第5話 創造主
神は退屈していた。
それは、地上の人間から見れば、遥か彼方の天上に棲む存在。
あらゆる物質、命あるものすら、その手で生み出すことのできる存在。
彼らは、人々から神と呼ばれていた。
その真っ直ぐで艷やかな黒髪は背の半ばまであり、ゆるやかに束ねられている。
女型の神は、ごろんと寝そべりながら、目の前に広がるビジョンを眺めていた。
そのビジョンに映し出されているのは、いくつもの情景だ。神と呼ばれる彼らが下界と呼んでいる、人間が暮らす世界のものだった。
「平和、平和、平和ってさあ!」
美しい黒髪を掻きむしり、あーあ、と女神はため息をついた。
「ほんの数百年前まではさ、あっちでドンパチ、こっちでドンパチしてたのにさあ……あぁ、つまんないっ!」
そう叫び、女神がひらりと手を払うと一斉にビジョンから情景が消える。
残されたのは、ただの白い壁だった。
この神の住処には、二人の神が住んでいる。
妹の神と、兄の神だ。
そのどちらも、創造の力を持つ手を持っている。
彼らの楽しみは、人間たちが引き起こす人間同士の争い事だ。
たくさんの人間の心理、多種多様な研究の末に作り出される薬や武器の数々。
様々なものが混ざり合って、それはそれは面白い。
二人の神にとっては、最高の娯楽なのだ。
ところが、ここ数百年の間、世界は平和重視に傾き、昔のような大きな戦争はかなり減っていた。
当然、楽しみが減った神は面白くない。
だが、神が人の世に関わることは禁じられているのだ。
したがって、いくらどんなにつまらなくとも、その手で争い事を起こすわけにはいかないのだった。
「まあ、そう嘆くな、妹よ」
ゴロゴロと床を転げ回っている妹の神に、野太い兄神の声がかかる。
「兄……だってさあ」
下唇をつきだす妹神に、兄神はふふん、と笑って見せた。
華奢な体つきの妹神に対し、兄神の体つきは大きく、筋肉質だ。
「おれはな、今、培養中なのだ」
笑顔でそう言い、兄神はドンと透明な箱を妹神の目の前に置いた。
「箱庭? 培養してるって……一体なにを育ててんのさ?」
その透明な箱の内側には、兄神が作り出した世界が広がっていた。
土、樹木、小川、山、花々……それは美しい、自然豊かな箱庭だった。
もちろん、その全ては兄神の手によって生み出された、命あるものだ。
その中を、ちらちらと光り輝く粉が舞っている。
青、赤、緑、黃……それは、いろとりどりの光を自ら放ち、混ざり合って飛んでいる。
その様は、とても神秘的で美しかった。
「なに、この光ってるやつ……キレイ……あ、もしかして、精霊ってやつ?」
まじまじと光る箱庭を見つめ、妹神は問うた。
その妹神の様に、兄神は満足気に笑った。
「そうとも。さすが我が妹、よくわかったな」
「まあ、確かにキレイだけどさ。こんなもん培養して、なにが楽しいの? それに、あたしが見たいのは、箱庭じゃなくて人間同士の戦いっていうドラマなんだよ」
唇を突きだす妹神に、兄神は説明する。
「そのドラマっていうやつを生み出すために、こいつを育てているのだ。みろ、これを」
言い、兄神は妹神に小さな拳銃を見せた。
「なにこれ、拳銃?」
「そうだ。この箱庭で育てた材料を使って、おれが作ったんだ」
へぇ、と妹神は兄神の手から銃を手にとった。
「ふぅん、随分軽いね。これなら、人間の子どもでも、簡単に持ち運びできそうじゃん」
妹神は、銃をなめまわすように見た。
「この銃の良いところはな、軽さだけではないんだぞ。銃にこめられた精霊の力を、人間に使わせるのだ」
「精霊の力を人間に? そんなことできるやつ、いるの?」
「いるんだ、ほんの一握りだけどな。しかし、この箱庭の精霊は特別製だ。だから、本来精霊を従える力を持っていない人間でも、コツさえ掴めば、使えるようになるんだ。ここが、この銃のすごいところさ。どうだ!」
兄神は、得意げに笑った。
「こういった、特別なものっていう肩書、大好きだろ? 人間ってのはさ……絶対に、下界で流行ると思うんだよな」
特殊な能力、そして流通している数の少なさ。
他人が持っていない、特別なものを保持しているという、優越感。それに連なる、羨望からの他人の物を奪い我がものにしたいという欲。
「これ、いいね……あたしも作りたいな」
少しだけワクワク感を取り戻した、妹神が言った。
「そうかそうか、お前にオススメなのは、四種の精霊狩りだぞ」
満足気ににっこり笑って、兄神は言った。
「ほお、いいね、楽しそうじゃん!」
言う妹神のその手に、どこから取り出したのか、虫取り網のようなものが握られている。そして、腰には虫かごのようなものが括られていた。
「んじゃ、行ってくらあ」
言うが早いか、ふっと妹神の姿が消える。
目の前の、箱庭の中に向かったのである。
「よっぽど退屈してたんだな……行動が早いこと、早いこと」
さて、と兄神は、おもむろに白い土の塊を取り出した。
「おれは、この銃を下界に伝える人形を創るとしよう」
兄神が銃の次に取りかかったのは、人間との間を取り持つ存在、天使の作成だった。
既に人間の世界には、地域差はあるものの、天使とはこういったものというイメージが定着している。
神からのメッセンジャーである、美しく神々しい存在。それが天使。
そのイメージを色濃く残す、人形を作る。
黄金色の髪は美しく、ゆるやかなウェーブを描き。
その背には、汚れなき真っ白な翼が生えている。
穏やかな微笑みを満面に浮かべ、鈴をふるような可愛らしい声で囁く。
創造神の望みを叶える、ただその為だけに生きる人形。
「さあ、できたぞ」
その出来栄えに、満足気にウンウンと頷き、兄神は、ふうっと人形に己が息を吹き込む。
すると、ただの白い土の人形が、みるみるうちにその姿を変えていった。
神の忠実な下僕、天使誕生の瞬間であった。
「随分と、上機嫌じゃないか」
不意に上位の天使に声をかけられ、ゼロと指南役の契約を交わした直後の天使は、ふふんと笑った。
「わかるか? 昔話した、あの苛つくガキと指南役の契約をしたんだ。まあ、今はガキじゃなくなっているが……歳をとって、ちったあ賢さが上がったんだろう。しかし、まあ、ざまあみろってなもんだ」
ククク、と天使は嘲笑った。
「苛つくガキって……あぁ、昔お前を小馬鹿にした、あの子どもの事か」
上位の天使は、その当時のことを思い出す。
怒りのあまり、どす黒い顔色になっていた。
「そうだよ。ざまあみろだろ?」
ふん、と天使は鼻で笑った。
しかし、上位の天使はさらにそれを鼻で笑う。
「人間の子どもなんぞに、小馬鹿にされたお前もお前だと思うよ」
「なんだと!」
天使は気色ばんだ。が、しかし、すぐに大人しくなる。
その理由である、相手の腕章をちらりと見た。そこには、階級を示す金の帯が三本刻まれている。
私のは……ニ本だ……
「まあ、使用者に声をかけて信心を奪うこと、頑張るんだね」
上位の天使は言い捨て、くるりと踵を返す。
「チッ……」
どんなに面白くなくとも、階級が上の者には、大きな顔はできなかった。
天使は、懐から小さな瓶を取り出した。
そこには、大小様々の色とりどりな羽が入っている。
銃の使用者と契約を結んだ際に手に入る、信心だ。
仮契約で小さな羽が一枚。
指南役から説明を聞き、本契約を結んだ時点で、大きな羽が一枚手に入る。
これが瓶いっぱいに溜まっだ時点で、天使内の階級があがるのだ。
創造神が、プライドの高い天使達の競争心を、うまく利用したシステムである。
今に見ていろ……のし上がってやる……
メラメラと、天使はやる気を燃やしていたが。
その成果を左右する、新しい指南役のやる気は、果たしてあるのだろうか、ないのだろうか。
その答えは、これから先の未来にある。
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