進まない時計

@windrain

進まない時計

 まただ。

 目覚まし時計の針が遅れている。この間、電池交換したばかりなのに。


 私はため息をつきながら、時計の裏側にあるツマミを回して、長針を正しい時刻より三分ほど先に進めた。これはもう習慣になっているが、三分進めたくらいでは何の解決にもならないことはわかっている。

 それでも、遅れ始めて三分以内に気づけば、なにかしら挽回できることもあるかもしれないから。


 すべての時計の針が遅れるわけではない。一番よく使う時計の針だけが、遅れてしまう。

 腕時計をしていた頃は、腕時計の針が遅れていた。安物だからだと思っていた。


 スマホの時代になって、腕時計はしなくなった。すると今度は、目覚まし時計が遅れるようになった。


 目覚まし時計はデジタル式だと、起きる時刻のセットが面倒くさいので(いつも同じ時刻に起きるのではないから)、アナログ式のものにしている。

 それが、買い換えるたびに遅れるようになった。この三年、毎年のように買い換えているが、長くても半年もするとこの症状が現れる。


 だましだまし使っているが、いつ針が遅れ出すかわからない。だから時々、柱時計で確認している。もはや時計としての務めを果たしていないじゃないか。


 原因はわからない。私自身から、何か電磁波のようなものが出ているのだろうか?

 そういう人がいるのを、私は知っている。その人は、私が知っているだけでもパソコン、コピー機、パチンコ台を壊したことがある。触っただけで。

 静電気が原因なら、ビリッとくるから自分でもわかるはずだ。だから得体の知れない何かが、指先から出るのかもしれない。


 レーザービームとか?まさかな。




 ある日、夢を見た。


 縦長のメトロノームのような時計の長針が、なくなっている。私は一生懸命部屋の中を探したが、見つからない。


 結局、見つからないまま目が覚めた。

 夢に出てきた時計に、見覚えがあった。あれは、実際に私が持っていた時計だ。


 彼女からプレゼントされた時計だった。落として壊してしまい、長針がいくら探しても見つからなかった。ベッドの下が一番可能性があったので、入念に探したが、やはり見つからなかった。


 私がその時計を落として壊してしまったのは、彼女が生まれつきの病気で亡くなった後のことだったと思う。


 あの頃、私はしばらく落ち込んでいた。どうやって仕事をこなしていたのかさえ思い出せない。大げさかもしれないが、生ける屍のような生活を一年以上は続けていたと思う。


 でも、私は何とか立ち直った。


 その後、恋をしなかったわけではない。ただ、どれもうまくいかなかった。今ではすっかり恋愛することを諦めてしまっている。


 あの夢は、何かの暗示のような気がした。


 時計の針が遅れるのではなくて、進まない・・・のか?

 前へ進めない私に対する、彼女からのメッセージのような気もした。


 私はオカルトをあまり信じていない。UFOは別として。

 いや、宇宙人の乗り物としてではない。「未確認飛行物体」の略だろう?

 つまり「何だか確認されていない飛行物体」のことであって、宇宙船とは言っていない。そりゃあ、確認の取れていないものだってあるだろう。私だって、小学生のときに一度だけ見たことがある。でもあれが宇宙船だったとは思っていない。


 幽霊については、否定も肯定もできない。私自身に霊視能力がないだけなのかもしれないから。私は幽霊らしきものを見たこともなければ、金縛りにあったこともない。


 でもあの頃、化けて出てきてもいいから、彼女に会いたかった。死に目に会えなかったから、なおさらだ。


 せめて夢にでも出てきてくれたらいいのに、と何度思ったことだろう。あの夢も、メッセージなのだとしたら、直接彼女が出てきてくれればいいのに。




 と思っていたら、本当に出てきた。


「何してるの?」彼女は言った。「恋することを諦めたの?一度は立ち直ったはずだったじゃない」

「わからない」私は答えた。「うまくいかないんだ。どこかで君と比べていたのかもしれない」

「情けない。私の屍を乗り越えて行かなきゃダメじゃない」

「そんな言い方しないでくれ。君の死は、結構ショックだったんだから」

「私、知ってるんだから。私のことを話しちゃってたでしょう?いつもそれがきっかけで、うまくいかなくなってた。相手の人だって、比べられてると思うに決まってるじゃない」


 そうか。そうかもしれない。


「私のことは、絶対に言っちゃダメ。わかった?」

 彼女の笑顔は、今もあのときのままで、若く美しかった。




 目が覚めた私は、呼吸が荒くなっていた。


 今頃そんな風に夢に出てきてくれたら、ますます忘れられなくなるじゃないか。

 でも、君のアドバイスは胸に留めておくよ。

 できるかどうかわからないけど、もう一度前を向いて歩いてみる。


 だから・・・だから今だけは、泣かせてくれ。

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