だと訴えるが、女神は消える瞬間、その時には目覚めてるから大丈夫、と言ったという。

そして、その夢を裏付けるかのように、応募していないゲームの参加登録証と必要な機材が3人分届く。


「だからな、ひょっとしたら優姫ちゃんが目覚める兆候でもあるのかと思ったんだけどな。」

隼人はそう言いながらベッドの上で眠る優姫を見る。

「笑ってくれてもいいぜ。こんな荒唐無稽な話を信じるのかって。」

隼人は自嘲するかのように呟くが、笑えない。

私には隼人の話を笑えないだけの理由があったのだから。


「ねぇ、隼人。ひょっとしてその夢に出てきた女神様って、隼人好みの小さい子じゃなかった?フリフリの、魔法少女みたいなコスチュームの。」

「俺好みって……色々言いたいこともあるけど、確かに和美が言うとおりの格好をした小さい子だったよ。それがどうした?」

「ううん、……それより、そのゲームに参加するにはどうすればいいの?」

「ん?この書類の、ここのアドレス宛に、必要事項と、このVRギアのシリアルナンバーを入れて送信すればいい。そうしたら後日パスワードが送られてくるから、ログイン時に、そのパスワードを入力するんだけど……ちょ、ちょっとまて。お前詐欺がどうのって言ってなかったか?」

早速教えられたとおりに、必要事項を打ち込んでいく私を見て、隼人が慌てる。


「参加しろって言われたんでしょ?隼人も忘れずに登録するんだよ。」

「そりゃぁ……っていいのかよ。」

「ウン、実はね、私も見たんだ、その女神様の夢。」

私は打ち込みながらしゃべりだす。

私が見たのも一昨日の晩。

私の場合は、優姫は大丈夫だってことと、少し時間がかかってるけど、10日ぐらいで優姫が目を覚ますってことを、その女神様が教えてくれた。

消える前には、キスはほどほどにって釘刺されたけどね。

てっきり、私の希望がそんな夢を見せたんだと思ていたけど、誰にも話していないのに、同じ容姿の女神様の夢を隼人も見た。

共通する内容は優姫が近いうちに目を覚ますってこと。

それが本当であれば、隼人の見た夢で、ゲームに参加することは、優姫が目覚めるうえで必要な事なのかもしれない。

そんな私の話を聞いた後、隼人も黙ってスマホを取り出して、必要な内容を打ち込み始めた。


静かな病室の中、私たちの操作するスマホのタッチ音だけが、ピッピッと響いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る