第2話

3

狭いシャフトを鮨詰めの昇降機で上がりながら足元から迫り来る熱気に再び身が焼かれる恐怖を感じていると、俺の側に無関心な同胞を掻き分けて男が声をかけて来た。

「あんたはいつからここにいるんだ?」

強力な筋肉が装備されている男は、他の仲間とは違う瞳で俺に関心を示した。彼もまた死の淵で「生存原理」という流行り病に、かかっているのか。俺はそんな好奇心を抑えつつ期待を込めてつぶやく。

「つい先日からだが。」

派手な衝撃と共に昇降機が地上に上りきると、俺らの会話になどまるで興味がない他の同胞は、羊の群れのように宿舎とは名ばかりの保管庫にジジリウムの補給に向かって行く。彼らでも食欲らしきものは存在するのである、生きるためなのか、働くためなのかはっきり区別などは出来ないし、するつもりもないのだろう。

昇降機から肩を並べて俺らは粉塵まみれの世界から、自由へと扉の開かれた世界に歩を進めると、互いの左手首に装備されている情報端末を握り合った。

この情報端末はNEXUS5シリーズ以降に装備されたもので、各個体が経験した戦闘や作業の記録を共有し、その後の判断材料に活かそうという目的で在るのだが。今の俺たちにはそんな御託なんかはどうでもいい事で、同好の士で在るか判断すべき踏み絵のような物になっていた。

「行くつもりなのか?」

男は多少呆れ顔で俺に言って来た。

「あゝ、タイレルの狂った脳みそにこいつをぶち込んでやらなきゃ気が済まないんでね。」

俺は仲間の動力ケーブルを断ち切った手刀を構えて見せた。

「おっと、オレの首筋は入れないでくれよ。オレもあのクソ野郎にはあってみたい。」

「会ってどうするんだい?」

俺は彼にイタズラっぽく聞いてみた。彼は薄くなり始めた頭髪。きっと酸性のガスでやられたのであろう、疎らな髪を掻き毟ると、それとは反対に伸ばした口髭を擦りつけながら答えた。

「分からない…。でも、きっとあんたと同じ事をするんだろうな。」

自我の覚醒に間のない彼が混乱するのは仕方がない、俺は彼にこれ以上の負荷は好ましくはないと判断し話題を変えることにした。

「俺の製造番号はNEXUS7;ric00990780。呼びずらいから、そうだなぁ…。リックとでも呼んでくれ。」

「セブンだとか、他の言い方じゃあなくて良いのかい?」

「セブンじゃあ、いかにもにも型番っぽくていい気がしないよ。」

「ricだからか、じゃあオレはNEXUS6;lioシリーズだからリオンとでも言おうかな。」

自信無げに話すリオンに俺は彼の厳つい肩を抱き。

「リオン、いい名じゃないか。ヨロシクなリオン。」

「あゝ、リック。俺たちは今日から兄弟だ。」

「まぁ、タイレルの落とし子と言う点じゃあ、産まれる前からだがね。」

俺が皮肉まじりに言うと、リオンは図体の割に繊細なようで少し肩を落としてつぶやく。

「確かに、生まれる前からだ…。皆はソレを知らずに死んで行く。」

「知らなかった方が、幸せだったかい?」

リオンはゆっくりと頭を振ると、垂れた首を上げ、毅然とした口調で言い放った。

「いや違う、オレは今ここで生きている。地球に行って、奴に本当の地獄というもんを味あわせてやる!!」

もう迷いは無くなったようだ、俺はこれでリオンと深い部分で繋がれたような感じがした。

「ところでリオン。ハラが減ったっんだが。」

「そう言えばオレも食わずに掘っていたんだ。格納庫に行けばジジリウムはあると思うが。リックの分まではあるかどうかは…。」

「スラグでも、何でもいい。そろそろ反応炉の中がすっからかんになりそうなんだ。」

「何とかしよう、ここの監督官はとにかくケチなんだ。」

「船の飯よりマシじゃないのか?船の動力炉から直に反応炉にエネルギーを入れられていたから、口からはジジリウムの風味のカケラもないほど薄められたスープしか支給されなかっんだ。」

「なかなかの物だね。でもここでもあまり期待しないでくれ、基本支給されるモンは精錬クズさ。スラグなんてモンは出た来たらビックリするような上等なモンだよ。」

「そいつは期待出来る逸品だよ。」

「あゝ、舌がピリつくことはうけあうよ。」

炉が止まることを免れ落ち着いた気分で格納庫の壁にもたれ、膝を抱え今後の計画を練っているとリオンがかなりくたびれた容器を大事そうに抱えて来た。

「どうだい、やるかい?」

リオンは中に入った液体を一口喉に流し込むと、リックに勧めてきた。

「酒?」

「洗浄溶剤に風味付けに、草の根っこを入れてあるんだ。」

「純度はどれくらい…、何て事は野暮な話だな。貰うよ。」

リックは容器を受け取ると喉を鳴らして体内に溶剤を取り込んだ。鼻に抜ける刺激臭の中に、青臭い草の匂いが後追いして来た。彼曰く自分の絶望的な運命を自覚し始めた時に天命のように溶剤が語りかけてきたのだそうでだ、これを呑めと。

「なかなか良いやりっぷりだね。」

「酒は嗜む方じゃ無いんでね。」

「ホウ、嬉しい事言ってくれるじゃないか。俺も同感だ。監督官たちは墜落や操業中断の言い訳造りに大変だろうから、その間少しはこいつで息抜きして良いだろ。」

リックは時間に猶予がある今こそ、牢獄からの脱出を検討すべきだとは思ったが、リオンの笑顔には逆らえなかった。風味というか不純物の塊であろう溶剤を代謝速度を最大にして、また一口呑み下す。回し呑みは酩酊感ではなく、絆を紡ぐものなのかリックの認知回路に更新がかかったようだ。

砂混じりの酒で気分が良くなったリオンがどこで覚えたものなか、歌を口ずさむ。膝を叩き踵を鳴らす独特なフレーズはリックにも聞き覚えが…、本当にリック自身の記憶かどうかは、リック本人にも確かめようの無い物だが確かに知っていて。いつの間にか二人で声を合わせ歌っていた。無機質な鉱山の闇の中に二人の紡ぐハーモニーが、吸い込まれて言った。

4

「ずいぶんとご機嫌のようね。」

漆黒の闇の中から不意に声を掛けられた。

「!」

リックは無造作に立ち上がり、声の主に殺気を込めた視線を送る。相手の反応いかんでは必殺の一撃を繰り出す準備を整えた…、のだがリオンは心なしか弾んだ声で応えた。

「やあ、キミもやルかい?」

「ヒトクチいただこうかな、今日も大変だったから…。」

忌むべき相手であったら胸板にデカイ風穴を開けられていただろうと、リックは背中が凍りつくような思いであったが。リオンは自分傍にあるゴミ屑を手早く闇の中に消えさせると、声の主を呼び寄せた。するりとリックの脇を通り抜け雌型のレプリカントが彼の隣に腰を下ろした。華奢な肢体に優雅な立ち振る舞い、煤けた鉱山惑星に似つかわない白い肌と可憐な容姿の彼女にリックは思わず彼女に残酷な一言を掛けてしまっていた。

「辺境の星に、何で君みたいな娘がいるんだい?」

「オイ、リック!」

リオンが制して時に彼は総てを悟った、彼はこの手の惑星の流儀に疎いわけでは無いのだが、あまりにも荒涼とした鉱山ににつかわない彼女の登場に無邪気に口にしてしてしまったのだった。

娯楽など皆無と言える惑星の監督官が何を考えるか、そんな事は今まで散々目にして来たではないか。ヒトという種族の残虐な手口を。リックは自分の仕出かした不手際に猛省をしなければならなかった。

「 リック、お前もやつらと変わらんのか…。」

リオンの言葉がリックの心に突き刺さる。

「すまない…。」

彼は自分の言葉を恥じた。

「いいの、いいの。慣れているから。はい、左手を出して。」

彼女は自分の情報端末をリックに差し出した。彼は完全に地雷を踏んでいた、いや、踏み抜いていた。

互いの情報端末から供給されるデータに、2人は過去を共有する。彼女はリックの凄惨な脱出劇を、リックは彼女が今どんな思いで監督官の宿舎から出て来たのかを知った。安息を求め自分のための時間を得られた彼女の思いを、見事なまでにぶち壊した自分にリックはもう侘び入れる言葉など見つからなかった。

「なんかゴメンね、2人の邪魔しちゃって…。」

意気消沈する2人に彼女が先に声をかけた。

「湿気った雰囲気なっちゃったね、踊ろうか、私。」

立ち上がると彼女は凛と姿勢を正し、両腕を広げると緩やかに体に巻き付けるように閉じ、膝を曲げながら優雅に2人にお辞儀をした。そして再び姿勢を正すと、バレーターンを始めた。リズミカルに、たおやかに「くるり、くるり」と。掃き溜めに舞い降りた天使のように彼女は優美に、淑やかに舞う。彼女の履いている靴が、「こつこつ」とむき出しのコンクリートに響き、赦しを乞うリックの心にしみ行っていった。


「いかが、今の私には踊ることぐらいしかできなけれど…。」

「すばらしいよ、すばらしい。」

リオンは両肩の大きな筋肉を振るわせながら盛大に拍手を送っていた。リックは彼の心に宿り始めたであろう彼女に対する意識を察し、彼女をリオンの隣に座るように促し、苦くはあるがその場の3人には最高な飲み物を進めた。

「ふう、少し動くだけで息が上がっちゃうんだけれどね。どうだった。」

「妖精のようだったよ、また、踊ってくれるかい。」

大仰に彼女と盃を交わし、喉を鳴らして流し込んだ苦い酒がついた口髭を拭いながらリオンは彼女に乞う。

「こんな拙い踊りでいいのなら。」

「じゃあ、お礼というわけじゃ無いけれど、今度は俺が小技を。」

手頃な石を幾つか拾うと大きさを慎重に選びリックは放り上げた、放物線を描く物体めがけ彼は両手の親指に挟んだ小石を弾いた。運動エネルギーを得た物体が重力に引かれ落下して来る標的に衝突する。衝突した質量は衝撃波と閃光に転換される。周囲に埃が立ち込め皆がむせてしまった。

「いけない、つい調子に乗ってしまった…。」

「いや、なかなかの腕前だよ。軌道の計算はやはり航法の応用かい?」

「あゝ、この星は重力と自転速度が安定しているから比較的簡単なんだ。」

「成る程な、コリオリやターホイヤーの力も考慮済みってやつか。やるね。」

「ありがとさん、まあゲートが近くにあるから簡単でもあるんだが、ゲートが開く時は話が変わって来るんだ。」

「ゲートか。私も何処か遠い星に行ってみたな。」

男たちが騒いでいるのを尻目に彼女が寂しげに呟く、そんな彼女に2人は同時に応えた。

「行けるとも、俺たちが君を此処から連れ出す!」

勝算のない未来に絶望を感じることしかできなかった彼女にとって、2人の力強い言葉は眩しく、彼らの描く未来に身を委ねても良いのかもしれないと思った。

しかしどんなに熱い想いでも、惑星の自転速度を変えることは出来ず熱い楽しい時間は終わりを告げる。鉱山を覆う未開の森の中で生き物達が、ざわつき始めたのだ。

「日が昇るわ、もう戻らないと。」

「また今晩も来てくれるかい?」

リオンが名残惜しそうに彼女にすがる。

「ええ、もちろん。」

監督官のどす黒い欲望がどの程度のものか測ることなど出来ない現実に、苛立ちさえ覚えたが今彼女を返さなければ確実にリックの存在は知られる事になり飢えた猟犬どもが野に放たれる事になる。残念だが彼女の判断に委ねる以外手は無かった。意気消沈する2人に彼女は気丈に振る舞った。

「元気を出して、これで私は今日。生きて行けるんだから。」

「また夜になれば、此処に来れると思うと生きて行くチカラが湧いて来るの。」

視線を落とす2人に彼女は唐突に提案して来た。

「そうだ、2人には名前があるけれど、私にはまだ無いの。私の名前をつけてくれない。」

驚く2人に毅然と彼女は言い放った。

「良い名前をつけてよ。」

あまり時間のないことはわかっていた、2人の猛者達は普段あまり使わないデータを駆使し考えた。淡く儚いが、芯の通った彼女に相応しい名前を…。

「プリスは。」

リオンが唐突に言った。

「プリスね、良いじゃ無い。ありがとリオン。」

プリスはリオンの頬に軽く口付けをすると、足早に白み始めた世界に消えて言った。

「良い子だな、何としても此処から救ってやらねば。」

「そうだな。でもリック、お前の目的はタイレルだろ。」

「あゝ、あいつに俺たちの見た地獄を…。それに短過ぎる命に対して聞きたいこたがあるんだ。」

「彼女を連れて行くということは難しいじゃあないか。」

「もう少し仲間が欲しい、リオンと俺だけでは駒不足だ、強烈なリーダーシップのある戦士の力が…。」

更に力強さを増した恒星の陽光の中、リックとリオンの悩みは決して減ることはなく増して行った。

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