第8話 優姫とアルファンの街

「これは何の騒ぎだ?」

奥から壮年の男が出てくる。

ここはアルファンの街の冒険者ギルドだ。

冒険者ギルドとは、簡単に言えば各地に散らばる探索者ハンター達を取りまとめるお役所みたいなものだ。

探索者たちは、ここで登録をし、依頼を受け、報酬を受け取り、素材を買い取ってもらう。

他にも、有益な情報の売買や、必要なアイテムの販売も行っており、また、酒場兼食堂を併設している為、探索者たちの溜まり場……もとい、憩いの場になっている。


諸々の都合から門の前の広場に面していて、何か騒ぎがあっても大抵は職務に忠実なお堅い兵士たちが収めてくれるため、比較的静かな立地なのだが、今日に限っては周りが騒がしすぎる。

つまり、それは、門に駐在する兵士たちだけでは抑えきれないほどの重大な何かがあることを意味する。


「あ、ギルドマスター。実はですね……。」

この場を納めてくれると期待した目で、受付嬢がギルドマスターを見つめながら状況の説明をする。

話を聞いて、ギルドマスターは頭を抱える。

「とりあえず、その娘をここへ連れて来い。」

ギルドマスターは窓の外へ目を向け、騒ぎの原因になっている少女を確認すると受付嬢に指示した。


その少女の周りでは、この街を守るはずの兵士が十数人と、探索者たちの集団が睨み合っている。

そして、足元には、厳つい体つきの探索者や兵士たちが十数人程意識を失って転がっている。

多分、探索者と兵士たちが一度ぶつかり合ったのだろう。

そして今は膠着状態といったところか。

そんな一触即発の状況下で、中心ではその少女をギルドの女性職員や女性探索者たちが取り囲み、甘味を食べさせていた。


「はい、ユウちゃんあーん。」

「あーん……美味しぃ。」

「でしょでしょっ!」

「ミーアばっかりズルいわ。ユウヒちゃん、こっちもあーん。」

「あーん……すごいおいしい。」

「うーん、ユウちゃん可愛いぃ。」

受付のお姉さんが自分の胸元に引き寄せる。

……なんでこんなことになったのかな?……美味しいからいいけど。

私は受付のお姉さんのふくよかな胸に顔を埋めながらそんな事を考えていた。



「何でダメなんですかっ。」

「だから言ってるだろ?身分証がないものは入れないんだよ。」

「じゃぁその身分証を発行してください。」

「身分証を発行できるのは、役場か各ギルドじゃないと無理なんだよ。」

「どこにあるんですか?」

「街の中だ。」

「じゃぁ発行してもらうので入れてください。」

「だから、身分証がないと入れないんだよ。」

……さっきから同じことの繰り返しだった。


うぅ、融通が利かないんだからぁ……。

いっその事、この人たちを殴り倒して……。って、ダメダメダメっ!

考え方や両親や師匠に影響されつつあることに愕然とし、大きく首を振る。


考えろ、考えろ私……。こういうトラブルを切り抜けるためには……。

そうだ、アレがある。

私はピンと閃く。

和美とよく話をしていた、封印されし秘術を使う時が来たのよ。

そう、究極の秘儀、女の武器よ。つまり色仕掛けねっ。

ちょっと幼くなっているから、どこまで効果があるかはわからないけど、私にはディアドラが授けてくれた恩寵があるから、何とかなる筈。


私は少し俯く。

その様子に門番の表情が少し和らぐ。彼もきっと本心では私を助けたいと思っているはず。それならば、この技はきっと効果的よ。

私は両手を握りお願いポーズを作り、少し潤ませた瞳で門番の二人を見上げる。

そして……。


「ユウヒの中に入れて?お願い、おにぃちゃん。」

いい慣れてないから少し間違えた。「ユウヒの……」じゃなくて「ユウヒを……」だった。

けどまぁ、効果はあったみたいだからいっか。


周りにいたギャラリーから非難の声が上がり、場の収拾がつかなくなる。

門番の二人は、何故か顔を真っ赤にしながら慌てふためきながらも、周りのギャラリーに対応を始める。


「キミ、こっちへ。」

門の奥にいた他の兵士さんが私の手を引っ張って、街の中へ入れてくれる。

「ダメだよ、女の子が、気安くあんなことを言っては。」

「あんなことって?」

私は首をかしげながらその兵士さんを見上げる。

「そ、それは……。」

兵士さんは、顔を赤く染めながらもごもごと何か言っているがよく聞き取れない。


「おい、ラッセル。その子はどうしたんだ?」

「あ、兵士長、門で揉めていた子です。埒があかず騒ぎが大きくなったので、連れだしてきました。」

「……それはいいが、お前その娘をどこへ連れて行く気だ?」

「それは……。」

ラッセルと呼ばれた男が俯く。どうやらそこまで考えてなかったらしい。

「仕方がないな、俺が連れていく。」

「連れていくってどこへ?」

「グっ……どこでもいいだろ?」

「そんな……。」


「オイオイ、いかがわしい場所へ連れ込もうって考えてるんじゃないのか?ヘンタイ……じゃなかった兵隊さんよぉ。」

兵士長とラッセルのやり取りを見ていた、探索者らしき男が、兵士長の肩を掴む。

「あんっ?バカな事を言うな。公務執行妨害と侮辱罪でしょっ引くぞっ!」

「やれるならやってもらおうじゃねぇかよっ!なぁっ?」

いつの間にか兵士長たちの周りを探索者たちが取り囲んでいる。

「くっ……誰かっ!手の空いている者はここへっ!」

兵士長が呼子を鳴らす。

すると、周りからわらわらと兵隊たちが駆け寄ってくる。

「隊長、どうしました?」

「また、こいつらですか?」

「殺っていいんですかい?」

「その女の子、可愛い。兵士長の彼女?」

「嫁にもらっていい?」

集まってきた兵隊たちが、何事かと兵士長に口々に訊ねる。

中には場にそぐわない発言があった気もするけど……うん、私は何も聞こえなかったよ。

……というか、何でこんな騒ぎに?


「今のうちに……。」

兵士たちと探索者たちが睨み合っている間を縫って、ラッセルが私をその場から連れ出そうとしてくれたんだけど……。

「きゃぁっ!何すんのっ!」

私は思わず殴り飛ばしてしまった。

だって、いきなり私の二の腕を掴むのよ?

和美がね「女の子の二の腕はおっぱいの柔らかさと同じなんやで~」って言ってたのよ。

ってことは、この人、私のおっぱいを掴んだのと同義ってことでしょ?

うん、殴り飛ばしただけで許す私のおおらかさに感謝すべきね。


ただ、私の行動が、火付けになったみたいで、あっちこっちで兵隊さんと探索者さんの殴り合いが始まっちゃったのよ。

えっと、……どうしよ?

どうしようもなくてしばらく眺めていると、女性の探索者さんが声をかけてくれたの。

「お嬢ちゃん、大丈夫?変な事されなかった?」

「あ、うん、大丈夫です……けど。」

私の心配より、周りの心配をした方がいいんじゃないかしら?

と言っても、もう収拾がつかないくらいに乱闘騒ぎが広がってるのよ。

まぁ、誰も剣を抜いたり魔法を使ってないだけ、マシなのかもしれないけど。


「待てっ、その娘をどうする気だっ!」

探索者の一人が、私に話しかけてきたお姉さんに向かって剣を抜く。

ダメ、素手の喧嘩ならともかく、剣を抜いちゃダメでしょ。

その男が剣を振り被ったのを見て私の中の何かがキレる。


「いい加減にしなさいっ!」

私は拳に魔力を纏わせてその男を殴る。

ついでに周りにいた男たちは、兵士、探索者問わず殴り飛ばす。

数人が空を舞い、数人が地にめり込む。

周りにいた人たちを巻き込んで、門柱迄吹き飛ぶ男たちもいた。


「暴力反対!仲良くしなきゃメッ!なんだからね。」

静かになったところで、私が周りを見回しながら言うと、みんな理解してくれたのか、コクコクと黙って頷いてくれたの。


そのあと、さっきの女性の探索者のお姉さんが、「助けたお礼」とか言ってとっておきのお菓子をくれたのよ。

別にお礼されるようなこと何もしてないのだけど、お姉さんの行為を無駄にするのも悪いからありがたくもらったの。

そうしたら、わらわらとお姉さんたちが集まってきて、甘いものが差し出されて……。


うん、好意を無駄にするのは良くないよね?

確かに、ずっと山奥で肉ばかり食べてたから、こういう甘いものに飢えていたんだけど……うん、好意は受け取るべき……だよね。


そんな感じで、私がお姉さんたちの好意を受け取っていると、正面の建物から別のお姉さんが出てきて、私に中に入るようにって伝えてくれたの。

何でも、偉い人が話を聞きたいって。

……私、何もしてないよね?

そう言ってお姉さんたちに顔を向けると、なぜかみんな顔を背けるのよ……何で?



「くぅっ……そんなに小さいのに、苦労したんだなぁ。」

私が話し終えると、目の前の壮年の男性が、目に涙を受かべ、私の頭をよしよしと撫でてくる。

「ギルドマスター、この子怯えてるじゃないですかっ!」

横にいた、マリーという名のお姉さんが、私を引き寄せ男性から引き離してくれる。

どうやら目の前の男性は探索者ギルドのマスターらしい。


私が呼ばれてギルドの中に入ると、中では壮年の男性……ギルドマスターが待っていて、私は問われるがままに今までの事を話しただけだから、こんな反応されると対応に困っちゃうんだけどなぁ。


「しかしな、マリーよ。こんな小さな子が、1年ほど前にいきなり見知らぬ場所、しかも、あの『悪魔山脈』の奥深くに飛ばされたんだぞ?さらには、保護されたはいいが、修行と称して肉体労働を課せられ、食事は出所の分からない魔物肉を焼いただけのものと、そこらに生えている草だというではないか。着るものも碌になくて麻袋に穴をあけて着ていたというし、寝る場所も、小屋の中とはいえ堅い床に直接だ。挙句の果てには、その保護者とやらがドラゴンに連れていかれ、一人取り残されたところで、ヘルハウンドに追われて、命からがらこの街に辿り着いたというのに、無慈悲で融通の利かない兵士共が、街に入るのを拒否したんだぞ?こんな可愛そうな話があっていいと思うのかっ!」


……あ、うん、概ね間違ってないんだけどね、これだけ聞くと、私ってとっても可哀想な女の子に聞こえるよね。

後、草じゃなくて山菜だよ?ヘルハウンドに追われたわけじゃなく、背負われてたんだからね?

そう、訂正しようとしたけど、マスターにあわせて、おいおいと泣いている探索者さんたちを見てたら、下手なこと言わない方がいい気がしてきた。

ちなみに、『街に入るのを拒否』と言ったところで、兵士の皆さんが顔を背けていたんだけど、……まぁ、職務に忠実だったわけだし……ねぇ?


「そんなことは分かってますっ!だからこの子の面倒は今後私が見ますからっ!」

マリーさんが、腕の中にいる私の頭を撫でながら言う。

「ズルいー」とか「職権乱用だ!」とかという声が周りから上がったけど、マリーさんが一睨みするだけで静かになったところを見ると、この中の一番の権力者はこのマリーさんなのかもしれない。

でも、いつの間にそんな話になったの?


「あのぉ、取り敢えずですねぇ、探索者に登録したいんですけど?」

そう、まずは身分証になるというギルド証を発行してもらわないと、今後も同じ騒ぎが起きるかもしれない。

それに何より、私はお金を稼ぐという目的があるのよ。

その為には何としても探索者にならないと。

さっきお姉さん方の好意を受けながら仕入れた情報によれば、作ったものを売るには商業ギルド、素材を売るには探索者ギルドに所属しなければならないらしいのね。


つまり、私が考えていたプランを実行するには、探索者ギルド課商業ギルドのどちらかに所属するのが必須。

でも、商業ギルドに所属するためには身分証が必須。

という事で、消去法的に探索者ギルドに所属するため、探索者になる必要があった。


「無理だな。」

しかし、私のそんな考えを打ち砕くかのように、ギルドマスターが一言呟く。

「何でですか?」

「探索者になるには12歳以上という規定がある。お前さんはどう見ても10歳やそこらだろう?」

ギルドマスターが労しそうに見ながらそう告げる。

「私は17歳よっ!」

「「「「「「嘘つけっ!」」」」」」

私の言葉に、なぜか周りみんなの声が揃った。……嘘じゃないのにぃ。


「ウソじゃないもんっ!今は呪いのせいでこんななりだけど、本当に17歳なのっ。」

神の恩寵とか言ってもややこしくなるだけなので、呪いという事にしておく。

というか、私にとっては呪い以外の何ものでもないわよっ。


「……これに触れてみろ。」

何やら考えていたギルドマスターが、私の前に古い石板を差し出す。

「ユウヒちゃん、これはステイシアの石板って言ってね、中央に手を置くと、その人の名前や年齢、賞罰なんかが分かるの。犯罪歴があるとね、ギルドに登録できないから、みんなにお願いしているのよ。」

……登録するなら、必ず必要な手続きだというマリーさんの言葉を信じて、言われるがままに、石板の中央に左手を置く。

石板が一瞬輝き、急速に光が薄れる。


ギルドマスターが私を呼ぶと、マリーさんは私を抱えたままギルドマスターの横へ移動する。

何でも、探索者の情報は機密事項で、許可なく漏らすことは禁じているらしいので、この場ではギルドマスターだけが確認するという事らしいんだけど……当たり前のように覗き込んでいるマリーさんはいいのかな?


『 優姫(ユウヒ) 人族 永遠の10歳

 賞罰 なし

 探索者ハンターランク? 商業ビジネスランク?

 称号:悪魔巨大蜘蛛デーモンスパイダーの搾取人・地獄狼ヘルハウンドの主人・悪魔猫イビルキャットの同士・創造者クラフター・爆裂娘…… 』


石板には、私の名前とツッコミどころ満載の情報が記載されていた。

特に称号欄には私の知らない称号が延々と続き、最後に『神々の希望おもちゃ』と書かれているのを見た時には、その石板を叩き割りたい衝動にかられたわ。

最も、その不穏な気配を感じたのか、ギルドマスターがそそくさと石板をしまってしまったので、実行に移せなかったけど。


「なぜか知らんが、すでに探索者ハンター登録されているぞ、……表記が少しおかしいが。……マリー、再発行の手続きをしてやれ。」

俺は疲れた、と言ってギルドマスターがその場を後にし、それに続いて兵士たちが立ち去っていく。

去り際に、「何かあれば相談してくれ、力になるから」など口々に声をかけてくれるのがうれしかった。

中には「是非お付き合いを」という兵隊さんもいたが、丁重にお断りしておいた。

因みに、その兵隊さんは、笑顔の同僚たちに引きずられていったけど……大丈夫だよね?


「さて、ユウヒちゃんの手続き諸々終わらせちゃいましょうか?」

マリーさんはそう言いながらカウンターの方へ私を連れて行き、それが合図だったかのように、他の皆さんも職務に戻ったり、酒や食べ物を注文し出すのだった。

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