第7話 幕間 神々の思惑と和美と優姫

「おー、優姫ちゃん頑張ってるねぇ。ロリッ娘が健気に頑張る姿、胸を打たれるでしょ?」

スクリーンに大写しにされた優姫の姿を見ながら、ティナが言う。


「ウム、あやつの下に落ちた時は、シドーの一人勝ちかと思ったが、いや、中々。」

カエル姿のケイオスが深々と頷く。


「なんなのよっ、違うでしょ!なんで殴るのよっ。もっと効果的な魔法使いなさいよっ!」

「いやいや、あの拳は素晴らしい力を秘めておる。難を言えば、まだまだ鍛え方が足りぬが。」

優姫の戦い方を見て、テリーヌとシドーが口々に感想を言う。


「はぁ、誰もいない山奥じゃぁ、せっかくの容姿も意味ないわよねぇ。早く人のいる街へ行きなさいよ。」

やけ酒、とばかりにアルガスの持ち込んだ酒を飲み干すディアドラ。

彼女の前には空になった酒瓶が多数転がっている。

「酒がない……。」

優姫が一向に酒を造る気配がないため、アルガスも落ち込んでいる。


対照的に、大騒ぎしているのがエイトとランジェの2柱の神だ。

「ウム、よいぞ良いぞ、その薙刀は美しいぞ。」

「何言ってるんだい?あのドレスアーマー……あぁ、素晴らしい。早く装備してほしい。そして爆発するんだよ!」

「爆発したら、あの素晴らしい機能がすべて失われるではないか、バカ者っ!」

「それがイイんじゃないか。あぁ、自爆特攻……究極の美だよ!」


後から参戦し、出遅れたという自覚があっただけに、優姫が色々なものを作ってくれるのは、嬉しい誤算であり、それだけに今後の活躍に期待しているのだ。


「ハァ。あのモノづくりバカたちがここまでやるのは誤算だったけど、何もないところだったから仕方がないよね。でも、これからよ。いよいよ街中に入るからね、おにぃちゃんも一杯いるし、優姫の可愛さが際立つはずよ。」

「そうね、優姫の美貌に我を忘れる者が続出するのは間違いないわね。」

「ウム。そして人が多いという事はトラブルも多い。どのように切り抜けるか、楽しみだ。」

「筋肉だ、筋肉。優姫は師匠の教えを守って、筋肉を鍛え、筋肉で解決するだろう。」

「ダメよ、そんなの。優姫ちゃんは、ちゃんと知恵を絞って解決してもらわないと。その為の道具クレアバイブルもあるんだし。」

「酒……新しい酒……。」


神々は口々に自分に有利になることを口走り、場は混沌としていた。

そんな事があるなどとは露知らず、スクリーンの中の優姫は楽しそうに笑っている。


「あっ、アッチの方もフォローしておかないとね。」

ティナはそう言ってスクリーンを切り替える。

そこにはベッドに横たわり、意識不明のままの現実世界の優姫の姿が映し出されていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「優姫ちゃん、おはよー。……まだ起きないの、寝坊助さんだね。」

優姫が私を庇って意識不明になるという大事故から2週間が経つ。

一時は命も危うかったって話だけど、何とか一命をとりとめて、今は回復に向かっているらしい。

だけど、未だに目覚めることなく眠ったまま。

お医者さんお話では、身体がもっと回復すれば、直に目を覚ますかもしれない、などと言っていたけど、その口ぶりからは、あまりいい結果にならなさそうな感じがした。


「優姫ちゃんは強いんだもん。きっと目を覚ますよね。」

私は優姫の身体を濡れたタオルで拭きながらマッサージをする。

まだ、怪我の酷いところもあるので一部分のみだが、ずっと寝た切りでは筋肉が弱り、目覚めた後の回復が遅くなると聞いたので、マッサージすることで少しでも筋肉に刺激を与えるのが大事だと言われた。


朝病院にきて、優姫に話しかけ身体を拭く。

学校の帰りに病院により、面会終了時間まで優姫に今日あったことを話す。

それが私の日課だった。


「優姫ちゃんは私の王子様でお姫様なんだから、早く起きてよね。」

私は話しかけながら身体を拭いていく。

ゆっくりと、優しく手を動かしながら、私は優姫と出会った頃の事を思い出していた。



「ほらっ、食ってみろよっ!」

「誰か口を開けてやれよっ!」

「ほらほら、イナゴだぞっ。食えってのっ!」

私は身体を小さくして抵抗するが、男子数人の力には抗えない。

手足を押さえつけられ、無理やり口を開かせられる。

目の前にバッタが迫ってくる……嫌だ。あんなの口にしたくない。


私の立場は虐められっ子だ。

別に何かしたわけでもされたわけでもない。

ただ、いじめっ子の目に留まっただけ。

いじめっ子たちも、私が憎くて虐めているわけじゃない。

ただ、適度に面白い刺激が欲しかっただけ。

些細なきっかけから段々エスカレートして止まらなくなる。

それが虐めの図式だ。


今目の前で起きていることだってそうだ。

単に社会の授業で、昔の戦争の話があっただけ。

その時に、虫やカエルは貴重な蛋白源として食されていたと先生が言ったのを面白がって試しているだけ。

だけど、それが何だって言うのだろう。

無理矢理バッタを食べさせられようとしている現状において、原因や理屈などどうでもよかった。


「いやっ、いやっ、誰か助けてっ!」

私はもがき暴れるが、少年たちはその様を見て笑っている。

すぐ目の前までバッタが寄せられる。

口の近くにバッタの足が触れる……嫌だ、いやだ、いやだ……。


「ねぇ、何してるの?」

口の中にバッタを入れられる寸前、そんな声が少年たちの背後から掛けられる。

バッタを持っていた少年は、驚いて手を放し、その隙にバッタが飛んで逃げて行った。

……よかった。とりあえず、バッタを食べさせられることは回避できた。


「ねぇ、女の子を寄ってたかって押さえつけて、何してるの?性犯罪?」

私のピンチに駆けつけてくれた王子様……は、女の子だった。

フリルが一杯の可愛らしい洋服、陽を浴びて輝く髪、小さく整った顔に、少し好奇心旺盛な光を湛える瞳……まるでお姫様みたいだと思った。


「ば、バカっ、違ぇよっ!これは、アレだ……。そう、こいつがお腹空いているって言うからおやつを上げようとしていたんだよ。」

なっ?っと、リーダー格の少年が私に同意を求めてくるが、私は大きく首を振る。

少年は凄い形相で睨みつけてくるが、私はその場から逃げ出し、女の子の背に隠れる。


「ふーん、でもアレはダメだよ。そのまま食べたらお腹壊しちゃうよ?」

女の子は、そんな私の動きを気にした風もなく、近くの樹の方へ移動する。

そして何やらガサゴソとしていたかと思うと、何かを持って戻ってくる。

「おやつならこっちの方がいいよ。」

女の子は、いじめっ子の男の子に、その手にしたもの渡す。

「あん?……ってわわっ!」

男の子は手にしたそれを見た途端放り投げて一目散に逃げていく。

取り巻きの少年たちも、そのあとにつづいて逃げて行った。


「あーぁ、勿体ない。……食べる?」

女の子がそれを拾い上げて私の方に差し出してくる。

私はを見て首をプルプル横に振る。

「そう?甘いのに……って食べる所殆どなかったよ。」

女の子は、を樹の根元へ戻す。


「あの……蜂……。」

「えっ?」

「えっと、蜂が襲って……来ないね?」

「あ、うん、廃棄された巣だったみたい。」

そう、女の子が手にしていたのは蜂の巣だった。

廃棄とは言うが、実際には、十数匹の蜂が周りを飛び交っているが、なぜか、女の子に攻撃を仕掛けることはなく警戒しているように見えた。

よく見ると、女の子の足元に十数匹の蜂が転がっている。

……あの娘がやったとか……ってそんなわけないよね。

私は頭に思い浮かんだ考えを振り払う。

そんな事より今はもっと大事なことがある。


「えっと、私は和美……三橋和美みつはしかずみ。助けてくれてありがとう。」

「あ、ご丁寧にどうも。私は神門優姫みかどゆうひ。……助けた?」

名乗りながらおかしな表情をする女の子……優姫。

「うん、私虐められてたの。さっきも無理やり虫を食べさせられそうになってたの。」

「虐め、ダメっ!」

「あ、うん、ダメだね。」

「そっかぁ、じゃぁ、親切に教えてあげるんじゃなかったなぁ。」

どうやら優姫は、あのいじめっ子の言葉を真に受けていたらしい。

蜂の巣を差し出したのも100%善意からみたいだけど……相手は絶対そう思ってないよね。


「えっと、神門さんは……。」

「優姫って呼んで。ファミリーネームで呼ばれるの慣れてないの。」

「あ、うん……。じゃぁ優姫……ちゃんは、どこに住んでるの?この辺りで見かけないよね?」

「うん、今日引っ越してきたの。だけど、迷子になっちゃって……。」

恥ずかしそうにそういう優姫の顔を見て、思わず可愛いと思ってしまったのね。


思い返せば、この時が私の初恋の始まりだったと思うのよ。

そして、私を守ってくれる王子様であり、私が助けてあげなきゃいけないお姫様でもある、優姫との付き合いの始まりでもあったの。


優姫はとにかく世間知らずというか常識知らずで、私がどれだけフォローに回ったことか。

お陰で、いじめられっ子という面影はなくなり、優姫と他の娘の間を取り持つことでコミュニケーションも鍛えられた。

私のお陰で、優姫は楽しく過ごせているんだと自慢なくそう思える。

……まぁ、優姫なら、私が何もしなくても何とかしちゃう気もするけどね。


そして、私が優姫にしてあげたこと以上に、優姫は私を助けてくれた。

いじめっ子たちの件も、数日後に、苛めをしていた子たち全員が全校生徒の前で私に土下座して許しを請う、なんてことがあった。

それを見た優姫は「よかったね」と笑って言ってくれたけど、いじめっ子たちや、その近くにいた人たちは卒業するまで、絶対に優姫や私に近寄らなかったことなどから、きっと優姫が何かしたに違いないと思う。


中学に入り、周りの友達が、愛だ、恋だと騒ぎだす頃になって、私は自分の恋心が優姫に向いていることを自覚した。

だけど、そんな事を優姫に告げたら、きっと困らせてしまう。

だから私は親友というポジションで我慢することに決めた……せめて大人になるまでは、ね。


まぁ、その私の気持ちは、優姫ママには筒抜けだったみたいで、遊びに行くと、優姫のいないところでよく揶揄われた。

優姫の家に泊まりに行ったとき『優姫ちゃんに睡眠薬仕込んでおくから、襲ってもいいわよ?』と言われたときには、あぁ、優姫のママなんだと、すごく納得してしまった。

もちろん、その提案は丁寧に辞退させてもらったけど……惜しいなんて思ってないからね?


優姫はとにかく素直で危なっかしく、悪い人にホイホイ騙されるんじゃないかと心配で、私がしっかりと見ていなきゃ、護らなきゃと、思わせる娘。

だけど、とっても強くて頼りがいがあって、いざと言う時には私を守ってくれる素敵な王子様……。



「……いつも私は助けてもらってばかり。だから好きになっちゃうんだぞ。」

私は優姫の体を拭き終え、はだけていたパジャマのボタンを留めながらそう呟く。

「……早く起きてよ。優姫はいつもお寝坊さんなんだから。」

私は溢れそうになる涙をこらえ、優姫の頬に手を添え、軽く撫でてから立ち上がる。そろそろ学校に向かわないと遅刻する時間だったから。

「また、夕方来るからね。」


……夕方、いつものように優姫の病室に向かう。

なんだか騒がしい。

……まさかっ、優姫に何かあった!?

私は慌てて病室の扉を開ける。


「ダメですっ!まだ怪我も治ってないのにそんなもの持ち込まないでくださいっ!」

「なぜだっ!このままでは筋肉が弱るばかりだろう?筋肉を鍛えればケガなぞすぐ治るっ!」

ダンベルと鉄アレイを、寝ている優姫に持たせようとしている優姫パパを、看護師が必死になって止めている。


「ダメですっ!何やってるんですかっ!」

「だってぇ、優姫ちゃんの好きなイチゴ味……。」

他方では、優姫ママが、優姫の点滴にプロティンを混ぜようとして、医師に止められていた。


……ねぇ優姫、早いとこ起きないと、どうなっても知らないからね。いや、マジで……。

私は奮闘する看護師さんやお医者さんを手伝うために、病室の中へ入っていくのだった。


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