第3話

5

鉱山のマグマは上昇を続け、ジジリウムの露頭は灼熱の本流の遥下になってしまっていた。リオンら鉱山労働者達は格納庫での待機を命じられ暇を持て余していた。

「やることが無ければ、組手でもやるかい。」

リックがリオンを誘うとイバラのような棘を持つ下草で覆われた荒地で向かい合った。

「さあ〜、いくぞ!」

「あゝ、手加減はしないでくれ。君との実力の差を確認して起きたいんだ。」リオンは両腕をぐるぐる回し、首を大きく捻った。鈍い音がどこかの関節で音を立て、彼が防御の姿勢を整えるとそれが合図になった。

リックが全開でリオンの筋肉の壁に手刀を打つける、大気を斬り裂き唸りを上げたエネルギーが襲いかかる。リオンは身を器用に屈め、衝撃波をいなす。リックは更に立て続けに手刀を放つ。リオンはゴム人形のように身体を揺らし、リックの放つ打撃を躱して行く。

「なかなかやるな、じゃあこいつはどうだ!」

身を低く沈めるとリックは、相手の脚を払うべく低い足払いをかけた。

「クッ…。」

リオンは攻撃を避けるために身を空中に晒す以外選択肢は無くなっていた。しかし、宙を舞うと言うことは着地するまでの間姿勢を立て直す事が難しい。つまり相手の追撃を受けなければならないことを意味する、リオンは全身の筋肉に衝撃が走る事を意識させ、防御力を上げることを命じた。

「?」

しかし何事もなく、浮いていた身体が着地した。

「おいおい、どうしたって言うんだ。」

怪訝に彼が尋ねると、リックがプリスの居るはずの管理棟の方を指差した。

権威の象徴である機能美の欠片もない醜悪な建造物に、ゲートから現れた高速船がコントロールを失い墜落して行く。船は懸命に制動をかけ、逆推進の炎を吹かし大地を焼いたがフィールドに弾かれた運動エネルギーを昇華できるはずもなく。容赦無く吐き出される噴流は天に向かって許しを乞うがごとく立ち並ぶアンテナ群を無慈悲に融かし、神の御心のように清らからに磨き上げられた防御壁をいとも簡単に破壊した。

轟音と共に黒煙が上がり、リックが演じた墜落劇の数倍の衝撃が大地を震わせた。墜落と言うよりは、管理棟を初めから狙ったような衝突が生じたのだ。こんな事態になる事を始めから想定されてはいない管理棟の住人は、おそらくその命を保つことが出来ないであろう爆発が生じた。

「プリス!」

リックとリオンは焼ける建物目指し急いだ。墜落の現場は大地がえぐられ、至る所で火の手が上がっていた。

「プリス、何処にいるんだ。」

「お願いだ、返事をしてくれ!」

彼らはリミットを無視したフルパワーで崩れた管理棟の残骸を引きちぎり弾き飛ばし、心の天使の姿を探し求めた。

 しかし、プリスの姿は何処にも見つからなかった。


「プリス…、何処にいるんだ…。君ともっと話しがしたかったのに…。」

リオンが彼女に特別な感情が抱いていた事は、リックは察していた。それにプリスもリオンの思いに応えようとしたことも…。

「くそ!何処だ、プリス!」

リックも全身のサーボモーターが過負荷で悲鳴をあげても構わず、 瓦礫を弾き、小さな天使を探し求めた。


 視界が燃え盛る油煙で遮られ、絶望という文字が彼らの脳裏を過った頃、遮られた視界の彼方から現れた白髪の大男から声をかけられた。

「お探しのお仲間は、この方かな。」

男は意識を失っているのか、何の反応も示さないプリスを抱えていた。白い透き通った肌は所々に煤けた感はあったが、大きな損傷は受けてはいなそうであった。

「おお、プリス、目を開けてくれ、プリス、プリス!!」

何おためらいなく近付こうとするリオンに、リックが素早く身を寄せ制止した。

生身の人間では活動し得ない灼熱の墜落現場にいるという事ならば、彼も同類なのだろうが、彼の肉体から放たれる禍々しい殺気に…。

2人は臨戦態勢を整えた。

「辞めといた方がいいわよ、彼は並みの戦士じゃないから。」

視界の端から濃密な大気を分け入り、雌型の戦士が現れた。しなやかな肢体の彼女は、白髪の男以上に危険な香りがした。もう彼らは名乗るまでもなく戦いの手練れ、リック達が束になっても敵わぬ相手であろう。

「 ハイハイ、諦めが肝心よ。荷物があるの、運ぶの手伝ってくれない。」

野獣の様な彼女の陰からもう一体の同類が、声を掛けてきた。なんと彼女は1人ではなかったのだ、彼女達は陰と陽なのか、声も容姿も瓜二つであった。同じシリアルナンバーなのであろうがこれほど2人でシンクロされてしまうと…、出来れば一戦を交えたくない存在と言えた。

「時間がないの。あんたらのお姫はフィードバックがかかっているだけだから、協力してくれる。それとも、やってみる?」

「私たちは、手強いよ…。」

2人の殺気で空間が歪み、リックとリオンには視界が滲んで見えた。女戦士は手刀からエネルギー噴流を迸らせ、彼らのに向かって狩りの準備を整えた。

「ゾーラ。メアリ。いきなり凄むなよ。」

白髪の男がプリスを傍らにある岩の上に優しく横たえると、割って入って来た。

「すまない、俺たちはどうも粗暴なものだから。俺の名はロイ、彼女らはゾーラとメアリ。俺らはスリーユニットで汚れ役をしながら此処までたどり着いたんだ。」

ロイと名乗った男が端末のある手首を差し出して来た、リックは自分も端末を差し出し情報の交換をした。


ロイはNexus6シリーズの典型的な戦士であった。

 ある時は凶悪な生命体が溢れる惑星に降ろされ、橋頭堡を作らせられたり。またある時は玉砕覚悟で戦略上の捨て石として扱われたり。亜空間で航行する船に取り付き暗殺用の爆雷を設置したり…。リックはロイの経験した虚無の空間での活動に、航法士として慄然とした感想を持った。実空間でオーブンレンジの中の様な経験はしたばかりではあるが、ゲートの向こう側で船の外に出る事は彼にとって到底考えられない事であった。

「リック、君は航法士か。これは運命の引き合わせだな。」

ロイは小躍りしてリックの肩を抱いた。

「どういう事なんだ。」

歴戦の勇士に自分の存在を認めてもらった事に、リックは少し戸惑いながらも彼らとの出会いは必然であったと感じられた。今後生死を共にする仲間という感覚が胸の奥に湧き上がった。それが錯覚であることなど、その時は疑いもしなかったが…。


6

「そうか、リック航法士となると、これからの選択が増えるな。」

ロイは楽しげに話しかけて来た。さらに彼は笑顔で情報端末を介して2人の女戦士たちの情報もリックとリオンにそっと渡した。そこにはロイに勝るとも劣らない戦績が記録されていた、彼女達は2人で敵の師団を壊滅に追い込んだことすらあるようであった…。

「凄すぎ…。」

リオンが思わず声に出した。すると耳敏く聞き付けたゾーラが、敵を殲滅した作戦で見せたような電光石火の動きでリオンの胸ぐらを掴み、凄んでみせた。

「何がス、ゴ、イ、のかしら?」

鉱山労働を強いられる肥大した筋肉を持つリオンの大きな身体を、ぬいぐるみの様に扱うゾーラ。気道を締め上げられ声も出せない彼に変わって、リックが上ずった声で取り繕う。

「ち、違うんだ…。2人の戦い方が…、共振と言うのかな…。そう、ユニゾンだ!共鳴しているようで、美しくって見とれちゃうほど凄いってことなんだよ。な、そうだよなリオン!」

身動きできないリオンは、自慢の口髭に泡を吹きつつ目を剥き、身体を揺すり同意した。

「あら、そうなると私も美しいってこと。」

メアリがリックの首に彼女の鍛え上げられた腕を、しなやかに旋して来た。

「 もちろん、惚れそうだよ…。」

「お世辞がお上手ね、さすが7ナンバーの航法士さん。うれしいわ。ロイなんて私達を、兵器としか見てないからねぇ。」

リックも肉弾戦に多少の自信はあったのだが、彼女の腕から逃げることが出来なかった。ギリギリと締め上げられる関節に、サーボモーターが限界を示す軋みごえをあげる。動力炉から流れ出るジジリウムの還流が止まりかけた時、ロイが見兼ねて声をかけて来た。

「急ぎの仕事があるはずなんだが、遊ぶのはそろそろ終いにしてくれないか。」

「そうね、あいつを運び出しちゃいましょう。行くわよ!」

「速くしなさい、その筋肉は見かけだけってことはないでしょ。」

彼女達は、まだ燃えさかる炎の中に入っていった。

「ロイ…。助かったよ、でも凄いなあの戦闘能力は、基本スペックの何倍あるんだ…。」

「メアリがチュンナップしているんだ、物を運び出したら診てもらうといい。」

「なる程、そう言うわけか…。」

リックは一人納得して腕や首を動かし締め上げられていた関節の動きを取り戻そうとしていると、リオンが夢遊病者のように彼女達の後を追って行った。

「リーーーック、むかえにいこうか!」

痺れを切らしたのかゾーラがたなびく油煙の奥から怒鳴った。本来ならば上級機種であるリックが慌てふためき彼女らの指示に従おうとする様を見て、ロイが笑いながら言った。

「どうやら、ゾーラはお前にゾッコンのようだ。面倒みてやってくれ。」

リックはロイのいたずらに肩をすくめたが、これ以上バーサーカーを放置するわけにいかず声の元の馳せ参じた。


「此奴がいたからね、私達タイレルに会ってやろうって思ったんだよ。」

瓦礫の中に半ば埋もれた高速船の脱出ポッド、衝撃で大破していたがコクーン型の積荷は無傷で、鏡のような表面には「Nexus8」と言うシリアルナンバーが刻印されていた。

「8ってどう言う事なんだ…。」

白く鈍く光る繭型の格納容器を包んでいる緩衝材をはぎとりながら、リックは思わず声を上げた。レプリカントの開発は当局の規制があり、7ナンバーの彼ですら試験的な運用であったはずなのに…。ここに納められているモデルはさらなる上級機種なのか。

「さあねぇ、何処かの誰かが8ナンバーの噂を聞きつけて、タイレルの研究所に押し入って此れを盗んだのよ。」

「其処で私たちのチームに奪還の命令が来たってわけ。」

メアリがコクーンの滑らかな曲線に指でなぞりながら話すと、ゾーラが割って入って来た。

「選りに選って、荒事師の私達に命令したってことはどう言う事だと思う。」

「えっ、それだけ高価なものって事?」

リオンが答える。

「それだけじゃあ、50点だよ。」

ゾーラは軽く頭を振るとリックの方に視線を向け彼の意見を促した。

「タイレルが執着する最新機種というと…。その存在が漏れては行けないという事か。」

リックはそこまで言うと、少し間を置いて続けた。それは苦渋に満ちた声であった、自分の存在価値を無に帰すタイレルの考えを改めて垣間見たような気がしたからだ。

「8ナンバーには4年の制限が掛けられていない、なんて言う可能性もある…。」

「そうね、その考え方はロイも同じ。」

「だから、直接聞いてみたくなるじゃない。さあ外に出すよ、持って!」

彼女達は目まぐるしく変わる価値観に戸惑いがちな、見た目に依らずナイーブな彼等に命令口調で指示を出し、切り札になるであろう最新型が格納されているケースを運び出した。

繭の中に眠る機体は果たして彼等の救世主となるのか、それとも足枷か…。今の彼等には各々の関節にかかるコクーンの荷重だけが事実で、ここからの展望は一切開けてはいなかった。


つづく

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