放浪の末に

@tororokonbunokokor

第1話


1

オリオン座の肩にあるM型巨星の吐き出すホットなため息の中、航行不能になった輸送船に俺は載っていた。でっぷりと膨らんだ恒星は水素をほぼほぼ燃やし尽くし、溜め込んだヘリウムを使わなければ自身の体裁を保てなくなっていた。もうそうなると事前の状況など予測できるはずもなく、経費節減の名目で設定された航路上に放出された高速の素粒子が放たれ、ナビの回路を焼いてしまったのだ。会社が消耗品の俺たちレプリカントが乗る船に、安全などと言うものを求めるものでは無いとわかってはいるが…。目の前に沸る地獄の門を見れば、誰だって判断を変えたくなる。

全ての照明を落とし、警報音さえも切り、あらゆるエネルギーを動力の維持に。航行制御を手動で操る俺と部下たち。他の仲間は自分の動力炉からケーブルを引き出し、煮える光球面から逃れるため、生命維持に不可欠なジジリウムの放出するエネルギーでさえも船の推進機に投入する。

 コンソールの上で運命を託された俺らは、必死の操船作業に続けた。しかし船は明らかに推力不足で、確実に巨星に引き寄せられ、無情にも高度を下げていった。

「ダメだ、吸い寄せられる…。」

相棒が絶望的に呟く。

焦燥?絶望?そんな感情俺らにあったのか?

俺らに感情なんて物は元々プログラムされていないはず。それとも死に直面すると芽生えるものなのか?

そんなサディスティックな設計をしているとしたら、俺らの生みの親はなんて…。そこまで考えた時、俺の脳裏に未だ嘗て無かった考えが浮かんだ。

「積み荷を…。」

そもそも会社の方針で腹の中に法定以上の質量を抱え込んでいるから、こんな所で焼かれる事になっているんだ。

「推力が無いなら、機体を軽くすればいいんだ!積み荷を捨てるぞ!」

唖然とする相棒を尻目に俺はコントロールパネルを叩き、質量点めがけコンテナを次々と放出して行く。軽い衝撃と共に機体が浮上して行く感覚した。

「なにやっているんだ!」

こんな時まで叩き込まれた愛社精神に毒されているのか、ギリギリの状況に追い込まれても初期プログラムに疑問を持たないレプリの性なのか、コンテナを捨て去る俺に相棒が食らいついて来た。

「邪魔立て無用。」

俺はその時にはもう、異質のものになっていたのだろう。

目覚めてしまったのだ、俺は俺であると言うことを。会社の所有物でも無いし、況してや生命の許諾権を他人に握られるなんて事は、容認できるものでは無いと。

俺は奴の首筋に貫手を滑り込ませ、攻撃を強制的に終了させた。奴は俺のスペックを忘れていたのだろうか、いや、奴は俺より会社に従順だっただけだろう。言い換えれば、俺を除くクルーは全て真っ当なレプリカントだったのだろう。

暗闇の中相手の動力炉が沈黙すると、ゆっくりと手刀を抜きコンソールの高度計の数値を確認する。

高度が上がり始めている…。オンボロの機体がなんとか、赤色巨星の重力井戸から這い出しているのだ。死の呪縛は解かれ、俺は生き抜くことができたのだ。

2

燃料を無駄吹かししたのにもかかわらず船は、俺以外のクルーと積み荷の尊い犠牲によって、Cビーム煌めくターホイヤーズゲートを抜けることが出来た。

 そしてたどり着いた先には、暗く小さなG型恒星を巡るテラ型惑星がポツンとひとつだけあった。こんな寂しげな空域に航路が引かれている理由や名もないこの惑星の詳細が船のデータバンクにあった。

 俺たちはこの惑星に重機の交換パーツを届ける予定だったようだ。

 星間航路のどんずまりジジリウムを産出することがなければ見向きもされないだろう辺境の惑星に、ジジリウム産出に不可欠なパーツを届ける俺たちレプリカント、そしてここで産出される俺たちレプリカントの糧であるジジリウム。

 この世界の歪みの一端があるようだ。

この稀少物質、ジジリウムは揺らめく波のような青い燐光を放つ鉱石であるのだが、大概はマグマが湧き立つ危険な坑道の底ででしか産出されない。

 連続的な核変換により放出される荷電粒子により俺らの命は紡がれているが、理不尽なことに俺たちの命はこの厄介な物質が無ければ数週間と保たない。只でさえ4年と言う短い命であるのにさらなる制約が科せられているのだ。

 追い打ちをかけるように。

そもそも優秀な奴隷。言い換えれば社の所有物であった俺には、「命」などと言う単語が脳裏に浮かぶ事など無かったが。崩壊間近の恒星で100万度オーバーなコロナに焼かれてから、この単語が浮かんでは消え。自分の限られた生存期間を意識せざるを得なくなって来ている。

其れが自らの手で葬り去った命であろうと、マグマ沸き立つ坑道で作業をする仲間の命であろうと。

俺は管制の命令を無視し、船を宙港に向かわせず原生林に突っ込ませた。まぁ、墜落を演じた訳だ。

こんな芸当、数日前まで模範的なネクサス7であった俺には到底考えられないことであったが、今となっては辺境警察のバウディーハンターから逃げきるためにはなんだってやると言う感じに…、俺の回路に「生存本能」が、芽生えてしまったのだから仕方がない。

痕跡など残す事になれば奴らは執拗に追って来る、腹を空かせた猟犬のように。逃げ場のない植民惑星では大概逃亡レプリカントは、胸に大きな風穴を開けられるのが関の山であろう。

轟音とともに大地に突き刺さる船を尻目に、カーゴの大穴から飛び降りた俺は奇妙な植物が絡みつくように密集する原生林を泳ぐように進む。この星も俺が今まで見てきた世界と似たり寄ったりなところで、安住の地などと言えるような代物では到底無いようだ。

特にジジリウムを産する鉱山などでは俺たちネクサスナンバーは消耗品扱いで、溶鉱炉のようなトンネルの中である者は熱線で焼かれ、また強酸のガスに溶かされ絶命していく。ならば遠隔操作で操業した方が良さそうなものなのだが、需要と供給の原理が効いているのかこの手の場所では人海戦術での操業が続いている。

墜落までの僅かな時間でデータバンクに残された情報をさらった情報であるので、確かなものかは甚だ疑問であるが、是非とも鉱山の現状がどうなっているのか見学したいところである。まあジジリウムが俺の体内で枯渇してしまう前にスラグでも良いから手に入れなければならないので、遅かれ早かれ出向かなければならな場所でもあるのだが。


そもそも空腹などと言うものは感じた事のなかったが、貯蔵庫のジジリウムは確実に減って行った。もうこの星で活動をとめてもよかったのだが、妖しく光る鉱石のために生き、そいつの為に生かされ、人型であるのにもかかわらずヒトとして扱われない俺らの運命。創造主たるタイレルに一言挨拶をしてやりたくなって来た、

「この世界は何処もかしこも地獄ばかりだよ。」と。


墜落後の後始末がひと段落したであろう翌日の深夜、昼夜を問わずの操業する鉱山に潜り込んだ。シャフトを伝い、赤熱のマグマが湧く最深部へと向かう、其処には俺の命を繋ぐジジリウムが有るであろうから。しかし、作業されている露頭以外は、鏡面のように磨き上げられ、採掘跡には一片の鉱物存在していなかった。無駄を逃さぬ仲間の仕事に改めて驚嘆しつつ、黙々と作業を進める仲間の背後に周り、急所である首筋に手刀を振り落とそうとしたとき、意外な光景を眼にした。

岩盤圧で結晶構造をより密に変性させ硬度を上げた深部火成岩をも紙のように砕く巨大な削岩機を、まあそれ程のパワーが無ければジジリウムなど手に入れることはできないのだが、ペーパーナイフのよう振り回しながら、一体の仲間が監督官につながっていると思われるロボットカメラに食って掛かっているのだ。

「マグマが不安定になってきている、噴火の兆候だよ。作業の中止を命令してくれ!」

監督官は空調の効いた部屋から現場で命を削りながら作業する俺らに、『ノルマ』と言う一言で無理難題を押し付けているに違いない。サボタージュなどと言う概念すらインプットされて無いであろうパワー系鉱山従事タイプの彼らが作業中止を訴えると言うことは、相当やばいところに来てしまったようだ。今日のところは引き上げるしか無いのかと思っていると、監督官のふざけた台詞が響いた。

「こちらのセンサーには噴火の兆候など観られない。作業に戻れ。」

「もう露頭の一部がマグマに沈んじまってるんだ、そいつをどうやってやれって言うんです!」

肥大した両腕の筋肉を震わせながら仲間は悲痛な声で訴えていたが、監督官はまだ作業出来る露頭が有るはずだと彼の言葉を制し、呪われた言葉を吐いた。

「ノルマを果たせ、ノルマを果たせばいいのだ。」

いかなることより優先される経済原理、こいつで俺も命を落とすところだった。あの沸き立つ光球が脳裏に浮かぶと身体が勝手に反応してしまい近くに転がっている握り拳ほどの石をカメラに向かって投げつけた。

「どうした、画像が落ちたが。」

監督官が降って湧いた面倒なことにあからさまな不機嫌を隠そうとせず聞いて来た。

「天井に一部に亀裂が…。それでカメラ潰れたようです。」

俺は呆気にとられている作業員を尻目に、男の声色を真似て答えた。

「ふん、確かに地震波は頻発しているな。今日のノルマは明日以降必ず取り返すからな。作業一時停止。再開は8時間後以上。」

監督官はマニュアル通りの処置を施し、作業員を一時解放した。それに合わすかのようにマグマ溜まりが沸騰した岩石を吐き出し、俺と作業員達の頬を焦がした。俺らは慌ててシャフトに向かい熱と腐食性のガスから何とか逃げ果せたのであった。

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