第10話 初のダンジョン挑戦!? その1
「私、このままでいいんでしょうか?」
私は朝ご飯を食べた後、目の前の家主に聞いてみる。
アルファンの街に落ち着いて2週間が過ぎようとしていた。
当初こそ色々あったものの、最近では落ち着きを取り戻し、至って平和な数日を過ごしていた。
だからこそ、こんなのんびりしていていいのかと焦りが生まれたりもするのだ。
「今の生活がいやなの?」
「いやってわけじゃないですけど……。」
「うーん、とりあえずギルドに行きましょ。詳しい話はそこでね。」
時計を見ながら家主……マリーさんが言う。
時計と言っても、『朝』『昼』『夕』『夜』と地盤を4分割した簡易的な物であり、地球にいた時のような時を刻むものではない。
大体の時間を指す目安的な物で、これと、1日に6回鳴らされる鐘の音が人々のその日の行動の目安となる。
因みに、鐘の音は、朝日を告げる目覚めの一の鐘、仕事を始める2の鐘、お昼を告げる3の鐘、休憩を告げる4の鐘、帰宅を促す5の鐘、1日の終わりを告げる6の鐘だ。
地球の時刻に合わせると、1の鐘が朝6時、2の鐘が9時、3の鐘が12時、4の鐘が、午後3時、5の鐘が午後6時、6の鐘が夜9時といった具合だ。
勿論、季節により時差などのあるので、大体そんな感じという程度なのだが。
そして、時計を見ると、もうすぐ2の鐘が鳴る時間を指している。
2の鐘が鳴る前にギルドに行っていないと遅刻扱いになり給料から手引きされるのだ。それだけは避けたい。
折角マリーさんの口利きで働かせてもらってるんだから、遅刻などはもってのほか。
という事で、私とマリーさんは慌てて支度をし、ギルドへと急ぐのだった。
◇
「それで、人生相談だっけ?」
朝の混雑が終わり、人気も少なくなって落ち着いたところでマリーさんが声をかけてくる。
「なになにぃ?人生相談って、恋バナ?恋バナぁ?」
「レムさん、そんなんじゃないですよ。……はい、これで今日の分終わりです。」
私は、横から顔をツッコんでくるギルド受付のレムさんに、調合を終えたポーションの山を渡す。
私の今のお仕事、ポーション作り。
探索者の皆さんが大量消費するので、ポーションはいくらあっても足りない。
だからポーションが作れるという事でこうして雇ってもらっているのだけど、本来ポーションを作る人に悪いのでは?と心配になったりもする。
そのことをマリーさんに話したら、逆に大助かりだとお礼を言われているって教えてくれた。
何でも、ポーションの消費量が多すぎて作っても作っても足りないという状況だったので、調合が出来る錬金術師さんたちは、他の物を調合する暇がなかったのだそうだ。
だから短時間で大量のポーションを作る私の存在はとてもありがたいらしい。
お礼として高級調合セットを送ってくれるぐらいには……。
って言うか、これでもっとポーション作れって言われているようにしか見えないんだけどね。
私はありがたくそれを受け取り、こうしてポーションを作る日々を送ってるわけなんだけど……。
「ユウヒちゃんの恋バナ、聞きたいのにぃ!」
そんな事を言いながら、山のようなポーションを保管するために倉庫へ向かうレムさん。
500本ほどあるからしばらくは戻って来れないはず。
とりあえず面倒そうな人を一人撃退ッと。
「そうじゃなくてですね、このままのほほんとポーションを作る人生じゃお金が稼げないって事ですよぉ。」
私はカウンターの外に出て、マリーさんの前に立つ。
「私は冒険者なんですよ?こう、もっとズバッともうかる依頼をですねぇ……。」
「こんなガキが冒険者だぁ?」
不意に後ろで声がする。
振り返ると、体つきはゴリラ、顔はカバみたいな男が立っていた。
……うん、見なかったことにしよう。
「それでですねぇ、何か割のいい依頼を受けようかと……。」
「オイっ、無視する……なぁっ!?」
カバ男が私の肩を掴みかけたが、私が張っている結界に弾かれバランスを崩す。
今ではほぼ無意識で張っている結界。
私の側からは全く影響を受けずに透過するし、知り合いで敵意を持っていない人であればやはり影響を受けないので、結界を張っていること自体忘れちゃうんだよね。
「ユウヒちゃん、お待た……キャァッ!」
ガシャーン!
カバ男が倒れ込んだ先には、丁度私の方へ来ようとしていた、女冒険者のミリィさんがいた。
そして運悪く、彼女の手には、私と食べようとしていたと思われるパフェを載せたトレイがあり、当然、いきなりゴリラのような男がぶつかってこれば、その手にしている物は地面へと落ちるわけで……。
「あ、あぁっ!パフェがぁ……。」
今まで山奥で暮らしていて、そこで口にする甘味と言えば、キイチゴに似たキーゴという果実ぐらいで、それも、ほのかに甘いという程度。
砂糖などは当然手に入らず、だからジャムすらも作れない。
せめて蜂蜜を、と散々探し回ったけど、蜂そのものを見かけたことがなかった。
つまり、何が言いたいかというと、ここで出される甘味は、私がずっと欲していたモノであり、また、砂糖が高級品のこの辺りでは、パフェなんてものはそう口にすることが出来ないレアものなのだ。
ミリィさんが伝手を使って、ようやく取り寄せてくれた砂糖と各種の果物をふんだんに使ったパフェを一緒に食べようと約束した日が今日。
私はこの日を首を長くして待っていたのに……。
おのれ、許すまじ!
「マリーさん、ミリーさん、ちょっと、その人とお話してきますね。」
私は呆然としている二人に声をかけ、床に転がっているカバ男を掴み上げると、ギルドの外へと放り出し、そのまま私も外へと出て行く。
「……えっと、ユウヒちゃん、大丈夫?」
しばらくして、一人で戻ってきた私を見て、ミリィさんが声をかけてくる。
「ミリィさん……。ごめんなさい。せっかく用意してくれたのに……。」
「いいのよ。それより、大丈夫だった?」
「ハイ、ちゃんとお話ししたらわかってもらえました。」
私はそう言って革袋をミリィさんに差し出す。
「これは?」
「パフェの弁償金です。あのカバ男からです。」
「えっと……。」
ミリィさんが困った顔をしている。よく見るとこめかみに汗が一筋流れ落ちている。
「ユウヒちゃん、男の人と話すの苦手って言ってなかったっけ?」
「ハイ、そうですよ。でも、パフェの仇を取るためならそんなこと言ってられませんから。」
「そ、そう?」
「そうです。それに師匠が言ってました。「筋肉と拳は口以上によく喋る」って。だから口下手な私でも、ちゃんとお話しできました。」
「えっと……。色々突っ込みたいところだけど、あの男はどうなったの?」
「ん~、今頃は兵隊さんの尋問を受けてると思いますよ。詰め所に思いっきり突っ込んでいきましたから。」
私がそう答えると、ミリィさんは力なく笑い、こめかみを押さえていた。
その後、なぜか疲れた顔をしているミリィさんと、ジュースを飲みながら他愛もない話に花を咲かせ、お昼時になり、お客さん増えてきたところで、ミリィさんは帰っていった。
私も、ギルド併設の食堂の厨房へと移動し、皿洗いや仕込みなどを手伝う。
私の今の仕事の一つだ。
朝、ギルドに来て、ポーションの調合をする、昼の繁忙時に厨房の手伝いをし、夜の仕込みを手伝う。
空いた時間にギルドの事務作業を手伝う。
これで、調合したポーション代込みで、1日銅貨10枚。
一般的な平民の家族が1月暮らすのにかかるのが大体銀貨2~3枚だから、年齢を考慮すれば、それなりに稼いでいる方だと思う。
だけどね、そうじゃないのよっ。
金貨よ、金貨。
私が欲しいのは金貨なのっ!
「ん?嬢ちゃん、銅貨はいらんのか?給料なしでいいのか?」
「あ、すみません、いります、いります。ちゃんと働くのでお給料下さい。」
私は、少し怖い顔で睨む料理長に頭を下げ、芋の皮むきを再開する。
心の叫びが漏れていたみたい。気を付けないとね。
「はぁ……、今日も一日働きましたぁ。」
結局、あのカバのせいでマリーさんと碌に話をすることが出来なかった。
そんな事を考えていたら、タイミングよくマリーさんから声がかかる。
「ユウヒちゃん、ちょっといいかな?」
「はいはーい。ちょうどお話ししたいと思ってたんですよ。」
「そう?朝の話なんだけどねぇ……。」
そう言ってマリーさんは依頼についての話を始める。
そもそも、一度の依頼で金貨が稼げるような依頼は、それこそAランクやSランクにならないと無理というものだった。
Bランクの討伐依頼で、上手くすれば報酬+素材買取で金貨まで行くのもあるらしいが、どちらにしても、基本はパーティを組むのが必須であり、パーティーで頭割りして一人当たり金貨1枚を稼ぐのは、よほど特殊な例でもない限り無理との事だった。
「だからね、ユウヒちゃんはとりあえず採集依頼から始めた方がいいと思うのよ。そうやって依頼に慣れながらパーティメンバーを探すといいわ。まだEランクだし、ソロでの討伐は危ないけど、パーティを組めばEランクでもそこそこの討伐依頼を受けれるようになるから。」
そう言っていくつかの依頼書を見せてくれるマリーさん。
ポーション素材の薬草各種採集……1種に付き一籠銅貨1枚
植物油用の種子採集……一瓶銅貨3枚
一角ウサギの抜け毛……一皿、銅貨3枚
等など……。
他に討伐を含む依頼を見て見ると……
魔物の肉……銅貨1枚~30枚。種類・量により変動
毛皮……銅貨1枚~10枚。種類・状態により変動
一角ウサギの角……銅貨5枚
ビックボアの牙……銅貨7枚
ダンジョンバットの討伐……10匹ごとに銅貨5枚
ゴブリン退治……ヘンキの村に現れるゴブリンを追い払って。報酬は銅貨30枚~応相談
等など……。
見て見ると、討伐して素材を採集してくる依頼が多いけど、いくつかは討伐そのものの依頼もあった。
マリーさんの話によれば、危険な魔物や、増えすぎて近隣の村を襲うようになった魔物などに対して討伐依頼が出されるとの事で、緊急を要するものや危険度が高いものほど報酬もよくなるって話だけど、それでもDランクやEランクで受けれる討伐依頼は銀貨1枚もいかないことが多いので、無理せず、じっくりと実力をつけた方がいいとの事だった。
「えーと、つまりビックボアを綺麗に倒してこれば全部で銅貨40枚になるってことですね。」
ビックボアには牙が2本ある。
毛皮は綺麗に剥ぎ取れば6枚は堅いだろう。
そしてお肉。上質のオーク肉には及ばないものの、一般の平民に取ってはかなりのご馳走だ。1頭分なら銅貨20枚位はいくはず。
「えっとね、ユウヒちゃん私のいうこと聞いてた?」
「ハイ聞いてますよ?効率よく、素材が高く売れる討伐依頼がいいってことですよね。」
「聞いてないじゃないのっ!」
ちゃんと聞いてたのに、なぜか怒られた。
世の中理不尽なことが多いよね。
結局、その後散々お説教受けた後、明日はウサギ狩りをするってことで解放して貰った。
……まぁ、たまたまビッグボアと出食わしちゃったら、それは不可抗力ってやつだよね?
そんなことを考えながら、マリーさんと家に帰る。
このときの私は、あのイケヴォのカエルの神様がほくそ笑んでいることに気付かなかった……当たり前なんだけどね。
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