第11話 現実への帰還。

「うおおおお!!」


 エルは、手にした精神剣を振るい、襲い掛かる狂魔の影を切って切って切り捨てる。

 戦闘に対して素人の彼がここまで渡り合えるのは、狂魔の影の動きが非常に鈍いものだからだ。それは、この狂魔たちがあくまでアリシアの記憶にある恐怖の具現化だからである。

 だが、数千体切り倒したところでキリがない。文字通り無限に湧き出てくる恐怖の象徴をどうするか、と彼は頭を悩ませる。

 だが、それを見下ろしながら、浮遊している深紅の髪と衣装に身を包んだ赤の女神はエルをせせら笑う。


『さっきも言ったでしょう?その程度しかできないというのは、貴方の想像力が貧困だからだよ。ここは意思の世界、自分自身の意思を強く持って、想像をイメージしなさい。

 汝の思う所を成せ、それこそが汝の力とならん、よ。』


「なるほど。それなら……これでどうだ!!」


 エルは、この世界の地面に手をつけると、この世界の中心存在、つまりアリシアの精神に働きかけ、彼女の防衛本能に干渉し、それを呼び起こす。

 その瞬間、地面から無数の棘が出現し、狂魔の影を次々と串刺しにしていく。

 これは、精神魔術で彼女の防衛本能を呼び起こし、恐怖心を串刺しにした形である。

 だが、この世界の中心部であるアリシアが強いトラウマを持っている限り、何回でも蘇り、この世界を蹂躙するだろう。

 その前に、精神世界の神ともいえるアリシアを救済しなければならない。

 それでもまだ襲い掛かってくる狂魔の影を精神剣で切り捨てながら、無限の荒野を軽々と疾走していくエルの前に、明らかに今までとは違う一人の小さい少女の姿が目にはいる。


「うわぁああん……。パパ。パパァ……。」


 ボロ布を纏ってぬいぐるみを手にした一人の少女は、無限の荒野をふらふらと泣きながら一人で歩いている。それはあまりにも悲壮な光景だった。

恐らく、トラウマである狂魔たちの影をある程度排除して、彼女の意思とコンタクトを取ったからこそ、彼女の精神の本質が具現化してきたのだろう。


「助けてよぉ……つらいよぉ……。私を助けてパパァ……。」


 泣きじゃくりながらよろよろと歩いている少女。そして、そんな彼女をせせら笑うように取り囲んで恐怖を与える狂魔の影。これこそが彼女の恐怖心そのものなのだろう。

 その前にエルは精神剣で周囲の狂魔の影を切り倒してその少女へと駆け寄って抱きしめる。


「よしよし。もう大丈夫だからね。つらい記憶は俺が消してあげるからね。」


 精神が崩壊しかかっている人間には、記憶を消しただけでは対応にはならない。

 しっかりとその精神の本質を救い、正気度を回復させた上で記憶を消し、精神を回復させなければならないのだ。

 エルに抱きしめられてよしよし、と頭を撫でられて、少女はこれ以上ないほどの安らかな顔になって安堵していた。


「パパァ……。パパァ……。大好きぃ……。」


 その安らかな顔のまま、彼女はすやすやと穏やかに眠りについていた。

 それと同時に、この空間自体と狂魔の影もボロボロと崩れ去っていく。

 この空間も、狂魔の影も全て彼女の恐怖が具現化した存在だ。

 それが彼女が安堵することによって崩れ去っていくのだろう。

 エルは彼女を抱えたまま、この空間から離脱し、自分自身の肉体へと戻っていった。



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