第6話 優姫、街へ行く
「ふっ、はっはっはっはっ!ぬるい、ぬるいぞっつ!」
突然始まった人外魔戦。
師匠と真っ黒なドラゴンの戦い。
真っ黒なドラゴンは、この世界に現存する神龍の内の一頭。暗黒龍ダロアというらしい。
神龍って、魔族の長に立つ魔王が束になってようやく戦えるっていう位規格外だって言うけど……。
というか、束になるほど魔王っているんだ。
そんな暗黒龍に平然と立ち向かう師匠。
うん、もう私の理解を越えてるよ。
事の起こりは、いきなりやってきた暗黒龍。
いつも通り、師匠に稽古をつけてもらっていたら、いきなり空が陰るのよ。
何事かと思って見上げたら、そこに巨大なドラゴンがいたのね。
そのドラゴンは師匠に狙いを定めると、突然ブレスを吐いて来たのよ。
ホント、礼儀がなってないわ。
……まぁ、それを腕の一振りで跳ね除ける師匠も大概だけどね。
暗黒龍と拳?を交わしている師匠に訊ねたところによると、この暗黒龍は、定期的に師匠に戦いを挑んできているらしい。
ちなみに今までの戦績はオール引き分けとの事だった。
「筋肉だ。筋肉さえ鍛えておればこの世に敵なしなのだぁっ!」
師匠の拳がダロアの顎にヒットする。
形勢不利と見たのか、暗黒龍は、戦場を変えるために移動する。
「わしは、今度こそあのダロワを倒す!しばらく留守にするからお主も好きにするとよい。」
ダロアの尻尾に捕まり、遠くへ運ばれていく師匠の声が小さくなる。
「筋肉だ、筋肉こそすべて、忘れるでないぞ……。」
その声を最後に師匠の声が聞こえなくなり、その姿も視界から消えていった。
「好きにしろって……どうしろって言うのよ。」
私は仰向けになってお腹を出している犬のお腹をなでながら、盛大にため息をつくのだった。
◇
「うん、これで良し!」
私は新しく作ったログハウスを、改めて眺める。
外壁も問題なし、中も……大丈夫そうね。
8畳程度の小さなログハウス。
中は3分割され、全体の半分を占めるスペースがリビング兼ダイニング兼キッチン……いわゆるLDKってやつね。
残りの半分のスペースの内の半分は寝室。ベッドとクローゼットが置いてあるだけのシンプルな作り。
そして残りのスペースは浴室。
大木の中をくりぬいた湯船が殆どを占めているから、洗い場が狭くなってるけど、移動用のログハウスなんだから少しの不便が我慢しないとね。
このログハウスを作ることになったきっかけは、あの師匠との衝撃的?な別れだった。
師匠に好きにしろ、と言われて思い立ったのが、人の住む街に行くこと、だった。
そもそも、私がこの世界に来たのは自活資金を貯めるためだったはず。
なのに、1年近くもこの山奥の小屋で暮らし、現在の財産は0……。
ゼロなのよ、ゼロっ。
金貨1000枚とは言わないまでも、せめて数十枚は溜めたいのに。
この、いつ終わるかわからない神様の遊戯……逆に言えば、明日終わるかもしれないのだ。
だから少しでも早く人のいる街に行ってお金を稼がないといけない。
一応、お金を稼ぐ算段はあるのよ。
和美から借りた、ライトノベルとかっていう本には、お金儲けの方法が書いてあったの。
基本的には、製作、交易、依頼の3つ。
製作って言うのは、珍しいものを作って売ることね。幸いにも、私には恩寵があるから、この手は使えそう。
ただ、珍しいものって何だろうね?
街に行ってないものを作ればいいのかな?
次に交易。……要は商売ね。
安く仕入れて高く売る。当たり前のことだけど、基本を疎かにしては足元をすくわれるのは何でも一緒だからね。
ただ、相場を知らないと難しいし、あっちこっちの街を移動しないといけないから、すぐには無理かなぁ?
まぁ、移動手段を得てから考えよう。
そして依頼。
要はお使いよね。
困っている用事を受けて解決し報酬をもらう。
本では、ギルドとかに登録してそこで受けるようなことが書いてあったけど、よくわからないの。
分からないことを聞くにも、どの方法を取るにも、人がいなければ話にならないわ。
という事で、街に出る決意をしたまではいいのだけど、どっちに行けば分からないのが問題なのよ。
とにかく山を下りて歩き回れば、いつかは辿り着けると思うんだけど、当然何日もかかるよね?その間お風呂に入れないってことが耐えられないわ。
大和撫子たるもの、常に身綺麗にしておかないとね。
そこで、私は直径2mぐらいある大きな樹を探して切り倒した。
ここまで大きくなるのに何百年かかってるかわからないけど、私のお風呂の為には必要な犠牲なの。
そして1mぐらいの丸太にして中をくり抜いて湯船の完成。後はこれを持ち歩けばいつでもどこでもお風呂に入れるってわけ。
少し重いけど、魔法のバックに入れちゃえば重さなんて関係ないからね。
そこまで考えて、私はある重大な事に気づいたの。
つまり……お風呂に入ってるとき丸見え状態だという事。
うん、恥じらいをなくしたら乙女は終わりよ。
とはいうものの、持ってるテントでは、湯船だけで一杯で身体を洗うスペースが取れない。
「はぁ、テント創るしかないかなぁ……って、どうせなら家作ればいいじゃん。」
私って天才かも。
そう、どうせテントも魔法のバックで持ち運ぶし、テントが家になっても大差ないでしょ?
という事で私のログハウスづくりが始まり、色々試行錯誤して、ようやく完成したのですよ。
「さて、忘れ物もないし、ここからが私の新しい旅立ちだわ。」
私は小屋を出ると、足元に纏わりついている犬と猫にも別れの挨拶をする。
「ん-、キミタチとも長い付き合いだったねぇ。私はこれから山を下りるけど、元気でね。」
私は2匹の頭やお腹を交互に撫でる。
モフモフ……モフモフ……。
時間を忘れそうになり、名残惜しいけど、断腸の想いで手を放す。
「えっ、麓まで乗せてってくれるの?」
私を見上げる犬がそう言っている気がした。
長い付き合いで、この子たちの言ってることが何となくわかるようになったことは、山小屋生活の中での成果の一つだと思うの。
「でも、その大きさじゃぁ潰れちゃうでしょ?」
犬の体長は60㎝程度。
いくら私が子供の身体だと言っても、乗るのには無理がある。
そう告げると、犬は目の前でむくむくと大きくなり、体長2mぐらいの大きさに変化した。
「えっと、大きくなれるんだね。」
もはや何と言っていいかわからず、私は素直に甘えることにして、その背に乗る。
犬の頭の上には、ちゃっかりと猫も乗り、前足を前方に向けて突き出している。
行け、と言ってるらしい。
私が犬の背に乗り、首元の毛皮をしっかりとつかむと、犬はいきなり全速力で走り出した。
「わわっ!」
私は落ちないようにしっかりとしがみつく。
色々言いたいことはあるけど、しゃべると舌を噛みそうなので、黙って振り落とされないように必死でしがみついていた。
ちなみに、そんな高速でも、猫はバランスを崩すことなく、犬の頭の上で毛づくろいをしていた。
「はぁ……もう、なんといっていいのか……とにかくありがとね。」
犬は、1時間ほど走って、あっという間にふもとに辿り着いた。
私の目算では、3日はかかると思われた行程が1時間である。
……うん、理不尽さに嘆くより、時間短縮できたことを喜ぼう。
「本当にありがと。またね。」
私は犬と猫をギュッと抱きしめた後、前方に見える街道に向けて歩き出す。
犬と猫は、縄張りでもあるのか、山の麓からじっと私を見送るだけで後をついてこようとはしなかった。
「うん、ホント、楽しかったよ。」
私は振り返らずにそう呟く。
振り返ったら泣いてしまいそうだったから。
「……名前、付けてあげればよかったかな?今度会ったら名前つけてあげるね。」
私は心の中でそう思いながら、街道目指して歩き続けた。
犬はちゃんと私の要望が分かっていたようで、街道に辿り着いて、周りを見回すと、先の方に町の城壁が見える。
この距離なら1時間もすれば着けそうだ。
約1年ぶりの他人との会話に、期待で胸が膨らみ、自然と足が速くなる。
薄暗くなってきているので、早い分には問題ないだろうと、心の赴くまま、街を目指したのだった。
◇
「ダメだダメだダメだっ!」
「何でですかっ!ようやく人里に辿り着いたんですよぉ。入れてくれたっていいじゃないですかぁっ!」
「何を言っても駄目なものはダメなんだ。陽が沈んでから街に入ることは許されていない。明日の朝出直してくるんだな。」
ようやく街に辿り着いたのに、門を護る兵士が「規則だ」の一点張りで街の中に入れてくれない。
「うぅ……。明日の朝って……今夜どうするんですかぁ。」
「そんなのは知らん。家に帰るんだな。」
「家が遠い人はどうしてるんですか?」
私がそう訊ねると、門番は無言で視線を城壁の方へ向ける。
そこには、テントを張ったり、馬車を止めて寝袋を用意している団体がいた。
「街の外の事までは我々は関与してないからな。後、ここからは俺の独り言だ。嬢ちゃんみたいな小さい子に手を出す奴はいないと思うが、世の中にはそういうやつもいるからな。なるべく親切そうな人たちの中に紛れ込むんだな。」
門番はそう言って視線を背ける。
融通は利かないけど、人はいいみたいだ。
「ありがとう。結界を張るから大丈夫です。」
わざわざ忠告までしてくれるようないい人がダメだというのだから、よほど厳しい規則なのだろう。
これ以上困らせる気はないので、私は門から距離を置く。
「まぁ、犬のお陰で、これの出番なかったしね。」
私は門から見えないところでログハウスを取り出す。
せっかく作ったんだから、1回ぐらいは使ってみたいというのもある。
そういう意味では、ここで野営できるのは良かったのかもしれない。
「うん、すべては明日から。明日からがんばろっ!」
お風呂に入った後、ベッドに寝転がり、明り取り用の窓から見える星空を眺めながら、そんな言葉を口にする。
明日はまず、どこへ行こうかなぁ……などと考えているうちに、深い眠りへといざなわれていった。
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