第12話  アリシア、幼児退行する。


 さて、最重症患者であるアリシアとエレオノーラの精神を癒したエル。

 特に、完全に精神崩壊していたアリシアの精神を救ったエルは、まさしく奇跡そのものだ、と修道院長は驚愕の目で見る。いかにサイコダイブを使用したところで、ここまで急速に精神が癒されるなど彼女から見ても驚愕だったのだろう。

 だが、まだまだ社会復帰には時間がかかる、と二人とも修道院の部屋を与えられ、静かに過ごしている。

 その彼女たちの状況はというと……。


「パパァ♡パパァ♡またぎゅーってして♡」


 アリシアは精神世界での影響か、すっかりエルを「パパ」と呼んで完全に懐いてしまったのである。

 ショックで多少精神年齢が幼くなった彼女だが、エルを父親として慕って支えにすることによって何とか立ち直る事にしたらしい。(無意識的な判断だろうが)

 ともあれ、ハグは精神的な安定効果もあるし、精神に傷を負った彼女たちにはできるだけ優しくしてやるのが道理だろう。


「よしよし、アリシア。具合はどう?」


 ついでに精神を安定させるために【鎮静】の魔術をかけながら抱きしめると、アリシアはほにゃあとした天にも昇りそうな顔になる。

 彼女を抱きしめながらも、エルは冷静に彼女の観察を行っていた。


(体熱は多少高め、精神的な錯乱はなし。多少精神退行が見られるけど、錯乱して暴れまわるよりは遥かに回復している。このまま様子見と行ったところかな。)


 エルは抱きしめながらもアリシアの容態を正確に把握し、そのまま抱きしめるのを止めてカルテ……もとい、紙に彼女の状況をメモしていく。

 抱きしめられるのを止められたアリシアは、不服そうに頬を膨らます。


「もう、パパこれだけなの?もっといっぱい抱っこして~。」


 そういいながら両手を広げるアリシアだったが、彼女だけを見ているわけにはいかない。もっとたくさんの女性騎士たちの診察を行わなければならないのだ。

 

「ごめんね。アリシア。忙しいからまた後でね。」


 そういってエルが頭を撫でてやると、アリシアは幸せそうにほにゃあ、と顔を緩ませる。そして渋々ながらもエルが部屋から出ていくのを許可する。


「約束だからね!パパすぐにまた来てね!絶対だよ!!」


「お兄様!よくぞ来てくれました♡さあこちらへどうぞ。」


 一方、エレオノーラはというと、魔術で正気は取り戻したものの、まだ錯乱しているのか、エルの事を「お兄様」呼ばわりし始めたのである。

 まっとうな人間が無関係な人間をいきなり兄呼ばわりするなど考えにくい。

 彼女はいまだ錯乱しているので、否定はせずにそのまま治療に入る!ヨシ!!

 そう思いつつも、エルはエレオノーラの傍に近寄っていく。


「申し訳ありません。お兄様。こんなむさ苦しいところでなければお茶の一杯でも入れるのですが……。」


「いや、いいよ。大丈夫。具合はどうかな?」


「はい、それはもう雲から晴れになったような晴れやかな気分ですわ。あれほどの現実感ある怪物が幻覚などとは正直信じられないのですが……。今はもうあんな幻覚は見ることはありませんわ。」


 幻覚を見る人々にとって、それはただの幻覚ではなく実際の存在にしか映らない。

 そんな怪物どもが四六時中ウヨウヨしていれば正気度が削り取られるのは間違いない。だが、それが精神魔術によってかなり落ち着いている状況なのだ。

 他にも、いくつもの質問もしてみるが、彼女はきちんとはっきりと受け答えしている。これならかなり良好と言えるだろう。

 だが、色々試してみる中、紙に書かれた狂魔の姿を見るだけでエレオノーラの体に激しい震えが走るのを確認した。記憶は消しても、まだ本能的な恐怖は彼女の中に残っているらしい。


「せ、聖者様。お見苦しい所を見せてすみません、体が、体が震えてたまらないのですわ……。狂魔の絵を見ただけで手に震えが……。」


それを聞いて、エルは彼女の体を優しく抱き締める。彼女を抱き締めたまま、エルはよしよし、と背中を撫でる。

こういう時は、心理学の理論よりもシンプルな肉体的接触が有効だと感じたからだ。

ポロポロと涙を流す彼女に、エルは優しく声をかけた。


「無理しなくていいからね。何なら少し休んでもいいんだよ。俺は君の支えになりたいんだ。」


今まで厳しく仕付けられて、あまり甘える事の出来なかった彼女に対して、彼の優しさは極めて有効的だった。国王や国や家ではなく、彼のためのなら何でもできる。そうエレオノーラは優しくしてくれた彼のために戦うと心の中で誓った。

彼女は目から涙を流しながら、狂気のような笑みを浮かべて叫んだ。


「見てて下さいませ!聖者様!わたくし狂魔をブッ殺しますわ!殺して殺して殺しまくりますわ!!わたくしの全ては聖者様のために!」


 それを確認したエルは、紙に現状を書き込むと、彼女の話を聞いた後で部屋から出てきた。

 そして、その部屋を出ると出くわした修道院長クラリスはやれやれ、と頭を振ってはぁ、とため息をつく。


「呆れたものだな。まさかあそこまで精神崩壊状態になっていながら正気を取り戻すとは。多少幼児退行しているが、それでも大したものだ。まさに奇跡だ。」


「奇跡ならば喜ぶべきでは?なぜため息を?」


「馬鹿。これがばれたら君は騎士たちから引っ張りだこになるぞ。下手すれば過労死しかねん。騎士たちは祖霊である”星の戦士”の血を引いているので肉体的には狂魔と戦えるが、精神は普通の人間だ。そのため、狂魔は常に彼女たちの精神を狙ってくる。それを回復できるとあればな。」


 だが、エルは精神治療を辞める気などそうそうあるまい。これから先が厄介なことになりそうだ、とクラリスはため息をついた。



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