第23話 糾弾と忠告

 そんな風に女性騎士たちとの入浴を終えて、そのまま自室へと帰ろうとしたエル。

 だが、そんな彼を呼び止める一人の姿があった。

 それは司教帽を被り、内側に向いた杖を手にしている女性、修道院長であるクラリスである。彼女は、眉にしわを寄せた苦々しい顔でエルを呼び止めて自室へと招き入れる。


「……ちょっといいか?」


 修道院長らしく、ほとんど物がない質素を主とする部屋。

 礼拝堂を男女の交流の場にしたのも、彼女の本意ではなく、苦肉の策で戦闘で疲労した女性騎士たちを癒すためのものだったのだろう。

 彼女はため息をつきながらもエルに対して話しかける。


「まずは礼を言おう。お前のおかげで心を病んだ騎士たちはある程度は癒された。この教会も規律が戻り、周囲の村々の狂気の人々も正気を取り戻した。全てはお前のおかげだ。礼を言う。だが……。」


「お前は決定的な歪みを抱えている。いくら記憶をいじったからってすぐさま騎士を戦いへと誘うなど正気じゃない。お前は本質的に他人を救おうとしていない!!」


「ずっと見てきて解った。お前は本質的に人を救おうとはしていない。あくまでお前が救おうとしているのは全部自己満足のためだ!お前は自己満足のためだけに他人を救っているだけだ!!」


 全く持ってクラリスのいう通りである。

 そうだ。それの何が悪い。俺は他人から尊敬されたい。ちやほやされたい。だから他人を救うんだ。自分のために他人を救う。それはただのエゴイズムである。


「分かっているのか?お前は彼女たちを依存させて洗脳させて、自分の狂信者に変えているんだぞ?今の彼女たちに必要なのは休養だ!!彼女はお前の自己満足の道具じゃない!!」


 クラリスのいうことは正論である。だが、この状況は正論で何とかできる状況ではない。実際に、アリシアたちを救ったのはエルの行為によるものである。それをどうこう言われる筋合いはない。


「じゃああのままで良かったのか。あのまま地下室でずっと苦しんでいるのがよかったのか?救える手段があって彼女たちを救った。それの何が悪い!!」


 ドン!とエルは拳を机にたたきつける。クラリスのいうことは正論ではあるが、誰も救いはしない。自分のためだろうが、エゴイズムだろうがそれで他人が救われているのなら、文句を言われる筋合いなどない。例え、それが自分に対する狂信者を増やしているのであってもである。


「彼女たちが俺に依存しているのも、精神を回復させるためのことだ。少しづつ順を追って依存させなくして社会的に復帰させる。それでいいだろう?何か問題あるのか?」


そう、理解はしている。これこそがメサイアコンプレックスだ。

「自分には価値がない」「不幸な人間だ」といった劣等感を抱えている人が他者を救うことで自らの劣等感を補おうとする心理。他人を救っていれば、価値のない自分が必要とされていく。そのために他人に救おうとする。

だが、それの何が悪い。みんな上手くいっているじゃないか。問題はない。

そんなエルに対して、クラリスはため息と共に頭を振る。


「……お前はあまりにも危うい。確かに今は上手くいってはいる。だが、少しでも間違えると全て破綻していく。……他人を助ける事で自分も癒されているのと自覚しているのと、相手のためになっていると思い込むことでは大きく違う。それだけは覚えておいておくれ。」


たしかにそれはクラリスの言うとおりである。相手のためになっていると思い込み、一方的に救済を押し付けては相手から嫌われてしまう。それは自覚しなくてはならないとエルは頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る