第4話

7

爆発の中心から這い出し彼等は、ジジリウムの補給と現状の打開を検討する為にリオンの格納庫に向かった。

「なかなか整備されて所じゃないか。」

何処まで本気かどうか分からないがロイは呟く、メアリも使い込まれた工具に目を巡らすと頷きながら同意する。

「これだけあれば、たいていのことは出来るわね。」

「じゃあプリスを、プリスの事を診てください。」

「下さいって言わちゃったよ、ロイ。」

白髪の戦士は大仰に両手を広げ、上ずった声で哀願する新人戦士の肩と彼以外にはそうは簡単預けはしないであろう女傑の肩を抱き言った。

「おいおい、俺たちは家族なんだぜ。畏まった言い回し話だ。」

ロイは充分配慮したつもりだあったが、リオンは引きずられるように引き寄せられ、恐怖があからさまに表情に現れた。彼の心情を理解したのかロイはメアリに指示した。

「彼女の再起動の後、リオンの事も頼んだぞ。」

「そうだね、素材は良さそうだからいじりがいが…。それにリック。7ナンバーはお初だから、どうなるか分からないけれど順番待ってな。」

「お手柔らかに…。」

苦笑するリックにゾーラが擦り寄り耳元で囁く。

「少し間があるから、私といいことでもしようか。」

「えっと。ゾーラ。少し休憩した方が…。」

彼が言い終わらないうちにリックの身体は宙を舞っていた。瓦礫に衝突する前にリックは体を入れ替え着地すると、追撃に備え反対側の瓦礫の陰に身を翻す。

「いい反応、惚れそうだよリック!」

蛇のように音も無く彼の背後に回り込んでいたゾーラが、タックルをしながら叫んだ。リックは瓦礫に頭から突っ込み、粉塵が周囲に立ち込める。間合いを詰め更に斬撃を繰り出す彼女に、彼は立ち向かったが…。勇猛果敢にと言うよりか、暴風に翻弄される木の葉のように身をかわすのが精一杯であった。とにかく距離を、とリックはゾーラの攻撃を受け流して行った。

何回か彼女の重い一撃を受けて、不思議にゾーラが彼の左側から攻め立ててくることに気がついた。彼はゾーラがメアリと組んでいる事を思い出した。彼女達は2人での攻撃に慣れすぎている。リックは意図的に続けて打撃を受け、とゞめとばかりにゾーラが大きく振りかぶった時、身体を沈め彼女の左脇に潜り込み身体を反転して組みとめ。両膝を後ろから突き跪かせると、右腕で彼女の首筋をロックした。

「 お見事!」

二人の組手を観ていたロイが軽くてを叩きながら言った。

「肉を切らせて、骨をってヤツか。良く気がついたな。」

「ユニゾンって聞いていたから…」

リックが言い終わらないうちゾーラは彼の襟足を掴み、大蛇が獲物を締め上げるように回転し攻守を入れ替えた。派手な音を立ててリックは顎から大地に打ち付けられた。

「背後を取った事は褒めてあげる。でも、詰めがいまいち。極めるなら右ね…。」

衝撃で回線がショートし、リックの視覚はゾーラの声を聞きながらシャットダウンした…。


深い森の中、彼は何かを探して彷徨っていた。いや、彼にはどこを探せば求める物が在るのか分かっていたが…。あえてそこには向かわず、自ら深い森へと分け行く。

森の奥、静かな泉のほとりで求める物が現れる。

燃え上がるようにたなびくたてがみ、炎のようにもえたつ瞳、そして額から伸びる一角。

そこには大地を踏みしめ白銀に輝く、ユニコーンがいた。

それは彼自身の姿であったのかもしれない。


「リック、早く目を覚ませ。プリスが再起動するぞ。」

ロイは大地にめり込んでいる彼を起こすと、情報端末から覚醒信号を入力して強引に回線を繋いだ。

「起きるよ。」

プリスの首筋で微調整をしているメアリーが呟く。

「おはよう、気分はどうだい。」

ロイは新しい家族を迎える紳士のように、両手で彼女を包むようの抱きかかえた。

「おはよう…。今迄、私…。夢をみていた。」

乳飲み子をあやす父親のように、慈しむように語り掛ける。

「夢を、どんな夢だい?」

ロイは腕を緩めると、彼女とリンクし情報を共有しつつ尋ねた。

夢は溜め込んだ情報の選別と消去の狭間で生じるもの、自我の発現がなければ、上級機種ですら早々感じれる物ではない。

「白い鳥…。あれは鳩かしら。私はそれになって、濁り渦巻く大きな…、川。いえ、海の上を飛んでいるの。ツバサを休める大地を求めて。」

「鳩の夢か。それなら私もよく見るよ。オリーブの枝を食んで、仲間の元に急ぐ夢だが。」

ロイはプリスの心を一瞬で虜にしたようだ。彼女の目覚めに喜びを隠しきれなかったリオンであったが、2人の絆に割って入る事を諦め踵を返しリックに話しかけた。

「共有できると言うことは良いことだな。俺はどんな夢を見るのだろうか…。」

「タイレルにその拳を叩き込んでやるって事で、良いじゃないないか。」

「それは、違うような感じがするけど。リック、お前は何かを観ることがあるか。」

「俺か…。俺はあまり休まないでも活動できるからな。」

彼はリオンに対して罪悪感を感じつつ、先程感じていた中枢回路の幻影を口する事はなかった。戸惑いと焦燥感に苛まれつつ彼であったが、自己の体験を共有できるパートナーを。彼のことを優しく膝の上に迎えてくれる、ニンフを求めたかったのだ。


「お次。」

失意の男達にメアリーがチュンアップの催促をしてきた。

「 あゝ俺を…。」

リオンが彼女に首筋を差し出した、きっと今までの自分と早く決別したかったのであろう。

「じゃあ、俺は荷物の方を見るよ。ロイ、悪いが手伝ってくれ!」

リックは無造作に横たえられている8ナンバーの仲間を、起動する事を優先した。新型の仲間がどんな状態なのかは分からなかったが、彼の直感が。目覚めた自我がこの繭の中に答えがある様な思いに駆られてからであった。


8

8の格納容器は施錠はされていたがロイの持つ開封コードで、軽いサーボ音とともに覚醒シーキェンスを始める。

「任務の時、帰還出来ないよならばコイツを壊せって命令されたんだよな。」

明滅を始めた容器を見ながら、ロイがリックに話しかける。

「『過ちを許される』なんと特権は、俺らには無いということさ。」

「帰還のみが成果ってことか。こいつには、どれだけの秘密があるのか楽しみだ。」

リックが応えるとロイは片側の口元を器用に持ち上げ、おどけて見せると、

「この笑い方、なかなか器用に確信をはぐらかすだろ。リック、驚くなよ。この8はタイレルの姪っ子をモデルに造られているらしいんだ。」リックの耳元に顔を寄せてくると、真顔に戻り秘密の共有を楽しむかのように事の経緯を話し始めた。

「なぜ、姪を。」

「詳しい事は渡されたデータにはなかったが、そもそもおかしいとは思わないか。たかがプロトタイプを奪還するのに、破壊のプロのに白羽の矢が立つなんて。」

「確かにこれだけ厳重に格納されているのならば、捜査機関に任せればいい。」

「そこで、8を奪い返した時。お相手のネットにメアリーがアクセスして、コイツの生い立ちを仕入れたってところだ。」

「まだその情報は受け取ってはいないが。」

『秘密主義者では無いだろうに』と、少し腹立たしさをリックは感じたが。『家族』と言いつつ、データにはヒエラルキーを枷るあたりがロイが今まで修羅場を生き抜いて来た術なのであろうと思い、情報端末の埋め込まれたあたりの汚れを拭い催促してみた。

「すまん、気が利かなくって。さあ手を出してくれ、俺の持つ全てのファイルを渡そう。」

そこにはタイレルの生い立ちや、破壊し尽くされた惑星に固執し社屋の奥深く隠遁生活を送るようになった今に至る経緯、そして何故プロトタイプが姪でなければならないのかと言う事件の記録もあった。

「悲劇というか、俺たちはこの為に生まれて来たかと思うと…、憂鬱になるな。」

「まったくな、タイレルって奴はどうしょうもない独善者で。俺たちの『家族』では無いって事さ。」

「況してや、神でも創造主でも無い。」

「その通り、さあ8が起動する。ここから彼女の初期設定はリック、お前に任すぞ。」

「俺だけ、ロイも細かい設定手伝ってくれよ。タイレルに渡した時に、奴のことを袖に振るように仕込んでやるなんてこともできるんだぜ。」

「あゝ、リック。自分しか興味を示さないようにしてやれ。タイレルがしたかった事を先にしてやれば、どれだけ彼奴が苦しみか。見ものじゃ無いか。」

ロイはその場から離れようとしたのでリックは食い下がった。

「その役はリーダーである君の方が適任じゃ無いか。」

責任の所在が曖昧なまま事を進めたくはなかったので、粘った。しかし、ロイは所在無さげに膝を抱え、何かを捜していのだろうか濁った鉱山特有の排煙たなびく空を眺めるプリスの方を見る、今まで見せた事のない穏やかな表情で語った。

「他の女にうつつを抜かすと、あの子を悲しませることになるんでね。」

「今まで彼女は充分哀しみを感じていた、俺ら以上に。だったら限られたわずかな命だ、少しでも分かち合いたじゃないか。」

「同感だ。」

Nexus6シリーズはほぼ4年しか生命活動を維持できない、それは周知の事実であり。彼等より開発ナンバーが大きなリックは自分の活動限界が彼等より長いことには間違いがなかったので、ロイの申し出に従わざるを得なかった。

「分かってくれてありがとう。」

「しかし、リック。リーダーっていうのはもう最後にしてくれないか。俺はお前のの実力を充分評価しているつもりだし、お前ならどの場面であろうと背中を任せても良いと思っているんだ。」

「分かったよ、ロイ。」

彼の言葉に満足げに頷き去ろうとする大きな背中に、リックはこれ以上ない愛情を込めて告げた。

「兄貴、気軽に背中を見せるのは俺だけにしてくれよ!」

プリスの方に向かう足を止めるとロイは振り向く事はなかったが、リックに片腕をあげ親愛を込めた合図を返した。


つづく

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