第2話

「・・・確かここであなたの親友の子に変化が訪れたのよね。」


3階へ上ってすぐ、彼女は「応接室」と書かれた扉を指指した。


「親友・・・?うっ・・・!」


「・・・また何か思い出せそうなのね。」


—うっ・・・。―


—どうした!?いつき!―


—頭・・・痛ぇ・・・!―


親友・・・そうだ、俺には小さい頃からいつも一緒だった親友がいたんだ。


いつき・・・。いつきだ!


確かあの時いつきは・・・。


—痛いっ・・・!おれ、のあたま・・・・!―


—どんどん膨らんでってる・・・!―


—うわああああっ!―


それから・・・それからどうなったんだっけ・・・!


思い出せ・・・!


「・・・いつき君。彼はこの教室で頭から犬の耳が生えたのよ。」


—そうだ。でもあいつはそれを特に気にしてなかったんだ・・・。



—いつき、それって・・・。―


—・・・まぁ、耳・・・だよな・・・。―


—大丈夫なのか!?—


—大丈夫そう・・・。おお・・・ふかふかだな。ちょっと獣クサいかも・・・。鼻もちょっと良くなってんのかな?—


—犬になる呪いか・・・。―


—犬かぁ。漫画とか読めんのかなぁ・・・。―


あいつは犬の耳が生えても全然平気そうで、漫画の心配しかしてなかったな・・・。


「・・・それからここ、校長室。」


彼女は先に進み、校長室を指さした。


「校長室・・・?ここでも何かあったのか?」


「ここであなた達は武器を調達していた。」


「武器!?」


「“あの子”が持って行ってしまったから今はないけど、ここには弓道部が大会で優勝した時の弓矢があったの。」


あの子・・・。俺の仲間の一人か?


「そしてこの教室ではいつき君にしっぽが生えたわね。」


—えっなんだ!?—


—・・・いつき、後ろ向いてみろー


—え、何—


—・・・しっぽが生えてる・・・—


—・・・まじすか・・・。―


「そういえばそんなこともあったような・・・。」


「あったのよ。実際に。ここでね。」


彼女はそう言うとさっさと歩き出した。


「—次は体育館よ。」



俺たちが再び一階に降りると、体育館へ繋がると思わしき渡り廊下が見えた。


そこを歩いていくと、すぐに巨大な体育館が。


彼女はガラッと体育館の扉を開けると、「・・・ここでもいろいろあったわね。」と言った。


「なっ・・・!なんだここ・・・!!」


中を見ると、床のあちこちに人骨のようなものが散乱していて腐臭を放っていた。


「・・・覚えてる?ここであったことを。」


彼女は俺を見つめて言った。


ここであったこと・・・?


するとまた頭がズキンと痛み出す。


今までになく強い痛み。


吐き気をもよおすほどの眩暈。


「・・・っはぁ!」


チカチカする視界の先でまた過去が見えた。


—う・・・!―


—いつき・・・?どうした?—


—・・・逃げろ・・・—


—どうしたんだよ!ここを抜ければ魔女に会え・・・—


—今すぐ逃げろ!!―


「うぁ・・・!!」


頭が痛む。


そうだ・・・。あいつはここで・・・!


「そう。彼・・・いつき君はここで呪いの真の効果に気付いたのよ。彼は狼になる呪いをかけられていた。」


そうだ・・・。あの時いつきはみるみるうちに全身から体毛が生え、体の形も変わり、尖った口元からは獲物を欲する野生の狼のよだれがとめどなく流れていた。


「—そして狂暴な狼となったいつき君はあなた達を襲い始めた。」


—ガァアアアア!!―


—逃げろ!!―


いつき・・・。漆間 五(いつ)希(き)。


小さいときから何をするのも一緒だった俺の唯一の親友・・・。


なんでこんな大事なこと今まで忘れてたんだ・・・!!


俺が俯いていると、床に血痕のようなものを見つけた。


「これは・・・?」


「恐れく、いつき君の血でしょうね。あなたともう一人は、彼から逃げるために彼をこの体育館に閉じ込めた。閉じた扉を開けようと、何度も何度も体当たりをしたのでしょう。」


いつき・・・。


「!あそこに何かある!」


薄暗い体育館の奥で俺は何かの塊を見つけた。


「こ、これって・・・!」


「・・・これはきっと彼ね。」


そこには体のあちこちに傷を作った狼の死骸が横たわっていた。


「うぇ・・・!!」


これが・・・!?


これが俺の親友だってのか!?


「あなた達がここに閉じ込めたことで、餓死したんだわ。」


「いつき・・・!」


ごめん・・・ごめんいつき・・・!!


どうにか嗚咽を堪える俺をよそに、彼女は言った。


「感傷に浸っているところ悪いけど、いよいよここが最後だわ。」


そして中庭へ続く体育館の扉を指さし、


「・・・ここに、妹がいる。」


そう言った。




—中庭は黄昏の日を浴びて、オレンジ色に光輝き、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「にゃー」


「!お前・・・!」


先ほどの黒猫が俺たちに挨拶でもするかのように鳴くと、中庭の中央にある大きな木の向こう側まで走っていった。


「・・・あら、お前。また来たの。」


木の向こう側で少女の声がする。


直感でわかる。


あの木の向こうに・・・魔女がいる。


俺の友達を何年もここに閉じ込めた魔女が。


「・・・レイア。」


彼女・・・クレアはその少女に呼びかけた。


「!お、ねえさま・・・!?」


驚いて立ち上がる少女・・・魔女はクレアに瓜二つの可愛らしい少女だった。


姉の存在に一瞬驚いたようだが、俺に気付くとすぐに鬼の形相で睨みつけ、「お前・・・戻ってきたのか。」と言った。


「ああ。俺の仲間を返してくれ。」


「ふん、一度見捨てた仲間を助けに来たのか?愚かな。もう彼らを助けることは出来ない。彼らは私の世界の一部になったからだ。」


魔女は俺の元まで来ると、顔を近づけ「お前ももうこの世界の一部だ。二度と外には出られない。」と囁いた。


「レイア・・・こんなことはもううやめましょう。貴方だってずっとここに一人では何も救われないわ。」


「お姉さま・・・。私は救われることなど望んでいない。ただこの世界を忘れてたくないだけ。誰もがここを忘れても、私だけは永遠に忘れない。」


魔女はそう言うといきなりクレアの胸ぐらを掴みかかった。


「・・・そもそも貴方は本当にクレアお姉さま?ならどうしてここにいるの?だってお姉さまはあの時・・・!」


「ぐっ・・・!」


魔女はクレアの首を絞める。


「—私を騙そうとしても無駄だ。この偽物が。」


魔女が一段と低い声でそう言った瞬間、中庭を囲う四つの校舎から“黄昏の生徒”が一斉に飛び出してきた。


「・・・っ!!」


黄昏の生徒は不気味にゆらゆらと揺れながらこちらに近づいて来る。


「っ逃げて!!」


「!!」


首を絞められているクレが声を振り絞る。


「どこかに・・・何かあるはず・・・!見つけて・・・!」


「うるさい。」


「がはっ!」


—今彼女を救えるのは俺しかいない!


見つけるんだ。何かを—!


そして見つける。


「っ道だ!」


中庭から一本伸びた細い道。


そこに駆け込んでゴミ箱を倒し、道を塞いで先へ進む。


「はぁ・・・はぁ・・・!」


開けた場所に出ると、そこには焼却炉があった。


そして焼却炉の前にぐったりとして動かない一体の“黄昏の生徒”—。


「なんでこんなところにこいつが・・・?」


動く気配のないそいつをよく見ると、眼鏡をかけたその顔はどこかで—。


「まさか・・・四苑か!?」


最初の渡り廊下で俺たちを先に行かせてくれた四苑。


もしかしてあのあと“黄昏の生徒”に捕まって自分のあれにー・・・?


四苑の持たれかかっている焼却炉を見ると、蓋の鍵は壊されており、何かで掘られたように「ここだ」と書かれていた。


—間違いない。ここがその“何か”がある場所なんだ。


四苑が最後に見つけてくれた、希望の光。


俺は意を決してその焼却炉に飛び込んだ。



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