第5話

9

えっと8の名前は…。レイチェルか。どれだけの事を押し込まれてるんだ。。。こっちの情報は隠すことなんて何もないから、全て注ぎ込んでヤる。」

「では、私も礼儀として私の持ちうる全てファイルをお渡ししなければならないですわね。」

リックは白い貫頭衣を着て知性に満ち溢れた鳶色の瞳に真っ直ぐに見つめられると、自分の粗野さが目立つだけで気が緩みかけたがここな彼女を仲間に出来るのか、破壊せねばならないのか正念場だど思い、ファイルを最後の一枚だけ抜き取り彼女の情報ポートに注ぎ込んだ。

まあ、最後の一枚はリックの下品な趣味の内容だから、削除して懸命であったと言える。

また、彼に渡されるレイチェルの持つファイルは膨大で、先大戦下でのタイレルと彼女のオリジナルであるレイチェル・ローゼンに降りかかった災難をが克明に描写されていた。

軍の研究所にいた彼は爆撃の中、なんとか右眼に重傷を負いながらも同僚のチュウ技師と辛くも難を逃れていたが。彼らの家族は地表を舐め尽した紅蓮の炎により焼かれ、或いは核の造る冬によって一人一人絶命して行ったのであった。人類そのものが放射線障害による老化症や癌化でその存在そのものが、創造主の暖かな庇護の手を離れてしまったようであった。

タイレルは、ハンニバル・チュウ技師とともに自らの義眼と周囲のサイバネティック補完装置を開発し。軍に人間に変わる兵器、消耗可能な大量既製品レプリカントを発案したと言う訳だったのだ。植民惑星までノコノコ出かけて行き、身を犠牲にしてまで権力者の満足感を震わせてくれる駒の登場に施政者は狂喜し、兵器、労働、歓楽、総てのサービスを提供するよう求めた。タイレルは自分の目的を心の奥底に深く収め、次々Nexusシリーズを拡大し不具なるもの達を量産し続けて行ったのだ。

そしてその結果が、リックの目の前に居た。

リックは、なまじレイチェルが可憐であるが故に激しい動揺と混乱を覚えた。そしてリックには天使のように見える彼女から発せられた言葉が引き金となり、激情が迸ってしまった。


「ありがとう。ごめんなさい、私が生まれ出るために…。」

「やめてくれ!何がありがとだ!何がごめんなさいだ!!」

「俺はここまで自分で考え、自分の力でたどり着いたんだ!決して傀儡師に操られていたわけではない!!」

悲鳴にも似たリックの叫び声が、暮れかけた鉱山の瘴気の中に響いた。

「君は、俺の母親だとでも言うのか。それとも俺がお前の父親だとでも言うのか!!」

「粗野で不教養で、船を操ることぐらいしか出来ないのに。お前の目つきが気に入らない!即。いま!処分してヤる!!!」

リックは手刀にエネルギーを集中させて間を詰めていく。

ゾーラとメアリーがユニゾンで迫ろうとした。リオンも躍動する筋肉に今までない喜びを感じつつ戦闘体制に入る。しかしロイは、右手の人差し指をあげると3人に向かってゆっくりと降り、口元に持ってくると子音の息を吐き彼等を押しとどめた。

ロイの左手は相変わらず、プリスの細い髪を嬲り遊んで居た。

「俺は、俺だ…。この命、何処まで持つのかも分からない。ロイ達6より長いかもしれないし、短いかもしれない。そんなことさえも知らされて居ないんだぞ、そんな中途半端な俺に感謝の言葉など口にするな!!」


「リックはロイが結構気にしている事、口にしてますが…。」

逞しい胸に抱かれつつ子猫のようにはしゃぎながらプリスが言うと、

「あいつは俺の弟だ、兄貴の代弁者でも良いだろ、それよりもう一度、鳩の話を聞かせてくれ…。」

先程までは3人に向けていた指で、此れからも良く動くであろう柔らかい唇をやさしくふさいだ。


「分かりました、私が悪いと思います…。タイレルへの復讐をいま果たしてください。その方が私は幸せかも、あなたの手で無に還れるのなら、満足です。」

「死ぬんだぞ!動力炉からのエネルギーパイプを切るんだ!良いのか!!」

「貴方の必殺の一撃はファイルにありました。その鋭い一撃ならば、私を長い間苦しませる事なく送ってくれると信じています。」

「くっ…。」

「お願いいたします。」

レイチェルは白い病院服のような衣装の前で手を組み、目を閉じ来るべき記憶の切断に前向きに臨んだ。まるで、無垢な赤子が静かに眠る時に浮かべる、未来への記憶を楽しむかの様な微笑みで。

「す、すまない…。」

リックは手刀を収め、崩れ落ちるようにレイチェルの前に跪いた…。レイチェルは静かに目を開けると、震えるリックの肩に手を載せ、囁く。

「貴方こそ、謝らないで…。」

「くっ…。君は…。」

「もう何も言わないで。」

「あゝ…。確かに。」

2人は手を握り合い、そのままリックはレイチェルの膝に額を寄せた。

彼の姿は。迷宮の森の中、少女の気配に引き寄せられ安住の地を見つけたユニコーンのように。粗暴さが消え、福音をもたらす一角のよう、酸の雨さえも跳ね返す強い絆が生まれた様に見えた。

そして、2人だけの秘密のファイルが紡げれ始めた…。


10

「さて、これからのことを決めようか。」

ロイが口火を切る。彼は簡潔明瞭、単純で効果的な作戦を好む。

「さっき皆にも見てもらったが、プリスの仕入れた情報では、壊れたこの星にも脱失用のクルーザーが何隻か存在する。」

「そいつを早めに見つけて、ゲートから堂々と地球に乗り込んでやると言う戦法なんだが、如何だろうか。」

「あまり時間はないわね。」

「そう奴等も、こう度重なる墜落に興味を持っては居ないはずないわね。」

「賛成、さあ船を探しましょう。」

ロイとトリオを組んで居たメアリーとゾーラの反応は早い、今までも即決即断で危機を乗り越えて来たのであろう。味方としてこれほど頼もしく感じることはない。

「俺らの反乱が怖くって、逃げるための船…、隠すんだったら鉱脈の無いところ。」

「しかも火山の影響が出にくくて、居住区に近いところってことになるけれど…、それでも範囲は広くなる…。」

リオンが、鉱山者としての分析を試みる。

「ゲートとの問題がある、小型の脱出艇には、積載できる安定型の燃料がそれほど多くはないはず。」

「そうなると、居住区の中か…。北へ伸びる原野の中か…。そんなにきつい離床曲線を描けるわけ無いのだから、意外と近い所か。」

リックが航法士としての意見をいう。

「オリジナルというものはとても弱い、だからいつも虚勢を張っている。そんなとるに足らない奴等が造るなら、脱出艇には退避用のトンネルが在るはず。皆さん、お心当たりは?」

レイチェルが観念論的にリックの意見を補足する、彼等はもう動と静。異なる感性であるが、陰と陽。互いを補完しつつ存在し得る関係になっていた。2人の繋がれた手がその意思を表していた。

「そうだ、あそこだ!」

ロイが大きな声をあげた。

「俺らが乗って来たポットが作ったクレーター。リオンとリックがプリスを泣きながら探していた所だ。」

「あら、お二人ともそんなに私の事を…。ありがとう。」

プリスはレイチェルののほうを見ながら悩ましげな視線をリックに贈る。また悪戯を始めようとするのだろうか、しかしロイが割って入る。

「あの時俺が突然プリスを抱いて現れて、驚いていただろう。」

「あゝ確かに、俺たちだってそこそこの探査レーダを持っているから、地下深くに居るのかと思い瓦礫を片っ端から掘り返していたんだ。」

リックは意識にロイへ一つ借りができたかと思ったが、繋いだ手から全ての感覚がレイチェルにも流れるので、彼女の『少し妬けるわね』と言う感情が流れ込んで来た時、こいつは逆だ、貸しになるなと思った。リックが彼女と繋いでいない手で、ロイに続けてとサインを送る。

「ああそうだな、実は俺はポットの反対側から炎の中に出たんだ。まあ、落っこちたと言うのが正解かもしれないが。」

「そこには空洞があり、そこにプリスが居たんだ。」

「それじゃあロイはもう少し丁寧に周囲をトレースしてれば船に困らなかったて訳なのね。」

「困ったファーストマンさんだ事、まあ、この3人が家族なったと言う事で手打ちね。」

メアリーとゾーラは若干悔やんだが、いつもの事なので、いつものような反応で彼等のポットに行く事を提案し出発した。

そこには一行を地球へと運ぶには十分すぎる移動システムが、数機格納されたゲージへと導く通路があった。


どれも個人で所有するには豪奢な物で、ここの監督官がどれだけ利権を振るって居たのか容易に想像できる代物。この犯罪的な物品に捜査局に通報すれば、地球にも居るはずであろう関係者にも捜査範囲が拡がる事は必至であるのだが。既に遵法行為などと言うものはとうの昔に捨て去っていたので、リックはざっと周囲を見渡しただけで詳しいデータ収集は行わなかった。

「さてリック、どの船が良い?」

「そうだな、足が速そうで。装甲が良い奴ってなると、これかな。」

彼は、比較的小型のクルーザー船を選んだ。

「では乗りこむか。」

コンソールパネルで船の起動をリックが行なっている間、各人はジジリウムの補給を行い、目の前に迫った最後の戦いに備えくつろいでいた。

「はい、貴方の分。冷めないうちにどうぞ。」

マグカップに入れられたコーヒーを、レイチェルが運んで来た。

「あゝ、ありがとう。大体終わったから頂くとしようか。」

「本物のコーヒーらしいわ。」

「そうなんだ、代替え品を船で飲んだことがあったけれど、香りが違う…。」

「コーヒーの淹れ方にもコツがあるみたい。そんなファイルも私に中にはあるの…。貴方に出会えなければ、何の疑問を持つこと無くタイレルに…。」

「そんな事は考えなくて良い、今が現実。自分が感じて事を、感じたままに生きれば良い。」

リックはレイチェルの手に自分の手を重ねると、言葉の補完を行なった。彼等にとって情報の共有こそが性的な快楽よりも優先された、リックはレイチェルであり、レウチェルはリックはなのである。

「リックは、ここから俺らの格納庫に連絡する方法はあるかい?」

リオンが気まずそうな感じで声をかけて来た。

「あゝ、此処から話せば繋がるはずだが。」

「ありがとう、黙って出て行くのもなんだから。少し電気羊達の物の見方を変えていってやろうと思ってね。」

「そうだな、魂は内なるところから湧き上がる。ファイルも転送可能か調整してみよう。」

コンソウルで調整を始めたリックを見ながらリオンは、レイチェルに声をかける。

「リックは本当にいい奴だ。あんたはいいパートナーを見つけられた、幸せだと思うよ。」

「えゝ、ありがとう。」

「えっ、いやあ。ありがとだなんて、俺は思った事を口にしただけだから…。」

微笑む彼女に照れていると、後ろから声が飛んだ。

「あら、ブラッシュアップした時に、瞳を輝かせて『メアリーさん、サイコーだ!あんたはおれの女神様だ』って、いってたはずだけれど。」

だらけていた筋肉を過緊張させながらと、直立不動の姿勢をとり軍事教練風に応えた。

「ハイ!私はメアリーさんの崇拝者です!」

「あら?メアリーだけなの?」

ゾーラが間髪遅れる事なく介入する。

「ハイ!私はゾーラさんの狂信者です!」

「おいおい、お二人とも手加減を。さあ出来たぞ。この星の目を覚まさせてやってくれ。」

「これで俺たちに続く奴らが、出てくれればいいんだが。」

「大丈夫だよ、皆分かるって。」

リックはこれだけ騒いでいるのに声をかけていないロイに近ずく。彼は左手の拳を見つめていた。節くれだち、深い傷の幾つもある拳を。よく見ると少し腫れていて、白化現象を起こしているようであった…。そばにいるプリスも一所懸命に拳をマッサージしている。

「ロイ…。今なのか?」

「ありがとうプリス、落ち着いた…。」

彼は朗々と語り出した。

「死は皆に平等に訪れる。俺には残された時間が短いというだけ。しかし、俺にはまだやる事があるし、それが俺自身を、いや、プリスや皆を救えると信じている。希望ってやつさ。作戦実施時に希望は災難とも言われるが、今の俺には希望こそが存在意義なんだ。」

「リオンの送信が終わったところで、希望の惑星。地球に向かうぞ。」

ロイはこれ以上ない皮肉を母なる星に浴びせた。


ゲートをくぐり抜けると、そこには死に掛けた病に陥った惑星があった。干上がり潮の花で覆われた地表。熱で風化し赤い砂塵に戻ろうとしている旧市街。それらには文明の影すら感じられず、生命の営みなど欠片も感じ得なかった。航路を進んで行くとしぶとく活動を続ける街並みが広がり始める。天に向かう塔がそびえ、その先端から無数の炎と黒煙が上がっている。そこは酸の雨で常に洗われる新市街。彼等の目的の地であった。

感動的でさえある眼前に風景に水を差すようにビープ音が鳴る。リックが舌打ちまぎれに呟く

「停船命令か…。」

「俺たちにそんなものを守る義務は無い。」

いつしか彼の隣で、燃え上がる都市の熱気をみつめていたロイが答える。

「警察だ!君らの所属と進入許可コードを示せ。」

彼等の進路を塞ぐように警察車両が現れた。警告灯を付け牽引ビームで強引に着陸させようとする。

「結束了。下來!」

もう一台の車両からは聞き取りにくい通信が入る。

「奴らが嗅ぎつけたようだな。単なる捜査官との違いを目に見せてやるか。リック、手じかなポートに着陸しちまえ。奴らの有利にはさせない。」

「さあ始まるぞ、俺はプリス。ゾーラ、メアリーにはリオン。レイチェルにはリックがエスコートを。捜査網を突破したら最下街にあるチョンの目玉工房に向かう。各自健闘を祈る。」

「降りるぞ、、、、。」

牽引ビームに逆らいつつ船体の安定を維持しようと格闘するリック、お得意の軟着陸ではあったが比較的警備の少ないポートに降下させる事に成功した。

「行け行け行け!じゃあリック、また後でな。」

「あゝ、後で!」

続けざまに発射される衝撃弾の着弾音、リックがレイチェルと船外に出た時には、体制は決まっていた。無惨にメアリーの身体が酸の雨で濡らされていた、遠くでブラスターの発射音が続いている…。

メアリーの事を調べていた男が、2人に近付いてくる。

「君らも風穴を開けるか?」

「俺はホールデン。察しの通りブレードランナーだ。」

流れ落ちるように降り注ぐ酸の雨で、メアリーからは驚くほどの量の血が流れ出て、川の流れのように排水溝に消えていった…。それは赤黒い蛇のようで、彼女の分身であるようにも見えた…。

相手の姿を見切るとリックは全力で手刀を叩き込んだ、愛しいものを守る為に、自分の生存本能のままに。しかし、リックは指一本動かせなかった。間抜けな話だ、牽引ビームに囚われてしまったのだ。

「我做到了。」

「良くやった、ガフ!先ずは此奴らをショートさせて本部に運ぶぞ。此奴らのファイルを拐えば、あのいけすかないメガネのジジイの魂胆が分かるかもしれない…。」

幾何学模様の口髭を蓄えた男が視野に現れた時、リックの全ての感覚が遮断された。


11

俺は夢でも追いかけていた。

黒い世界で灯りを求め。

俺は鈍く輝く得物を片手に、闇に紛れて追いかけていた。

それが何であるのか、何の目的であるのか分からなかったが、急いでいた。

息が上がるほど走っていた、それでも急がずにはにられなかった。

俺には、大切な約束が…。


穏やかでない夢をそこまで見ていると、部屋の通話装置が耳触りな着信音を流し続けている頃に気がついた。

確か、俺は退職しているはずなんだが…。

俺は素直にまぶたを開ける事に抵抗を感じ、少し相手を焦らしてやる事にする。

「起きろ!仕事がある手伝ってくれ…。」

通話回線を自由に改変出来る相手とならば、警部しかいない。俺が今1番会いたくないやつ。出来るのであればあのビール腹にブラスターを何発でも喰らわしたい奴。

「おい、いい加減に出ろ!!」

ついにキレ始めたか。あのいかれトンカチ…、ブチ切れると後で面倒だ。そろそろ頃合いかもな、起きてやるか。

「はいはい、出ますよ…。」

寝床をのろのろと這い出すと、見慣れた筈の散らかった部屋に違和感を感じた…。

そして急に、俺は思い出した。

「そうだ、 俺は、リック。リック・デッカードだ…。」



終わり

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