第13話 サヤの店にて

 ゼロは街に一軒しかない酒屋の暖簾をくぐっていた。

 先程定食屋の女将から、緋亜が酒屋で働いているという話を聞いたからだ。

 店内には、様々な色形をした酒瓶が並んでいた。

 ゼロはゆっくりとそれらを眺める。

「いらっしゃい! あら、珍しい。外国の方だね?」

 にこにこしながら店の奥から出てきたのは、可愛らしい雰囲気の女性だった。歳は、三十歳ほどに見える。

「はい、観光で来ました」

 ゼロは酒屋の若女将に、紳士的な笑みを浮かべて見せた。

「へえ、この島に観光ねぇ……見るようなものなんて、なんかあったっけ?」

 顎に手を当て、うーんと店の若女将サヤは考え込んだ。

「ありますよ。ガイドブックで読んだのですが、この島に伝わる龍の爪の伝説はとても面白いです。この国では龍は守り神のようですが、私の国では龍は災いの象徴なんですよ」

 ゼロはあらかじめ考えておいた、もっともらしい島の訪問理由を口にした。

「そうなんだ、そりゃ知らなかったよ。ちなみに、お客さんはどこから来たの?」

「ここから西の方角にある国です。距離で言うと、船で二日以上かかるくらい遠いですね」

 ゼロの答えに、サヤは眉根を寄せた。

「二日? そりゃまた随分遠くから来たんだね! しかし国が違うと、同じ龍でも随分違うもんなんだねぇ」

 勉強になるなあ、とサヤはうんうんと頷いた。

「あ、ところでうちにはなんのご用事で来たの? 家族へのお土産とか?」

 サヤはハッとしてゼロに訊ねた。

「私はまだこの島に到着したばかりなので、今日はお土産の下見で来ました」

 言いながら、ゼロは商品が並べられている上段の棚を見た。

 そしてある一点で視線を止め、その表情を強張らせる。

 な、なんだこれは……?

「あ、これ? ダガ酒っていうんだよ。ダガっていう、この島にしかいない蛇を酒に漬けてんの」

 ゼロが凝視しているガラスの中には、液体に漬けられた蛇がいた。

 これは、ゼロの国では見たことがない。

 ゼロは、蟻の隊列は好きだが蛇は苦手だ。驚きのあまりつい見つめてしまったが、まるで視界に入れるのを避けるようにサッとガラス瓶から視線を外した。

「へ、蛇をですか……ということは、この蛇は毒蛇ではないのですね?」

 若干引きつった笑みを浮かべ、ゼロはサヤに訊ねる。

「いや、ダガは毒蛇だよ。だけど、毒は抜かずにそのまま漬けてあるんだ。長い時間酒に漬けておくことで、その毒が無毒化されるんだよ。どう? 面白いでしょ?」

 ちなみに、とサヤは付け加えた。

「この島特産のハーブとか色々混ぜてるから、案外飲みやすいよ。試飲してみる?」

「いえ! 大丈夫です!」

 ゼロは真顔で即答した。

「あら、そう? そういえばお酒勧めちゃったけど、お兄さんのお歳はいくつだったかしら?」

 この島では、酒類は十八歳から飲むことができる。

「二十二歳です、お酒は飲める年齢です」

「あら! じゃあ、緋亜と同い歳ね!」

 え?

 にこやかに言ったサヤの言葉に、ゼロの思考が固まった。

「あ、緋亜ってうちで働いてる娘なんだけど、私の妹みたいな娘でね! 知り合ったのが多分五歳くらいだったから、勘定すると今二十ニ歳なのよね。背ぇ小さいし子どもっぽい顔してるから、全然そうは見えないんだけど」

 同い歳……あの、少女にしか見えない人が!

「東洋の方は私達西の国の人間から見ると、皆さんとても若く見えます」

「あら、そうなの! じゃあ、私も若く見えるのね!」

 サヤはゼロの言葉にキャッキャと喜んだ。

「ただいまぁ……」

 そこに、酒代を踏み倒した男から酒代半分を回収してきた緋亜とアオが戻ってきた。

「あ、おかえり。緋亜、アオ」

 サヤが二人を笑顔で出迎える。

 すれ違いざまに、緋亜の後ろにいる人物とゼロの視線がぶつかった。

 その視線は、けして好意的なものではない。

 ゼロは、それをひしひしと感じていた。

 その人物の肌の色は色鮮やかな碧で、瞳とショートカットの髪は金色だ。

 異形の島の民か……

 ゼロは、アオの出身地である島を知っていた。

 この島同様、ゼロの国にはない特殊なルールがある島だ。

 ふっ、とアオはゼロから視線を外した。

 ゼロは少しほっとし、サヤと会話をする緋亜の後ろ姿を見つめた。

 しかし、何度見ても同い歳とは思えない。

 こうしてあらためて見ても、緋亜は十五歳くらいの少女にしか見えなかった。

 緋亜は回収してきた酒代、領収証の写しなどをサヤに渡し、ゼロに視線を向けた。

「あ、そちらのお兄さん、遠い外国から来たんだって。今色々話をしてたんだけど、あんたと同じ二十二歳なんだってさ」

 どこかウキウキとした口調で、サヤは言った。ところが、それを聞いたアオは反対に眉根を寄せた。

「サヤさん、緋亜さんの歳をこの人に教えたんですか?」

「え? なんで?」

「あっ、いや、あまり面識がない方にそういったことを教えるのは、ちょっとどうかなと思って……」

 少し言いづらそうに、アオが言う。

「あ、それもそうか。私ったらつい調子に乗っちゃって……ごめん、緋亜」

 てへ、と笑うサヤに緋亜はにこにこと笑ってみせた。

「大丈夫だよ。じゃあ、同い歳仲間ってことで、この街案内してあげるね」

「あ、それいいね。つぐみ屋とか教えてあげてよ。あの店のお菓子、多分食べたことないだろうからさ」

 つぐみ屋、とはこの街の女性陣に人気のある茶屋だ。

「うん、わかった! じゃ、アオ、後で家で会おう」

 大丈夫だから、と緋亜は一瞬アオの金色の瞳を見つめた。

「はい」

 サヤの店を出ていく緋亜とゼロの背中を見送り、アオは再び店の仕事に戻ったのだった。

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